第027話 テレサの町

 デミウルゴス神歴八四六年、七月一〇日、冥王――ディースの曜日。


 蒸し暑さで眠りが浅かったせいか、僕は馬車が何かに乗り上げたような大き目な振動で目を覚ます。眩しさに目を向けると、風に揺れる幌の切れ目から温かく優しい朝の光が差し込んでいる。


 その光を遮るように左手をかざし、眠気眼を擦りながら呟いた。


「もう朝か……」


 僕の隣には、エルサとイルマが気持ちよさそうに未だ眠っている。

 そんな二人の無防備な寝顔を眺めていたら、魔族に襲われたり先輩たちから指名手配されたりと、一週間前の慌ただしかったあの日がどこか遠い記憶のように感じて自然と頬が緩んだ。


 僕たちが帝都サダラーンを出立してから既に一週間が経過していた。

 検問が道中に設置されているどころか、予想とは裏腹に途中の町でも警戒されている様子はなく、三人の旅路は想像以上に順調である。


「まったく、無防備にもほどがあるよ」


 寝るときは何も着ない主義なのと豪語するエルサも、さすがに移動中であるため寝間着を着ている。それでも、かなりの薄着でそのきわどさが余計に僕の中の男を刺激してくる。


 こんなときは風に当たるのが一番だろう。眠気覚ましとたぎる雑念を払うために御者台へ移動すると、温かい陽射しが出迎えてくれた。


「昼も夜も関係ないなんて、魔導馬車は凄いよな。イルマが付いて来てくれたのは大きいよ」


 御者台に座りながら馬車を引く二頭の馬型ゴーレムの様子を見ながら、改めてそんな感想を漏らす。


 僕たちが乗っている馬車は、イルマが生成したゴーレムによって引かれており、自動操縦のため御者がいなくても燃料の魔力が切れない限り動き続けるらしい。

 本来は、魔石をセットして動かすらしいけど、魔力を流すだけでも作動するらしく、エルサがいる限り漏れ出す魔力で二四時間稼働が可能になっている。


 詳しい原理をイルマに説明してもらったけど、僕にはチンプンカンプンだった。

 機械工学の知識の無い学生が、いきなり学者クラスの人が使用する専門用語で、エンジンの仕組みを説明されたようなものだろう。


 ファンタズムの世界は、機械の代わりにゴーレムだけではなく色々な魔道具の開発・研究が進んでいる。


 イルマは、錬金術師を自称しているけど、魔導学にも精通しており、僕やエルサにくれた魔法の鞄や魔法のポーチも彼女が作ったのだとか。

 収納系の魔道具は、失われた魔法とまで呼ばれている空間魔法の技術を利用しているらしい。イルマは、空間魔法の効果を付与して固定化すればできると簡単に説明してくれたけど、本来はそんな簡単な話ではないはずだ。


 だって、失われた魔法って時点で辻褄が合わない。しかも、そんな簡単に作れるなら、金貨数枚もの価値がする訳がないのである。金額の理由が技術料なら納得できなくもないけど、もっと市場に出回っていてもおかしくない。

 実際、それほどの数が出回っていないから金貨数枚の価値なのだ。


 しかも、イルマは勇者パーティーに貸与されてる本物の魔法袋と同じものを所有している。


 本物の魔法袋は、ロストテクノロジーといわれており、超古代文明の遺跡から発掘されたものしか存在しないハズなのだ。イルマ曰く、一族で継承されてきた魔法袋らしい。故に、勇者パーティーが貸与されている魔法袋とは違ってデミウルゴス神皇国の管理下に無いと言っていた。


 僕は、イルマの話を聞けば聞くほど、なんでこんな凄い人が僕と一緒に行動してくれるのか、まったく理解できなくなっていく。イルマは、単に面白そうだからとしか言わない。僕にとっては大変喜ばしいけど、腑に落ちないのだ。


 ただそれも、いくら考えても仕方がない。一先ずは、イルマが言っている理由を信じるしかないだろう。


 閑話休題


 帝都サダラーンを出発してからは、森の付近を通過した際にフォレストウルフ、フォレストハウンドやゴブリンライダーのような下級魔獣に襲われたくらいだ。さすがに中級魔獣のビッグフォレストウルフに遭遇したときは焦ったけど、エルサがサンダーアローで仕留め、ここまで問題なく着実に目的地へと近付いている。


 僕たちが目指している場所は、最近ダンジョンが発見されて賑わい始めているとイルマに勧められた、サーデン帝国南の辺境にあるテレサの町だ。


 ふつうに馬車で移動すると二週間――一〇日――ほど掛かるらしい。それでも、イルマの魔導馬車のおかげで六日目の今日には到着できそうだった。


「もうそろそろかのう」


 突然の声に僕が振り向くと、イルマが荷台の中から幌を手でよけ、眠そうに目をこすりながら顔を出している。


「おはよう」

「うむ、コウヘイは早起きじゃな」

「まだ、この揺れに慣れなくてね。何かに乗り上げたはずみで目が覚めちゃったんだよ」

「贅沢な奴じゃな。この魔道馬車はな――」

「ああ、わかったわかったよ。イルマの努力の結晶で、この世界に一台しかない高機能な魔導馬車なんだよね」


 僕が目を覚ました理由を不満と捉えたのか、イルマが御者台に移動してきてあの難しい説明をし始めようとするもんだから、僕は慌てて凄さを理解していると一息に言ってイルマの説明を遮る。


「わかっているのなら良いのじゃ。他の馬車だと寝ることすらままならないからのう」

「うん、本当感謝しているよ。でも、やっぱりベッドで寝たい」


 ベッドと比べても意味がないけど、こればっかりは本心なので嫌味にならないよう口調に気をつける。


「確かにな。じゃが、昼には着くじゃろうて。それまでの辛抱じゃ」


 しばらくイルマと話をしながら進んでいると、エルサも起きてきたため魔導馬車を止めて朝食を取ることにした。


 テレサは、人口が千人程度で小さいらしいけど、ダンジョンが発見され、最近になって冒険者ギルドが設置されたらしい。当面の間は、テレサを拠点にしてダンジョン探索をしながら、冒険者ランクを上げる予定だ。


 テレサから二日ほど南下すればバステウス連邦王国との国境があり、万が一、僕への追手が掛かっても直ぐに逃げられるというのが、テレサを目的地に決めた理由の一つでもある。


 ここまで帝都から離れれば、さすがの先輩たちも諦めてくれるだろう。


 そんなことを考えながら僕は、朝食の準備へと取り掛かるのだった。



――――――



 朝食を終え、そのまま南の街道を進むこと数時間、大分陽が高くなってきたころ。


 小高い丘を越えると、目的地であるテレサの町が見えてきため あまりにも高級品である魔導馬車と魔導ゴーレムをイルマの魔法袋に収納する。


 イルマ曰く、「一介の冒険者がこんな馬車で乗り入れたら、たちまち噂になってしまうぞ」だとか、「それとも、勇者と宣伝して仲間でも募るつもりなんか?」などと、僕を脅すのだった。


 お尋ね者の僕は、悪目立ちしないように徒歩で町の入り口を目指す。


 テレサの外壁は、木製の柱に同じく木製の板が貼られ、申し訳程度に鉄のような補強材で繋ぎ目が固定された壁で囲われているだけだった。城壁通路も無く、むしろ、柵と言った方がしっくりくるほど簡素な外壁だ。


 それを見た僕は、魔獣の侵入なら防げるかもしれないけど、他国との国境が近いことを考えると、なんとも頼りない印象を抱いた。


 町の中に入るにも、エルサが代表で冒険者カードを見せるだけ。僕とイルマは素通りでチェックも甘かった。


 辺境の町ならこんなものなのかな。


 その分、時間を掛けずに町の中に入れたから文句はないけど、帝都との差は明らかだった。


 一先ず、冒険者ギルドの様子を窺うために門番に教えてもらった道を進む。


 テレサの冒険者ギルドは、帝都の冒険者ギルドよりも二回りほど小さい二階建ての木造建屋。最近建てられただけあってこぎれいな印象だ。


 僕は、どうか指名手配されていませんように、とここまでの町と同様であることを祈りながら扉を一気に押し開ける。


 ギルドホールを進んで行くと直ぐに無遠慮な声が聞こえてきた。


「おい、アレを見てみろよ。ミスリルのプレートアーマーじゃねーか?」


 ミスリル特有の輝きから判断したのだろう。


「それよりも、連れを見てみろ。あのダークエルフ、たまんねーな」


 ローブ越しから見てもくっきりと身体のラインがわかるエルサを言っているのだろう。


「なんだ? 子供までいるが、二人のか?」


 一際小さなイルマを見て勘違いしたに違いない。


「バカ、あの子供は耳が長いからウッドエルフだ。ヒューマンとダークエルからウッドエルフが生まれる訳ねーだろ」

「それもそうだ。ガハハハッ」


 終いには、冒険者たちのだらし無い下品な笑い声が響き渡る。


 まさか、冒険者ギルドに入っただけで早速目立ってしまうとは……


 今日が安息日だからだろう。真昼間だというのに、ギルド備え付けの酒場は繁盛しているようだ。


 僕たちを好き勝手言ってくる声が、他からも色々と聞こえてくる。


「のう、コウヘイ……」

「な、何かな……」


 イルマが俯きながら両手を握り、肩を震わせているのを見て、嫌な予感が僕の頭をよぎる。


「あいつら、わしのことを子供と言っておったか?」

「お、落ち着いてよ。あんな有象無象を相手しても何の得にもならないよ」


 イルマから魔力の高まりを感じ、僕は慌ててイルマを落ち着かせる。


 が、僕の発言がまずかった。


「おい、にーちゃん! いま、俺たちのことを何て言った?」

「げっ!」


 僕がイルマを落ち着かせるため言った言葉が聞こえたらしい。酒に酔っているのか、顔を赤らめた四人組が、ずいっと僕たちの前にやってきた。


「なんじゃっ、わしらにようか?」

「イルマやめてって」

「そうだよ、イルマおばあちゃん。時間の無駄だし、目立っちゃうからこんな人たちを相手にしちゃダメだよう」


 酔っ払い四人組に反応したイルマを僕が止めようとしたら、エルサが余計なことを言い出す始末。


「お、おばあちゃんじゃとぉ?」

「だって、子供て言われて怒ったんでしょ? ならその方が良いのかなと思って」


 にんまりと笑ったエルサの表情は、明らかにイルマをバカにしているとしか思えない。けれども、エルサなりのユーモアなのである。


 普段のイルマであれば、エルサの言い回しを知っているためサラッと流すはずなんだけど、子供扱いされるとどうにも我慢できないたちらしい。


「何を乳お化けめ」

「あ、幼児体型だから羨ましいのかな?」

「ぐぬぬ」


 イルマとエルサが言い合いを始めてしまい、僕は両手で顔を覆うことしかできなかった。


 僕たちに絡んできた四人組は、エルサとイルマの口論を見て呆けて突っ立っている。

 しかし、自分たちが相手にされていないと気付き、赤ら顔をさらにタコのように真っ赤にさせ、額の血管が浮き上がっていた。


「おいっ、俺らを無視して勝手にやってんじゃねーぞ!」


 ほら、有象無象とか時間の無駄とか言われて怒っていた四人組が、放置されたせいで喚き始めた。


 まあ、有象無象と言ったのは僕なんだけどね……


「痛い目に合わないとわからんようだな」


 一際大きな熊みたいな大男が、そんな在り来りな文句を言いながら、革鎧の下に着ている長袖の裾を捲り、ドシドシと聞こえてきそうな大股で近寄ってくる。


 僕は尻込みしながらも、大事にならないように恐怖を押し殺してすかさず謝罪した。


「す、すみません! まったく悪気は無いんです。ですから、お互い落ち着きましょう。ねっ?」

「ねっ? じゃねー!」


 大男は、僕の言葉を完全に無視して自分のセリフも言い切らぬまま殴り掛かってきた。


 大きなテイクバックがありつつも、キレのある右ストレートが迫る。


「プロテクション、パワーブースト」


 咄嗟に身体強化をした僕は、彼の拳を見切って右手で握り止め、そのまま力を込める。


「なっ、いててっ。は、離せコノヤロー」


 大した力を込めてもいないのにその大男は苦痛に顔を歪め、僕に掴まれた右手を引っこ抜こうと踏ん張りはじめる。


 よかった。思ったより強くないみたいだ。


 僕は必要以上にビビってしまったことを反省し、冷静になって対処する。


「は、離していいんですか?」

「当たり前だっ。さっさと離せ!」


 いまにも泣きそうな表情で叫ぶもんだから、僕は遠慮なく手を離す。


「知りませんよー」

「うわあっ」

「「「リーダー!」」」


 大男は引き抜こうと思い切り踏ん張っていたため、予想通り後ろに大きく仰け反り、尻もちを着くようにすっころんだ。


「な、何しやがる!」


 いやいや、あなたが離せって言ったんでしょうが、と僕は呆れたつつ、他の三人が手を貸して引き起こすのを傍観する。


 殴り掛かってきた大男がリーダーのようだ。何とも無様な結果に事の成り行きを見守っていた周りの冒険者たちから、図らずも失笑が聞こえてくる。


「くそっ、なめやがって!」


 いちいち叫ばなくてもいいのに大きな声を出し、腰にさした剣を抜き始める。


 いままで野次馬よろしく騒がしかった冒険者たちが息を呑むように口を噤んだ。


 サーデン帝国でガークに因縁を付けられた記憶が新しい僕は、目の前の四人を僕たちのせいで犯罪者にしてしまい、負い目を感じる。


 が、


「あちゃー、ファビオの奴、また抜きやがったよ。これで何度目だ?」


 どこからともなく、そんなヒソヒソ声が耳に届く。


 おそらく、三人からリーダーと呼ばれていた大男がファビオという名で間違いないだろう。そして、彼はこれまでにも何度か剣を抜いているようだ。


 地方によって罰則が違うのか?


 帝都では私闘による抜刀は御法度だったため、僕は眉根を寄せて困惑する。


 穏便に済ませたいけど、こうなったら仕方がない。僕が覚悟を決めてメイスに手を伸ばそうとしたときだ。


「そこまでにしておきなさい」


 穏やかにして力のこもった制止の声がギルドホールに響き渡る。


 途端に、ガヤガヤとしていたテレサ冒険者ギルドの広間は、その一声で時が止まったかのような静寂に包まれた。


 僕は声がした方へ視線を向け、その主の姿を認めて息を呑むのだった。

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