第054話 謀反の陰に潜む四つ子の魔人
魔族反乱勢力の首魁たちが、魔王城から数キロメートル離れた丘の上から、魔獣たちが攻城している様子を眺めていた。
すると、魔王城の城壁部分で大規模な爆裂魔法がさく裂し、その一帯にもうもうと煙が立ち込めた。
「やっと、反撃してきたか……」
そう呟いたのは、優男風のミディアムショートのカジュアルな青色癖毛に、翡翠色の瞳をしたガブリエル・ハデス。
ガブリエルは、アドヴァンスド四家に数えられる名家、ハデス家の当主で、この反乱の首謀者でもあった。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
そう怪訝そうな視線と共に言い浴びせるのは、イシドロ・サボール。
ガブリエルの誘いに乗り反乱勢力に加わったアドヴァンスド四家のサボール家当主で、大のヒューマン嫌いである。
その見た目は、ガブリエルとは対照的な野性味あふれる白銀の長髪を乱暴に後ろで結んでいる。
瞳は飛び出そうなほど大きなギョロっとした金色で、身体は三メートルもあり大柄であった。
正直言ってガブリエルは、イシドロのことが苦手であったが仕方ない。
他のアドヴァンスドを味方につけたいのが本音だが、パオレッティ家のオフェリアは、魔王の密命を受けて魔族領を不在にしており、ここ数十年姿を見ていない。
もう一人のアドヴァンスド魔人のロウェーナ――クロズリー家当主――は、魔王ドランマルヌスの孫娘だ。
そんな彼女にこの話をできる訳が無かった。
そう考えた結果、消去法でイシドロを取り込むことにした。
つまり、本当に仕方なくだった。
それを未だわかっていないイシドロの口ぶりに、釘を刺す。
「よくそんな口を私に向かってきけるな」
「うっ……悪い、いえ、悪かったです」
ガブリエルがそう強気に言うと、イシドロは手の平を反したように弱腰になった。
アドヴァンスド四家は、極めて力が強いことからアドヴァンスドと言われており、その当主たちの力は拮抗していた。
それは、力が全てである魔族界で、その四家の当主であるガブリエルとイシドロの間には、上下関係は存在しないはず、だった。
しかし、今はその関係性が変わっていた。
数ヶ月前――
突如、イシドロの居城へ単身ガブリエルが攻め込んだのだった。
お互いが顔を合わせるのは、年四回行われる魔族会議のときくらいしかなく、言い換えれば疎遠だった。
まさか、攻められるとは思っていなかったイシドロに油断があったかもしれないが、いとも簡単にガブリエルの前に膝を着くこととなった。
剣を交えることもなく、ガブリエルの強大な魔力の前に屈したのだ。
襲撃の理由を領地が目的かと思ったイシドロであったが、話を聞かされてその内容に驚きつつも可能かもしれないと、イシドロはその話に乗ることにした。
「打倒魔王、そして大陸に魔族の覇を唱える」
イシドロは、平和な毎日に飽き飽きしており、何度も魔王にヒューマンの国を攻めることを進言していた。
当然、その進言は魔王にことごとく却下され、悶々とした日々を何百年も過ごしていた。
魔王の全力を未だ見たことは無いが、ガブリエルから
魔族の世界では負けイコール死が通例だが、今回は目的が目的なだけにそうはならなかった。
ただし、ガブリエルの意一つで、イシドロの命が刈り取られる状況に変わりは無い。
ガブリエルは、イシドロほどヒューマンを嫌っている訳では無い。
それでも、使役獣である魔獣よりも弱い下等生物が、我が物顔で存在しているのが許せないタイプの男で、現魔王のスタンスが許せないのである。
そしてイシドロを配下に加えた日、ガブリエルを次期魔王とする反ドランマルヌス勢力ができあがった。
その計画は、非常に簡単だった。
大量の魔獣をひたすら魔王城へ攻め込ませ、魔王ドランマルヌスの魔力が減るのを待つ。
それは、魔族の世界であまり褒められたやり方ではなかったが、意外にもそれは支持を得た。
そもそも、魔王から魔獣の指揮を奪い取ること自体があり得ないことで、それが魔王であるドランマルヌスより力がある証明になった。
次第に、ガブリエルに従う魔族が増え、約八割の魔族を配下に収めると、行動を開始した。
それから魔王城を魔獣で攻め続けること三日が経ち、ドランマルヌスが反撃してきたことを、ついに焦り始めたと勘違いした。
それが故、ハデスは、
『やっと、反撃してきたか……』
と、先程呟いたのであった。
しかし、それはドランマルヌスがロウェーナのことをうるさく思い、ほんの気紛れであったことなど誰も知る由はなかった。
「お父様、そろそろ出ようかと思います」
青みを帯びた黒髪のポニーテールを揺らしながら進言してきた少女が、赤みを帯びた金色の瞳でハデスを見上げた。
「ん、フィネンシア、もうなのか?」
ハデスの問いに、「はい」とだけ、フィネンシアは短く答えた。
「そ、そうか、早い気もするが良いだろう。行くがよい」
「ありがとうございます。リディア、ミュラー、マニー。出るわよ」
「「「はい、お姉様!」」」
フィネンシアは、ハデスの娘で四つ子の長女であった。
次女のリディア、三女のミュラー、そして四女のマニーは、姉のフィネンシアが主人であるが如く付き従ってその場をあとにした。
その光景を見ながら、イシドロは未だ理解できないでいた。
あの強大な魔力を持ちながらもハデスは、フィネンシアには頭が上がらない様子を見せるからだった。
ハデスはそれを必死に隠そうとしていたが、対応が微妙に不自然でイシドロはそれに気付いていた。
イシドロは、武闘派で脳筋の見た目だが、そこはやはりアドヴァンスドの一角を担うサボール家の当主である。
些細な機微の変化に敏感だった。
彼女たちはたったの五歳で、ヒューマンだけではなく、魔人の特異性を考慮しても、その成長速度は異様だった。
見た目だけでも既に十代半ばの少女と言っても過言ではなかった。
一人ずつが相手であれば問題無いが、四人同時が相手では、負けはしないが勝てもしないかもしれないと、イシドロが感じるほどアドヴァンスドの中でも有数の魔力を彼女たちは有していた。
「あの子たちが出て行ったのだ。イシドロよ、もうすぐだ。最後は私があの娘の首を取ってみせよう」
「はい、待ち遠しいですな」
ハデスは、既に魔王の名を呼ばない。
その表情は、もうすぐ自分の時代になることを少しも疑っておらず、その先のことを考え悦に浸っている様子だった。
力でイシドロを捩じ伏せ、力で他の魔族たちを従えたが、その力は所詮借り物にすぎないのにも拘らず……
――――――
戦果確認に出て行ったロウェーナが、寝室の扉をぶち壊すような勢いで飛び込む。
「魔王様っ、大変です!」
「どうした騒がしい。何が……あっ、た……」
ドランマルヌスが注意しようとベッドから身を起こし、ボロボロになった姿のロウェーナを目にして言葉を詰まらせた。
「なんか可愛いちびっ子たちがいたんですよ!」
「ん、それにやられたと言うのかい?」
ロウェーナの大変という言葉とボロボロの服装から判断すれば、攻撃を受けたことを報告しに来たと思ったドランマルヌスだが、ロウェーナの顔は紅潮し歓喜の表情をしていた。
「もー、違いますよ、魔王様。確かに見とれていてマジックシールドの展開が遅れましたが、そうじゃないんです! すっごく可愛かったんですよー。あんなに小さくて可愛い子からあの強大な魔力、ゾクゾクしちゃいましたっ」
「あっそ……」
興奮して言ってくるロウェーナに呆れて、ドランマルヌスは何も言えなかった。
「うーん、ちびっ子で強大な魔力といったら、ハデス家の子供らかな? ねえ、そのちびっ子は四人だったかい?」
ドランマルヌスは、異様な力を持った子供がハデス家に生まれたことを風の噂で聞いていた。
「あっ、はい。ご存じなんですか?」
「いや、直接会ったことはないよ」
あの大人しいガブリエルが宣戦布告してきたときは、ついにボケたのかと思ったが、子供の力を知り調子に乗った方だったのか、とドランマルヌスは、その安直な考えに呆れた。
「どれどれ……」
ドランマルヌスは、マジックビジョンを展開させ、外の様子を覗き見る。
「ああ、この子たちですよ、魔王様」
「わかった、わかった。少し静かにしてくれないかなー」
頬に頬を付けて一緒に覗き込んできたロウェーナを鬱陶しそうに脇に押しやり、ちびっ子四人を観察しはじめる。
「へー、面白いじゃないか」
「何かわかったんですか?」
「まあね。ちょっと、パオレッティ家の娘っ子の所に行ってさ、勇者パーティーを連れてきてよ」
「え!」
ドランマルヌスの言葉にロウェーナは、驚きの声をあげた。
「いいから、いいから。死の砂漠谷以外の安全な裏ルートを教えていいと伝えるんだ。ほらっ、行った行った」
「もう、わかりましたよ。私には到底わかり得ないお考えが魔王様にはあるのでしょうねっ」
シッシッと追い出そうとするドランマルヌスに対し、ロウェーナは少しふくれっ面をして寝室を出て行った。
一方、ドランマルヌスは、寝室のバルコニーへと移動する。
辺りが夜の帳に包まれた時間帯。
満月の青白い光に照らされたドランマルヌスは、これから起こる事態など到底考えもせず、
「さて、ボクが直々に相手をしてあげようじゃないか」
と、新しいおもちゃを目の前にした子供のような表情を浮かべながら飛んで行くのだった。
それから程なくして、魔王城は消滅した。
そこに住む魔族たちとその建物だけを残して――
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