第086話 芽生えた自覚

 自身の発言からくる恥ずかしさを隠すように黙りこくったコウヘイを先頭に続く、「デビルスレイヤーズ」のメンバーたちは、他愛ない話をしながらテレサの森を歩くこと数十分。


 狩をしている冒険者が増えたお陰なのか、魔獣と戦闘になることはなく、すんなりラルフローランのダンジョンの入口までやってきていた――――


 僕がダンジョン探索に集中すべく気持ちを切り替えようとしたら、


「よお、ミスリルの魔法騎士。今日も潜るのかい? 相も変わらず精が出るな」

「――ジョシュアさん……」


 ダンジョンの出入を管理している兵士の小隊長ことジョシュアさんに、先程僕が恥ずかしくなった原因の二つ名を言われ、僕はぶすりとした顔つきでその小隊長の名前を呼んだ。


「どうしたんだ?」


 いつもと違う僕の様子にジョシュアさんは、目を点にさせて不思議がった。


 そこへ後からやって来たエヴァが僕の代わりに、笑いながらジョシュアさんに声を掛けた。


「ぷふっ、ほおっておいてあげなよ」

「ん? ああ。よくわからんが気を付けていくんだぞ。まあ、わかっていると思うがな」


 ジョシュアさんは、意味不明だと言い、帳簿に僕がメンバーの情報を記載し終えたのを確認すると、お決まりの文句を言って見送ってくれた。


 僕は、一言二言適当に返事をして、丸太の木枠で補強されたダンジョンの中へ進んでいく。


 先頭は僕とエヴァ、数メートル離れてイルマとミラが横に並び、その直ぐ後ろをエルサという陣形が何の打ち合わせもなく完成する。


 ここ二週間の実践で、それとなくほど良い距離感というものがわかっており、それが定着したのだった。


 必然的に僕はエヴァと会話することが多く、案の定二つ名のことでまた弄られるのだった。


「ジョシュアさんに当たってどうするのよ」

「別に当たってるつもりはないよ。ただ――」


 他人から言われるのはやっぱり嬉しいね、と言おうとして止めた。


 僕のその様子を見てどう解釈したのしたのかわからないけど、エヴァはラウンドシールドを持った僕の左腕に手を添えて、軽く体重を掛けてきた。


 それがあまりにも唐突だったので、危なくよろめくところだった。


「ギルドでのみんなの反応でわかるでしょ。それだけ期待されているのよ」


 エヴァが言っているのは、毎回討伐報告のときにイルマの魔法袋から飛び出す魔獣の数々に、ギルドホールにいる冒険者たちが歓声を上げることをさしているのだろう。


 あれ以来ゴブリンソルジャーに出会うことはなかったけど、オーガやミノタウロスを何体も倒している。

 それらは、中級魔獣の中でも強い部類のため、それだけでも十分驚かれた。


 しかも、オーガやミノタウロスは、一頭を相手するだけでも苦労する魔獣なのに、それを一回の探索で複数頭討伐したとなれば、それは称賛の嵐だった。


 そして、その度に、「ミスリルの魔法騎士コール」が巻き起こるのだった。


 そのお陰で、僕は嫌でも冒険者として実力者の仲間入りを果たしたと実感できるようになった。


 それは、とても大きな自信へと繋がった訳だけど、僕としてはもう一つのことの方が嬉しかった。


 それは、「狡猾のエヴァ様」の噂というか、それを忠告してきた冒険者たちが、そんな話は無かったと言わんばかりに、僕との会話の話題に上げることが無くなったのである。


 だから、僕はそのときの嬉しさを思い出し、何の気なしに微笑んでしまった。


「ちょっと、そこは『ありがとう』でしょっ。なんで笑うのかしら」


 やっぱりというか、エヴァは僕のことを励ましてくれているようだった。


「でも、不思議な物よね。今のコウヘイを見たら、誰も勇者パーティーから追放されたなんて話をしても、絶対信じないわよ。うん、絶対。てか、今でもあたしには信じられないわ」


 少し興奮気味に一人でむきになっているエヴァを見て、僕はまた笑ってしまった。


「また、笑った。もういいわよ!」


 密着していた身体を離して、エヴァは歩くペースを上げた。

 僕は、それに置いていかれないように数歩後ろから追いかける。


 ――――その一方、


「あれは……どういうことでしょう?」


 そんな二人のいちゃつくようなやり取りを後ろから見ていたミラが誰に言う訳でもなく小声で呟いた。


「知らない!」

「知らんわ!」


 しかし、それを聞き逃さなかったエルサとイルマの機嫌が悪そうな声が重なるのだった。


 当然、変な勘違いをされているとは、コウヘイは知る由もない。



――――――



 数時間後――ダンジョンの八階層。


 薄暗い洞窟内を五つの光が一定の速度で進んでいく。

 魔導カンテラの光に照らされ、湿った洞窟の壁が様々な顔を見せる――――


 僕は分岐点に来る度に、魔導カンテラアを前に突き出してその先の様子を窺う。


「なんだか今日は魔獣が少ないね。カンテラがもったいなかったかも」


 魔導カンテラの魔石の大きさを確認しながら僕は、少し後悔した。


 魔導カンテラは、動物や魔獣の油脂を使うふつうのカンテラとは違い、魔石を燃料にトーチの効果を発揮するカンテラで、激しい戦闘を行っても、その光が消えることは無い。


 今回の目標は、最下層であり、魔力消費を抑えるためにトーチの魔法で魔力を消費しないように魔導カンテラを用意したのだった。


 しかし、それが思いのほか高価で、一個で小金貨二枚もする高級品だった。


 幸いイルマが二個持っていたから新規購入は三個で済んだけど、それでも小金貨六枚にもなる。


 それをゴブリンに換算すると六〇〇匹相当となり、手痛い出費だった。

 それでも、みんなの考えは違うようだった。


「何をケチ臭いこと言っておるのじゃ。代替可能なら魔道具を利用すべきじゃよ」


 イルマの言っていることはわかる。


「魔石なら魔獣を倒せば手に入るしねー」


 エルサが言っていることもわかる。


「それはそうなんだけど……でもね……」


 二人の言っている通りだから納得しつつも、「せっかく大金を叩いて用意したのに!」という思いから僕の言葉は、歯切れが悪い。


 そんな僕の心情を知ってか知らずか、


「確かにゴブリンの魔石だともちが悪いけど、こんなもんじゃないの? あたしにとっては、魔力を温存できるのは十分ありがたいけど」


 エヴァは、僕が魔石を見ていたことから、燃費の悪さに言及したりした。


「そ、それなら私も助かってます。マジックポーションの味はあまり好きではないので……」


 ミラは、マジックポーションの味を思い出したのか、苦いものを口に入れたときのように顔をくしゃっとさせていた。


「そっか、なら良かったのかな?」


 魔力量が少ないエヴァとミラがそう言うのなら、全くの無駄でもなかったということだろう。

 それを聞いて少しだけ報われた気がしてきた。


 魔導カンテラから視線を外し、先へ進もうとしたとき、僕は違和感を感じた。


「それにしても固まりすぎじゃないかな?」


 余りにも自然にみんなが会話に入ってくるから気付かなかったけど、五人固まって歩いており、陣形などそこにはなかった。


「敵がいないんじゃからそう固いことを言うでない」


 イルマは不満なのか口を尖らせた。


「そうだけど、不意を突かれたら危ないじゃないか」


 僕は、安全上のことを言っているんだけどな。

 だから、何か言われるんじゃないかと、エヴァを盗み見た。


 が、


「気配察知には何も引っかからないから大丈夫でしょ」


 洞窟の闇の更に向こう側を確認するように鋭い視線をさせてから、エヴァは気安く保証してくれた。


「ほらの」


 それを聞いたイルマは、僕とエヴァよりも前方を後ろ向きに歩き、自分が正しいと主張するように勝ち誇った顔をしてみせた。


 イルマは、時折このように子供じみた行動や仕草をすることがある。


 そんなイルマを見ると、見た目通りの少女に見えて可愛いとさえ思ってしまう。


 しかし、実年齢は六四八歳で、この中の誰よりも年長者なのである。


 だから、見た目に騙されてはいけない。


「はいはい、わかったからくれぐれも前を見て歩いてよ」


 何故か僕は、勝ち誇った顔から一転、微笑んだイルマに一瞬ドキッとしてしまい、それを隠すように無理やり話を終わらせる。


「なんじゃ。つれないのう」


 などと、イルマは僕が張り合い無いことをつまらなそうにしている。


 僕は別のことが気になっており、そんなことよりも、とそちらに意識を向ける。


 今日は本当に魔獣に遭遇する確率が低い。


 テレサの森だけではなく、ダンジョンに潜る冒険者の数も増えており、他の冒険者に因って魔獣が討伐されていることが多いのだ。

 その結果、低層といわれる五階層までは、戦闘の機会が減っている。


 しかし、僕たちが今歩いている場所は、既に八階層も終盤で、もう少しで九階層への階段が見える頃なのである。


 そこは、中層と冒険者たちから呼ばれており、シルバーランク冒険者が中心に狩場にしているエリアである。


 今までであれば……


 魔獣異常――本当は本来の能力が解き放たれただけ――に因り、ふつうの冒険者では、五階層より先に進むのは困難な状態になっている。


 実際、ゴールドランクのファビオさんでさえ、それより先には進まないようにしていると、ギルド備え付けの酒場で話をしたときに言っていた。


「もしかしたら、他の冒険者が先に潜っているのかな?」


 エヴァに視線を向けて、少ない可能性をあげる。


「どうかしらね。低層にはちらほらいたけど、気配察知にすら反応ないわよ」


 五階層までは、他の冒険者が魔獣と戦闘している場面に遭遇している。

 そのお陰で戦闘自体が少なく、殆ど魔力を消費しておらず、むしろ一度エルサの魔力上限が起こり、逆に僕の魔力は増えている。


 楽して先に進めているのは良いことなんだけど、しっかり準備した手前、拍子抜けもいいところである。


「まあ、理由はどうあれ無事に進めているから良いのかな?」

「そうね――シッ、何か近付いてくるわ」


 僕に同意したところで、何かの気配を察知したのか、エヴァが口元に左の人差し指を当てて、右腕を横に出してみんなを制止した。


 ――――エヴァのその行動に緊張が走る。


 それぞれが本来の陣形になるように移動し、前方の暗闇を凝視し、それを待ち構えるのだった。

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