第072話 魔族襲来

 コウヘイは、エヴァを抱えながらテレサまで駆けて向かっていたが、途中で正気に戻ったエヴァと一緒に入口付近まで戻って来た。


 すると、とっくに先に行ったはずの三人が門の前で立ち止まっていた――――


「エルサ、イルマ!」


 僕の掛け声にイルマがこちらに気付き振り返った。


「エヴァはもう良いようなじゃな」

「ええ、迷惑をかけたわ」

「それよりもこんなところで立ち止まって……何かわかったの?」


 エルサとミラは上空を見上げたままだった。


 僕もワイバーンの様子を駆けながら確認していた。


 僕たちよりそのワイバーンの方が先にテレサの上空に到達したけど、そのまま旋回行動に入り、襲ってくる様子はみられなかった。


 だからといて安心できる訳ではなく、僕はそのまま急いで駆け付けたのだった。


「うーん、それが人が乗っているみたいなの」

「人?」

「恐らく、ワイバーンにも防具が装着されておるから、あれは翼竜騎士団じゃな」

「翼竜騎士団?」


 僕には、目を凝らしても大きい鳥が飛んでいるようにしか見えなかったけど、エルフ族であるエルサとイルマには、やはり見えるようだった。


 目が良いだけで済まされる話ではないと思うけど、何か理由があるのだろう。


 ミラは、目を線にして見上げているけど、僕と同じで見えないらしい。

 視覚強化魔法で上空の様子が見えているのかと思っていたのに違った。

 むしろ、そこまで目を細めたら目を瞑っているよ、と突っ込みたくなるほどだ。


「うむ、帝国軍の精鋭じゃな」

「あれが……」


 イルマの説明に、エヴァが空を見上げて感嘆していたけど、そのグレーの瞳には違う何かが映っているようだった。


 ワイバーンにトラウマがあるのかと思ったけど、「帝国軍」に反応したようにも感じた。

 けれども、それは定かではない。


 やっぱり、エヴァはまだ何かを隠している……


 隠し事をしているのは僕たちも一緒であるため、いずれときがくればエヴァも説明してくれるだろうと、そっとしておくことにした。


 今は、現状把握が先決である。


「翼竜騎士団のことは知ってるよ。帝都でも一緒に訓練したことあるし、死の砂漠谷での中級魔族との戦闘にも参加していたしね」


 ふと、ゴーレム顔のエミリアン団長の顔が頭に浮かび、思い出し笑いをしてしまった。


「どうしたんじゃ?」

「ん? いや、僕が気になるのは、帝国軍がなぜテレサにいるんだろうってこと」

「そればかりはわしにもわからん」


 それもそうだ。


 別段、僕はその答えを求めてはいない。

 単純に気になったことを口に出したまでである。


 一瞬、僕を追っかけてきたのか? との考えが頭をよぎったけど、翼竜騎士団は、帝都防衛の任務があり、態々僕のために派遣されるはずがないと考え直し、その可能性を捨てていた。


 すると、エルサが何かに気が付いたようだった。


「あっ、あっち」


 エルサが指さす方を見てみると、町の方から何かが飛び上がって行った。


 ずっと上空を観察していたはずのエルサが、地上の動きにも咄嗟に気付いたことに驚いたけど、そのモノを見た僕は、そっちの方に意識を持っていかれた。


「なっ、あれは!」

「なんじゃ、コウヘイ。アレを知っているのか?」

「知っている。いや、でも知らない……」

「……どっちなんじゃ?」

「あ、ごめん……」


 僕は目が可笑しくなったのかも。

 飛び上がったモノがバイクに見えた。


 それは前後に車輪が付いており、人が跨れるシート、ハンドルの他にミラーも付いていた。

 見た目はまんまバイクだけど、空を飛んでいるのだ。


 空飛ぶバイクなんてものは、地球の技術にも無く、あくまでもSF映画に出てくるような代物だ。


 だから、諸々を省略してしまい、知っているけど知らないなどと、間抜けなことを言ってしまった。


 遠くてよくわからないけど、光が反射してキラキラ光っているからミラーで間違いないと思うけど、それはあまりにもこの世界にアンマッチで、明らかにオーバーテクノロジーな気がした。


 勇者召喚されるこの世界であれば、地球の技術が伝えられていても不思議ではないけど、その思考はまたもやエルサの一言で中断された。


「多分アレに乗っているのはギルドマスターだと思うよ」

「ラルフさんが?」

「うん、ワイバーンに乗っている人と何か話しているみたい……流石に声が弱くて聞き取り辛いけど、援軍とか魔族とか言ってる」


 僕が驚いている間にもエルサがその様子を解説してくれた。


 しかし、声が弱いとはどういうことだろうか?


 その様子が見えるだけでも凄いのに、最低でも二〇〇メートルは離れている場所の会話が聞こえるのは凄いどころの話ではない。


 その理由を知りたくなったけど、その場に立ち止まっていても仕方が無いので、僕たちはテレサの町の中に入ることにした。


 町の住人たちも外に出てきており、空を見上げていた。

 ただ冒険者の姿は無く、露天商の店主に聞いてみたところ、冒険者ギルドの方に冒険者たちがぞろぞろと向かったと教えてくれた。


 情報が集まるとしたら冒険者ギルドなのだろうと、僕たちは早足に冒険者ギルドを目指した。


 もう少しで冒険者ギルドに到着するところで、上空からラルフさんが下りてきたため、僕たちは駆け出した。


 冒険者ギルドの前には、二〇〇人近くの冒険者たちで広場が埋め尽くされており、ガヤガヤとしていた。

 それでも、ラルフさんが下りてきたことで直ぐに納まり、さっきまでの喧騒が打って変わって静寂に支配された。


 ラルフさんの言葉を聞き漏らすまいとしてのことだろう。


 ラルフさんは、集まった冒険者たちを見渡せる位置まで来て空中で停止した。


 ラルフさんが跨っているものは、やっぱりバイクにしか見えなかった。

 ただ、ステップの代わりに四角い板が車体の下に取り付けられており、その板に足を乗せていた。


 その板の底には、魔法陣が描かれており、鈍く緑色に発光していたことから、魔道具だとわかった。


「先ずは、安心してくれ! あのワイバーンは、翼竜騎士団とダリル様たちだ!」


 イルマが指摘した通り、翼竜騎士団で間違いないようだった。


「ただ、ここで新事実が判明した。どうやら魔獣たちの異変は、中級魔族出現の前触れらしい」


 ラルフさんがワイバーンが味方であると説明すると、緊張感で一杯だった冒険者たちは一様に胸を撫でおろしたように表情が和らいだ。

 しかし、ラルフさんの衝撃の告白に一転して再びその場が騒然となった。


 それも当然で、中級魔族といったら一介の冒険者が相手できるものではない。


「もしかして、また探索は禁止ですか?」


 辺りが騒がしい中、声を張り上げてラルフさんに尋ねたもんだから、冒険者たちの視線が僕に集中した。


「おお、これはコウヘイ殿。その件については、心配しなくて結構ですぞ」

「それは、翼竜騎士団が警戒にあたるということでしょうか?」

「うむ、それもありますが、一週間もすれば蒼穹騎士団一個大隊と、蒼天魔法騎士団一個大隊が合流します。だから冒険者のみなさんは、彼らと協力して魔獣たちの間引きをお願いしたいところです」


 しかし、それだけでは冒険者たちは安心できない様子だった。


 死の砂漠谷で中級魔族を倒したときの編成は、その六倍の兵力だった。


 内訳は、上空にいる翼竜騎士団、近衛騎士団と兵士の混合で二個連隊――二千人の騎士と兵――に加え、勇者パーティー。

 更に、マルーン王国から一個騎士団――四千人の騎士と兵――という編成だ。


 詳しい編成をテレサの冒険者たちが知っているはずも無かったけど、一個連隊では少ないと冒険者たちも理解しているようだった。


「それに、勇者様たちも駆け付けてくださいます」


 ラルフさんがそう宣言した瞬間、冒険者ギルド前の広場に歓声がわいた。

 それは冒険者たちからだけではなく、その場に集まった民衆たちからもだった。


 ラルフさんの表情は、僕の事情を知っているせいか、何とも微妙な笑みだった。


「みんなは、勇者様たちと戦う名誉を得るのだ!」


 そう言葉を続けたときには、既に僕の方を見てはいなかった。

 その場に集まった人々を鼓舞するように演説めいた説明を続けたのだった。


 それは、突然だった。


 僕は、何とも言えない闇に落ちるような暗い気持ちに襲われた。


 勇者パーティーが来るということは、葵先輩に会えることを意味すると同時に、内村主将たち先輩にも会うことを示唆していた。


 強くなり、もう大丈夫だと思っていたのに、全然だった。


 昔に比べてかなり前向きに考えられるようになったけど、勇者パーティー関係の話となると昔の僕に戻ってしまう。


 頭で考えるのとは全く別物で、心が先輩たちに会うことを拒否しているかのようだった。


 勇者パーティーを追放されたあの日、僕がその場をあとにしようとしたとき。


 高宮副主将の僕に対する卑劣な言動がフラッシュバックし、恐怖で心臓が押し潰されそうになった。


◆◆◆◆


「今までありがとな、片桐。助かったよ」


 沈痛な面持ちで高宮副主将は、そう言った。


「た、高宮副主将……」


 それは、引き留めの言葉ではなかった。

 それでも、その一言で今までの苦労が報われた気がして、思わず涙がこぼれた。


 しかし、それは全て卑劣な計算だった。


「なーんて言ってもらえると思ったかバカヤロー、手持ちの金とその魔法袋を置いていけ」


 僕を苦しめるための計算だったのだ。


◆◆◆◆


 それが高宮副主将の本音だったのである。


 あのときに感じた醜く、ドス黒い感情が再び僕を包み込んだ。


 それは先輩たちに対する怒りよりも、抗うことができなかった僕自身の弱さに対する怒りの方がより一層強かった。


 それがいつの間にかトラウマになっており、強くなった今でさえ僕は恐怖を感じたのだった。


 強くなった? いや、それは勘違なんじゃ……


 僕は魔力ゼロで、今では僕のことを、「ミスリルの魔法騎士」なんてくすぐったい二つ名で呼ぶ声が聞こえてくる。


 でも、実際はどうだ?


 エルサや他のみんなの魔力をスキルで吸収しているだけじゃないか!

 僕の強さは、人から魔力を貰って得られたまやかしじゃないか!


 やっぱり僕は、ぼくは、ボクは……


 重々しく、ドロドロとした感情の泥沼に嵌って抜け出せなくなって行く最中。


 一方、冒険者たちには、


「うおおおおー! やるぞっ! 俺はやるぞ!」

「コウヘイ様が駄目なら他の勇者様と冒険に行くぞおおおー!」


 などと、熱狂の嵐が巻き起こっていた。


 その雰囲気の中、僕一人だけがそれとは無縁のように一人ぼっちになったと錯覚するほど、周囲と感情面での温度差が激しかった。


 ――――ラルフから聞かされた勇者パーティーが駆け付けるという情報に、一人闇に引き込まれるようにコウヘイは、半ばパニック障害のような息苦しさを感じ、立っていることもままらないでいた。


 そこへ、エルサが駆け寄り、コウヘイの手を取るのだった。

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