第085話 疑惑
デミウルゴス神歴八四六年――七月三〇日。
コウヘイがエヴァに秘密を打ち明けてから、七日が経過していた。
コウヘイのスキルの異常さをエヴァは認めつつも、五階層でのオーガ戦がギリギリであったことから、連日弱点の洗い出しも含めてダンジョンに潜り続けていた――――
エヴァ曰く、僕は消費魔力を把握することを優先しないと、ダメらしい。
それは、僕も自覚していたけど、そればっかりはどうしようもなかった。
そこで考えたのは、エルサの魔法眼で逐一僕の魔力消費を把握すること。
基準は、エルサの魔力量と同じとすることで、ある魔法は何パーセント消費する等の一覧を作成することにした。
ただ、僕の場合は、そのときの気持ちの高ぶりで必要以上に魔力を込めてしまい、高威力の魔法を放ってしまうことが一番の難点だった。
『イメージ力次第で魔法の効果が左右される』
それが今の僕たちの常識となっている。
「コウヘイは、手加減を覚えなさい!」
魔法の効果は一定と教わって育ったエヴァが、そんなことを言うもんだから僕は、おかしくてたまらなかった。
それは、この七日間という短い期間で、僕たちの色に染まった証拠でもある。
固定観念を払拭させることは、そう簡単ではないと思う。
人の考え方は、その人が経験してきたことが基礎となる。
だから、ある種その行為は、その人の人生を否定していると言っても過言では無い。
他人が言うことを全て鵜呑みにすることは、確かに危険である。
しかし、魔法の発動条件に関して僕が言っていることは、紛れもない事実であるため、エヴァは素直に自分の中に取り込んでくれたのだと思う。
実際、身体強化の魔法で、省エネモードなるものを独自に開発したらしい。
それは、身体強化の段階を意識することで、効果を調整し魔力消費を抑えることだった。
魔力量が少ないエヴァらしい着眼点で、この短期間でほぼほぼ自分の物としていることは、称賛に値する。
『気付きそうで気付かない』
でも、気付いた途端に世界が変わる。
エヴァは、敬虔なデミウルゴス神教徒のようで、それを考えるともの凄い進歩だと思う。
『疑うことを知らなかったの。あのときはただただ、学院で習ったことが正解だと思っていたし、魔法の三大原則は、神々の教えとしてどの国でも信じられていることだったしね』
と、白猫亭の酒場でいつもの如く反省会をしていたときに、エヴァからそう言われた僕は、固定観念とは恐ろしいものだと、つくづく実感した。
魔法は、二千年以上も昔にエルフ族によって開発されたことになっている。
昔がどうだったかは知らないけど、イルマも魔法の三大原則を信じていたから、イメージ力に因る魔法効果の変動は、知られていなかったのかもしれない。
常識は、ときに害悪にしかならない。
僕の魔法の常識と言ったら、ゲーム等のファンタジー世界が全てだった。
その常識は、魔力が高ければ威力が上がるし、詠唱ではなくコマンド入力すれば発動するというもので、このファンタズム大陸の常識とは違った。
現実世界とゲームの世界を比較するのはどうかと思うけど、この世界は僕の知っているゲームの世界に近いからそう思った。
だからと言って、ゲームみたいにリセットできるとは思っていない。
そこは、大分早い段階から注意している。
復活の魔法があるかもしれないけど、そんなことを試せる訳がない。
僕はそんなゲーム知識から、いつもありったけ強くなる、硬くなる、早くなるという風に、最大限の力を発揮できるように意識して身体強化の魔法を使っていた。
だから、僕は、魔力の消費が激しかったらしい。
前からエルサにそのことを指摘されていたけど、矯正できていなかった。
しかし、相手の魔獣に合わせた段階の身体強化や攻撃魔法の調整方法をエヴァから学ぶことで、着実に僕はその調整をできるようになってきていた。
そして、ダンジョン探索も順調に進んでおり、中級魔族襲撃の知らせを受けて一三日が経過したけど、一向にその様子が見られないため、ついに今日は、最深部である一五階層を目指すことにしていた。
「ねえ、今日は詠唱しなくていいよね?」
「んー、そうね。もう大分感覚を掴めているようだから良いと思うわよ」
ラルフローランのダンジョンを目指し、テレサの森の中を歩きながら僕は、エヴァにそう確認をとる。
何故僕がそんな確認をしているかと言うと、イメージ力を使わずに詠唱して発動する魔法の威力を基準とする訓練をしていたのだった。
その基準を認識することで、イメージでそれより強い威力や逆に弱い威力の魔法を使い分ける訓練をしており、それがエヴァから学んでいる調整方法だった。
エヴァは、バステウス連邦王国の魔法学院で魔法を学んだことがあるため、教え方が理論的でわかり易い。
本当は僕がエヴァに魔法を教えるつもりだったのに、いつの間にか立場が逆転していた。
ある日の夜、反省会のあとにイルマに言われたことがある。
「お主はそれでよいのか?」
と――
イメージ力に因り魔法の効果が変動することに気が付いたのは、僕が先であるため、色々とエヴァからダメ出しをされている僕のことを、どうやら心配してくれたらしい。
仮にも、僕がデビルスレイヤーズのリーダーな訳で、面子がどうの言っていた。
しかし、ばっちゃんの教えで、人の話は最後まで聞くようにしている。
その結果、エヴァの話が理にかなっていると判断した。
ゲーム知識に頼った二番煎じの僕より、長年魔力の少なさに苦労していたエヴァの方が一枚も二枚も上手だった。
口調が乱暴な姐御キャラのエヴァだけど、頭の回転が速かった。
それは、元貴族だからなのかはわからないけど、教養があるのは確かだった。
エヴァと今日の方針を再確認していたら、後方を歩いているイルマが尖ったエルフ耳をピクピク動かしながら話しかけてきた。
「それにしても冒険者の数が増えてきたのう」
「まあ、少し走れば騎士団に鉢合わせるからね。初心者でも狩をし易いんじゃないかな」
冒険者がゴブリンソルジャーとでも戦っているのだろう。
そう遠くない場所から聞こえてくる鉄と鉄を撃ち合う音に耳を傾けながら、イルマの相手をする。
先日、蒼穹騎士団と蒼天魔法騎士団がテレサに到着し、物々しい雰囲気になっていた。
中級魔族出現の神託に因り派遣された騎士団が、テレサ周辺だけではなく、森の中も警戒のため巡回しているのである。
その数は、先に到着した翼竜騎士団を合わせると、テレサの住民の約半数の千人にもなり、厳重な警戒態勢と言える。
ただ、中級魔族に対する戦力としては物足りないと感じていた。
それでも、偶然ラルフさんと話す機会に恵まれたことでその疑問は解消された。
その話からテレサ男爵の寄親であるガイスト辺境伯からも援軍が来る予定で、最終的に五千人規模で警戒にあたることを知った。
通りで、一つの騎士団で四千人いるはずなのに、それぞれが一個大隊ずつしか来なかった訳だと、納得できた。
イルマが僕に話し掛けてきたことで前に行っていたエヴァは、
「それにしても、中級魔族とはそんなに恐ろしい相手なの?」
と、ラルフさんとの会話を思い出したのか、チラッと僕たちの方を振り向き、そんなことを聞いてきた。
「ほう、それはわしも興味あるのう」
「あー確かに、詳しい話聞いたことないかも」
イルマとエルサも興味津々のようで、後ろを歩いていたはずなのに、いつの間にか、僕の隣まで来ていた。
ミラは、少し遠慮しているのか、後ろを歩いていた。
それでも、十分近い距離まで来ていた。
「いや、恐ろしいってもんじゃないよ。山木先輩のファイアトルネードをまともに受けてもケロッとしてたからね……」
たまたま話す機会が無かったんだけどな、と思いながらも僕は、先月の死の砂漠谷での戦闘を思い出しながら、そう説明した。
「そんな魔族を相手に僕は前衛だったから、本当に怖かったよ……」
「いやーさすがよね。やっぱり、コウヘイのそのスキルで倒したのかしら?」
前方を警戒するように僕たちの前を歩きながらエヴァは、そんな質問をした。
「ん? いや、そのときの僕は、そのスキルを知らなったし、魔法も使えなかったよ」
僕がさも当然のようにそう答えると、
「え? 何よそれ!」
と、数歩先を歩いていたエヴァが声をあげて立ち止まり、振り返った。
「いや、本当だって。聖女オフィーリア様が僕にはスキルも魔力もないって言ったんだよ。だから、身体強化の魔法を使うことすらしてなかったよ。まあ、そのときだけは、誰かがエンチャントで身体強化を付与してくれたみたいだけどね」
ただそれも、葵先輩かと思って感謝を言ったら、違うと言われ、結局、誰のおかげかわからずじまいだった。
正直に経緯を話し、かなり厳しい戦いだったことを説明した。
その付与魔法がなければ最悪僕は、ここにいなかったかもしれない。
それだけ、厳しい戦いだった。
「何それ? 聖女様って唯一スキルがわかる鑑定眼持ちじゃなかったかしら?」
「いや、だからそのはずなんだけどね。何か事情があったのかな?」
エヴァが言ったように僕もそのことは、常々疑問に思っていた。
それでも、聖女様の考えがわかる訳もなく、答えを出せていない。
「コウヘイ、事情も何も可能性は二つに一つしかないじゃろうて」
「二つに一つ?」
イルマのその言いように首を傾げてオウム返しした。
すると、イルマが嘆息してから、
「コウヘイのスキルを見抜けなかったか、あえて隠していた可能性じゃよ。それは、帝都にあるわしの店に相談しに来たときも言ったではないか。覚えておらんのか?」
と教えてくれた。
しかも、バカにしたような表情をするのを忘れない。
「あー」
「そうね。でも、鑑定したのが聖女様と考えると、前者よね」
イルマの指摘に僕は納得して声をあげ、エヴァがそ判断する。
ただ、エヴァのその判断は何の根拠もなく、デミウルゴス神教徒ならではのものだろう。
「まあ、わしもエヴァと同意見じゃな。コウヘイのスキルは異常すぎる」
そう言う理由なら僕も同意見だ。
となると、僕のスキル、「エナジーアブソポーションドレイン」は、どれだけ規格外のスキルなのだろう。
聖女様の鑑定眼であっても見抜けないスキルとは一体何なのだろうか――
以前、ダンジョンの五階層の広間でエヴァにスキルの説明をしたとき、エヴァに無敵だと言われた。
それなら、聖女様が見抜けなかった可能性が高い、むしろ、わざと隠していたなんて考えたくもない。
だって、僕はその聖女様の診断のせいで辛い思いをしたのだから。
ただ、そのお陰でエルサたちに出会うことができたのも事実なため、何とも言えない微妙な気持ちになった。
「あー、なるほど、わかったわ」
「何が?」
僕が考え事をしていると、エヴァが唐突に柏手を打ち、変なことを言い出した。
「いえいえ、これはわたくしの勘違いの可能性もありますし、とてもわたくしの口からは申し上げられませんわ」
なんと、お嬢様言葉で茶化すように言ってきた。
しかも、無いスカートの裾を持ち上げてお辞儀をするおまけつきだ。
しかし、そこまで言われると、僕も気になって仕方がない。
「な、何が言いたいんだよ!」
「あら、本当に申してよろしくて?」
「言いたいなら言えばいいじゃないか!」
「では……勇者パーティーを脱退したのではなくて、追放されたのではなくて?」
そのエヴァの言葉に、鐘の中に頭を入れた状態で思い切りその鐘を打ち鳴らされたほどの衝撃を受け、僕は放心状態となった。
「え、マジなの?」
口元に手の平を当てながらおほほと笑いながら言ったエヴァだったけど、僕の反応を見て気まずそうに元の口調に戻った。
貴族の娘だったからさっきの口調が素なのかもしれないけど、この際それはどうでもよいことだった。
「ついにバレた……一番の秘密を……」
僕は膝からなだれ落ちるように跪いて手を突きむせび泣く。
「え、まだ何かあるとは思っていたけど、それが一番の秘密なの?」
エヴァは、呆れるように言い放ち、イルマが僕の傷をより深く抉るようなことを言った。
「エヴァよ、それ以上言ってやるな。コウヘイだって大変だったのじゃ。帝都ではゼロの騎士様と呼ばれ無能呼ばわりされていたのじゃから」
それを聞いたエヴァは、顔を引きつらせながら屈み、僕に目線を合わせてきた。
「そ、それは、何というか……ご愁傷様?」
いたわるようにかけられたその言葉が疑問形であり、余計に慰めな気持ちを強めただけだった。
そして、いつも僕の味方をしてくれるエルサはどうかと言うと。
「イルマ!」
「なんじゃ、エルサ」
「本当のこと言ったらコウヘイが可愛そうじゃない!」
今日も通常運転の天然ぶりを披露してくれた。
「エルサ……頼むからこれ以上何も言わなくていいから、本当に……」
「え、なになに? わたし変なこと言った?」
もうこうなっては、誰も何も言えなくなった。
ミラが何か言いたそうにしていたけど、この空気の中何を言っても無駄だ。
だから、ミラは何も言わなくて正解だった。
「だ、大丈夫。全然気にしてないから。もう僕は以前と違ってミスリルの魔法騎士なんだから。ささ、早くダンジョン探索に行かないと何泊する羽目になるかわからないよ」
僕は何とか気を持ち直してそう言って先を急ぐ。
「はは、まあ、その二つ名を気に入ってくれてなによりよ」
「ぐ……」
――――エヴァのその一言を聞いたコウヘイは、よく考えた結果、自分で二つ名を言うことがとても恥ずかしいことであると気付いた。
それを悔やみ、コウヘイは歯を食いしばって足早にダンジョンの入口を目指すのであった。
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