第071話 和解

 コウヘイたちの行動を注視していたエヴァは、突如ミラから右手を向けられ、ギョッとなり、逃げ出そうとした。


 しかし、エヴァの行動より、ミラの詠唱が終わる方が早く、エヴァにプロテクションの付与ができた証としてエヴァの全身が一瞬だが発光した――――


「あ、あれ?」


 エヴァは、両手をまじまじと見つめ、それから全身を触ったりして何かを確認し始めた。


「何してるのさ」


 僕は、その行動に呆れてそう声を掛けた。


「いえ、なんでもないわ……」

「そう、じゃあこれで解決だね」


 僕は満足下に頷いて、先へ進もうとした。


「ちょっと待ちなさいよおおおー!」

「え?」

「え? っじゃないわよ! 訳がわからないわよ。そもそも今のってエンチャント魔法でしょ! 何で見習い魔法士のミラちゃんがそんな中級魔法を扱えるのよ!」

「えー、説明しなくちゃ、だめかな?」

「当たり前でしょ!」

「コウヘイ、お主はバカなのか?」


 誤魔化そうとしたけどだめでした。

 イルマにバカ扱いされ、ミラはコクコクと頷いて説明してほしそうだった。


 てか、エンチャント魔法が中級魔法に分類されているなんて知らなかった。


「じゃあ、説明するけど本当にそのまんまなんだけど、それでもいい?」


 僕はそう確認したけど、全員が頷いた。

 エヴァに秘密にしていることに言及してしまうため、それでも良いのかの確認だったけど、イルマが文句を言わないのなら良いのだろう。


「先ずは、ミラがお荷物であることはない。これだけは絶対だよ。むしろ期待しているくらいなんだ」


 一瞬、ミラがびくっとしたけど、僕が言い切ったことで表情が和らいだ。


「確かにこうやって魔力を渡さないと魔法を使えないけど、エヴァが言うようにエンチャント魔法が使える」


 その実、エンチャント魔法が凄いことは、さっきのエヴァの発言で知ったことだけど、この際はそれも利用することにした。


「エルサには魔力弁障害のハンデがあるけど、余剰分の魔力をエルサから僕が受け取ることで、それをミラに譲渡できる。その魔力でミラが前衛のエヴァに身体強化の魔法をエンチャントすることで、前衛の安定性がより増すことになる。どうかな? これで、色々みんな欠点があるけど全員で補い合うことができる」


 そこで言葉を切り、みんなの顔を見渡した。


 なるほど、とエルサとミラが納得の表情を浮かべる中、エヴァは浮かない顔をしていたけど、それは仕方がない。


 今の説明は、エヴァのことを警戒していない理由や、ミラがエンチャント魔法を使える理由を説明している訳では無い。


 あくまでも、ミラが感じているであろうを無くすための説明だった。


 当然、今の説明の中に名前が挙がっていないイルマもエヴァのように面白くなさそうな顔をしているけど、今回は放置することにした。


「そこで、エヴァが気にしていることだけど……」


 僕はそう言ってエヴァがまた何か言い出す前に牽制する。


「べつに無理しなくてもいいのよ。あたしはそれでも構わないと言ったじゃない」

「いやいや、それは無いよ。昨日も言った通り、もう仲間なんだから」


 頑固なのかエヴァがそんなことを言い出すもんだから、僕はすかさず訂正した。


 ただ、仲間と言いながらも隠し事をしてる事実に僕は、暗い気持ちになった。

 そして、そのすきを突かれてしまった。


「コウヘイ、あなたは仲間仲間と簡単に言うけど、あたしのことを何も知らないじゃない。ま、まあ、少しはギルドで聞いてきたのかもしれないけど、それでもあたしのことを信じられるのかしら?」

「う……」


 正直言って、仲間にして欲しいと言われた嬉しさで舞い上がっていたけど、エヴァの噂を色々な人から聞かされて心配になったのは確かだった。

 表面上、気にしすぎだよとイルマには言ったけど、内心では不安が募っていた。


 だから僕は、エヴァのその言葉に何も言えなくなってしまった。

 すると、今まで様子を窺っていたイルマが口を開いた。


「わしは思うのじゃが……お主は何故そんなに虚勢を張るのじゃ? のう、エヴァよ」

「虚勢じゃないわよ! あたしはあたしらしくやっているだけよ!」

「そうか、それだとわしらもお主を信用することはできんぞ」


 挑発するようなイルマの発言で、また場が凍り付く。


 しかし、僕が下手なことを言うよりイルマに任せることにした。


 きっと何かイルマなりの考えがあるようだし、それに賭けたいと思った。


「実はな、あるところに凄腕の冒険者が居たそうじゃ。その冒険者はソロでやっておってな。他の冒険者から誘われてパーティーを組んでクエストに行くんじゃが、その冒険者以外戻ってこないことが頻発したらしいのじゃ」

「な、何が言いたいのよ!」


 エヴァ以外の僕たちは、誰のことを言っているのかすぐに理解した。

 でも、エヴァはきっと自分のことを言われていると勘違いしたのかもしれない。


「まあ、待つのじゃ。話は最後まで聞くもんじゃよ」


 イルマは、エヴァをなだめて話を続ける。


「その冒険者は、『日の目を見ない天才』と呼ばれていたと同時に、『死神に見放された少女』とも呼ばれるようになり、誰もその冒険者とパーティーを組まなくなったらしいのじゃ。悲しいことにそれはその冒険者のせいでは無いのにじゃぞ」


 ここまで聞いてエヴァは、自分のことではないと気が付き、喉を鳴らした。


「そこでじゃ。お人好しのバカはそん噂など信じず、その冒険者の言葉を信じて、あっさりその冒険者を仲間にして喜んだのじゃ」


 イルマが、「お人好しのバカ」の部分で、僕に目配せをするもんだから、エヴァはその話が僕たちの話だと気付いたようだ。

 だから、その視線に誘導されるように僕を一度見てから、エヴァは他の三人の顔をチラチラッと見た。


 まあ、エルサは僕より一つ年上だけど、見た目は少女だからね。

 その少女が誰なのか探っているのかもしれない。


「だから、わしらはコウヘイがそう決めたのなら文句はないのじゃ。ただ、真実をお主の口から聞きたいだけなんじゃよ、エヴァ」


 そこでようやく核心に触れる話をイルマが切り出した。


「あたしはやっていないわ。そんなの当たり前じゃない!」


 エヴァは、それに誘導されるように反論してきた。


「確かにあたしの力不足もあったかもしれない。でも仕方なかったのよ!」


 説明し始めたエヴァの様子を見て、流石はイルマだな、と僕は感心した。

 僕だったら、「やってないよね?」と直球すぎるため、中々言い出せずにいた。


「他国の冒険者であるあたしがパーティーを組むのに選り好みなんてできる訳ないし、あたしが上位ランクだとしても決定権は無かった。そんな即席パーティーで連携なんて取れるはずも無いし、結局アイアンランク程度の冒険者じゃ格上の魔獣相手に次々とやられていったわ」


 エヴァの説明を聞いて、僕はなるほどなと思った。


 恐らく、なりたての冒険者がシルバーランクのエヴァの力を過信したのだろう。

 ゴブリン程度の下級魔獣なら問題ないけど、ゴブリン討伐の報酬は低い。


 だから、夢を見た冒険者たちがより報酬が高いクエストを受けるためにエヴァを仲間に入れ、無茶をしたのかもしれない。


「でも、それならそんなパーティーから抜ければ良かったんじゃないの?」


 パーティー登録をしたとしても、馬が合わなければ抜けるのは簡単だ。


 あくまでも、報酬や討伐履歴の括りが一緒になるだけで、あるクエストだけパーティー登録をして、それが終わったら抜けるなんて話は、冒険者の世界では当たり前の話だと聞いたことがある。


「それだとあたしが食べていけないのよ。ポーション類を買うお金も無かったのよ」

「あ、そうだよね」

「それに、それだけじゃないのよ。レプリカだけど、あたしも少し容量が大きめの魔法袋を持っているから、その亡骸を回収してギルドに報告をしたのよ」

「なるほど、そういうことじゃったか」

「え、どういうこと?」


 イルマは、その説明だけでわかったようだった。


「冒険者の持ち物じゃな?」

「そういうことよ。そんな無茶する冒険者と言ったら身寄りがない人たちだから、当然引き取り手が無く、全てあたしの物になるってことよ。だから、『狡猾のエヴァ様』というのは、計画的にそうしていることを揶揄しているのよ。当然、あたしにそんなつもりはないわよ」


 その説明で僕も理解できた。

 つまりは、エヴァがパーティー登録をした仲間を魔獣に殺させ、その私物を全て自分の物にしていると噂されているようだ。


 昨日、ガーディアンズのファビオさんから色々と言われたけど、結局その内容は終始、「身包み剥がされるぞ」とのことだったから、僕はよくわかっていなかった。


 でも、僕たちにそんな心配はない。


 きっと、エヴァは、僕たちの実力を信じて死なない冒険者だと思ってくれたのだろう。

 だから、出会ったあの夜に、「あなたたちが強いと思ったからよ」と、僕たちに声を掛けた理由としてその言葉を選んだのだと納得した。


「そっか、それなら僕は信じるよ」

「はあ……本当にコウヘイは、お人よしのバカなのね」

「え!」

「ふふ、褒めているのよ」


 そのやり取りを見てみんな笑い出した。

 僕も可笑しくなって、エヴァもそれにつられるようにして笑顔になった。


 一時は、どうなるかと思ったけど、これでわだかまりは解消されたと思う。

 あとは、僕たちの秘密をどう話すかということになる。


 正直さっき目の前で僕の能力を見せたから今更な話だけど、エヴァはそれに言及してこなかった。


 きっと、規格外なスキルによくわかっていないだけかもしれないけど、今後の戦闘で僕のスキルを使用する機会は多くなる。


 イルマは、態々説明する必要は無いと言うけど、そういうことなのだろうか。

 僕としては、エヴァが話してくれた以上、隠し事を抱えるのは非常にやり辛い。


 エヴァが母国に帰ることは現時点ではほぼ不可能だし、魔王討伐を本気で信じてくれているかわからないけど、ずっと一緒に行動するとも言ってくれている。

 そんなエヴァに対し、僕は後ろめたい気持ちがどんどん大きくなった。


「ねえ、エヴァ」


 だから、この先を考えた僕は全てを話すためにエヴァに声を掛けた。


 が、


 それはある異変によりお預けとなるのだった。


 小鳥たちが一斉に飛び立ち、鳴き声がテレサの森にこだました。


「な、なんだ!」


 テレサの森には魔獣以外の動物も数多く生息しているけど、その姿を見かけることは殆どない。

 それなのに、こんな数がいたのか! というほどの小鳥たちが群れとなって東の空の方へ、一斉に飛び去って行った。


「コウヘイ、あっちの空を見て!」


 すると、エルサが西の空、テレサ上空を指さした。


「なんじゃと!」


 イルマも見えるのだろう。

 でも、僕には何か黒っぽい塊が上空を移動しているようにしか見えなかった。


「ごめん、エルサ。説明してくれないかな? 僕には見えないんだ」

「ワイバーンが沢山いるの! しかも、数百匹が町にっ、テレサの方に向かってる!」

「なんだって!」


 僕はエルサの説明を聞いて驚愕した。

 ワイバーンは確か一匹だけで中級魔獣に分類されている。

 それが数百匹となったら、テレサの町はただでは済まされない。


「急いで戻るよ!」


 だから僕はそう言って駆け出したけど、エヴァだけその場に立ち尽くしていた。


 エヴァの様子をおかしく思った僕がエヴァにの元へ近寄ると、


「ワイバーン、ですって……」


 と、呟くように言って肩を震わせていた。


「エヴァっ、どうしたんだ! 早く戻らないと町が危ない!」


 しかし、僕がそう叫んでもエヴァは心ここにあらずだった。


「エルサ! イルマとミラを連れて一足先にテレサに戻ってくれ!」


 仕方がないので、僕はそう叫んでエルサたちに先に戻ってもらうことにした。


「コウヘイはどうするの?」

「エヴァを連れてあとから追いかけるから、早く!」

「わ、わかったわ。イルマ、ミラちゃん行きましょ」

「うむ」

「はいっ」


 三人はアクセラレータを掛けて一気に加速し、僕たちの前から姿を消すような速度でテレサの方へ駆け出して行った。


「エヴァ! エヴァ、しっかりしてよ!」


 しかし、その問いかけに反応が無い。


「くそっ。文句はあとでいくらでも聞くから、今は失礼するよ」


 僕はそう断りを入れてエヴァを担ぎ上げ、エルサたちの後を追った。


 頼む、頼むから間に合ってくれ!


 テレサは、やっと手に入れた僕たちの居場所なのだ。

 冒険者ギルドのラルフさんたち、そして冒険者のファビオさんたちがいる。

 謎が多いけど何故か心休まる白猫亭だってある。


 ――――コウヘイたちが戻ったからといって、全てを相手できる訳ではない。

 ふつうの冒険者が言ったら鼻で笑われるが、幸いにもコウヘイたちにはテレサを守れるだけの力があった。


 少しでも被害を減らすためにコウヘイは、身体強化に全力を充てて急いだ。


 ようやく手に入れた居場所を守るために。

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