第021話 指名手配

 デミウルゴス神歴八四六年、七月四日、創造――デミウルゴスの曜日。


 帝都の大通りは、冒険者や買い物客でごった返していた。

 デミウルゴスの曜日はいつもそうだ。明日の安息日はほとんどの店が休みとなるため、その前に用事を済ませたり必要な物を買い出しする人々でにぎわうのである。


 身隠しのローブで姿を消している僕とエルサは、そんな人混みを縫うように通り抜けて冒険者ギルドへ向かっていた。


「いつものことだけど、特に今日は人が多いね」

「うー、何度もぶつかりそうになって避けるのも大変だよー」


 僕は、そんな文句を言ってくるエルサとはぐれないように彼女の手を取る。


「あ、ありがとう」


 僕から手を繋いでくるとは思っていなかったのか、驚いたようにエルサの肩が撥ねる。


 僕だって女性のエスコートをやろうと思えばできる。

 普段は恥ずかしくてできないだけで、僕はそれを隠すために「いえいえ」と気取った返事をする。


 それにしても、今日の混雑具合は異常だ。しかも、完全武装した兵士の数がやけに多い。下手したら市民より多いかもしれないほどの騎士や兵士が忙しなく駆けずり回っていた。


 おそらく、昨日の魔族襲撃のせいだろう。


 下級魔族三人は僕たちが倒したからいいけど、中級魔族と思われる一人は未だ行方知れず。それに、奴らの目的からしてあれが全てとは言い切れない上にまだ近くに潜伏している可能性がある。


 それにしても、僕が無けなしの勇気を振り絞って助けようとした弓騎士が高宮副主将であり、魔法士は山木先輩だったのだから驚きだ。


 葵先輩の治癒魔法で回復した高宮副主将曰く、待ち伏せされていたようなのだ。つまり、中級魔族の目的は勇者である先輩たちだったに違いない。


 ただそれも、僕に命を救われたことが気に食わなかったのか、葵先輩の話を聞いた高宮副主将に怒鳴られてしまい、僕たちはより詳しい経緯を聞くこともできず、先輩たちや騎士団より先に帝都に戻ったのである。


 怒鳴られたことを思い出した僕は深いため息と共に呟いた。


「まあ、期待するだけ無駄なのはわかってたけどさ……」

「あー、また昨日のこと思い出してるの?」

「いや、だってさ。助けたのにあれはないでしょ」

「うーん、確かに酷いなとは思ったよ。でも、いいんじゃない? 感謝されなくても助けた事実は残る訳だし、それを誇ればいいんだよ。それに、いまコウヘイの隣にいるのはわたしなんだからさ」


 エルサは、僕が追放されたことを知っているけど、高校での僕と先輩たちの因縁までは詳しく知らない。

 だからこそ言えるセリフだとは思うけど、隣にいる――つまり、仲間だと言ったエルサの言葉が僕の沈んだ心を軽くしてくれた。


「ありがとう、エルサ」

「えへへ」


 そんなエルサの笑顔に釣られて僕が微笑み返したとき。


 エルサの頭越しに見える少し離れた広場には、即席で設営されたような木製の壇があった。その壇上には、手配書のような羊皮紙を持った騎士がおり、しきりにそれを指さしながら何やら叫んでいるようだ。


「やっぱり、魔族を探しているのかな」

「ああ……そ、それはどうかなぁ?」


 僕の視線に気付いたエルサがそちらをチラッと見てからぎこちない笑みを浮かべる。


「どういうこと?」

「あのね。あの手配書に描かれている顔は――コウヘイにそっくりなの」

「……え、まじ?」


 その事実に驚きながらも、僕たち二人が冒険者ギルドの前まで来ると、小隊規模――三〇人――の騎士が整然とした態度で整列していた。


「やっぱり、僕たちを探しているのかな?」

「多分そうだよ。コウヘイ、今回はフードを取らない方がいいかもね」

「うん、僕も同感だよ」


 解放の儀を明日に控えた僕たちは、アイアンランクでも受けられるベルマン伯爵領へ行く護衛依頼がないか、ミーシャさんに相談する予定だった。


 帝都から拠点を移すためではない。ベルマン伯爵領を越えた森には、エルサの両親が住むダークエルフの里があるらしく、エルサを奴隷から解放したらいったん無事を知らせに行くつもりだったのだ。


 しかしながら、冒険者ギルドの中に入ってそれを諦めざるを得ないことが確定した。


「コウヘイさんは、そんなこと絶対にしません! 魔獣討伐も頑張っていて数日でアイアンに昇級しています!」


 ミーシャさんがオーシャンブルーの瞳に力を込めて、僕のことを庇うように誰かに説明しているところだった。


 僕は、エルサの手を握ったままカウンター付近まで近付いていく。


「だーかーらっ、隠し立てしても良いことないよ。昔のよしみで言ってやってんだから、そこんとこ理解してくれないとあたいたちも困るんだよね」


 僕は、横柄な態度でミーシャさんを攻め立てるように大きな声を出している女性に見覚えがあった。


 先輩たち勇者パーティーに参加することになった女冒険者、盗賊シーフのギーネだ。

 燃えるような赤い髪をツーサイドアップにしており、目尻が上がった挑発的な赤い瞳でミーシャさんを睨みつけている。しかも、ちっこいくせに両手を腰に突いて偉そうに仁王立ちしているのだ。


 話ぶりやその態度からして旧知の仲のようだ。


 その後ろには、剣士のフェルと魔法士のイシアルの姿もあった。


 僕が追放された日。僕のことをゼロの騎士様と呼んでバカにしてきた剣士のフェルは、目に掛かる前髪が気になるのかつまらなそうに左の人差し指でその栗色の髪をいじっている。


 イシアルも他人事のように肩先位のウェーヴ気味の金髪を手櫛てぐしかしている。明らかに退屈そうで暇を持て余している感じだ。


 身隠しのローブで隠れながら話を盗み聞きすると、どうやら僕が他の冒険者を襲って魔獣の素材を奪う強盗紛いのことをやっている疑いがある、とギーネは主張していた。


 攻撃もろくにできず役立たずだから勇者パーティーを追放された僕が、異常な量の魔獣の素材を納品できる訳がない、というのがその証拠だという。


 途端に、僕の右手がぎゅっとされる。きっとエルサは、僕がバカにされることを我慢ならないのだろう。


 一方で僕は、それを聞いて内心呆れることしかできなかった。


 あんなにも大勢の騎士や兵士を動員してまで、僕を指名手配した理由がわからない。騒ぎ立てずに黙って僕がギルドに来るのを待ち構えていればいいものを。


 指名手配の理由や矛盾だらけの対応に僕がやれやれと思っていると、ミーシャさんが反論してくれた。


「だ、だったら冒険者を襲うことだって無理じゃないですか」


 僕もその通りだと思いつつ、反論はしない。さすがにこの場に姿を現すのはマズイ。


 僕が心の中でミーシャさんに感謝と謝罪をしていると、ミーシャさんの正論に対してギーネが余裕な態度で言い放った。


「それがね。あったのよ。そんなことができる方法が」

「えーっと、どういうことでしょうか?」

「ふふ、聞いて驚かないでよ――」


 そんな風に言って不敵な笑みを浮かべたギーネの口から出た言葉は、さらに僕を混乱させる。


「どうやって素材を集めているのか、あのゼロ騎士を問い詰めるためにマサヒロ様とユウゾウ様がサーベンの森の入口で待ち構えていたら、魔族に襲われたのよ。マサヒロ様が仰ったのだから間違いないわ」

「だから、どういうことです? その魔族たちを倒したのはコウヘイさんたちですよ」


 まったくバカなことを……高宮副主将と山木先輩の二人だけでなぜあんな場所にいたのか疑問に思っていたけど、僕を待ち伏せしていたからのようだ。

 それなのに、魔族に襲撃されるとは――本当に運のない人たちだ。こればかりは同情できない。むしろ、スカッとしたくらいで思わず頬が緩んでしまう。


 が、それから先輩たちが導き出した答えは、まったく思いもよらない内容だった。


「だーかーらっ。ゼロ騎士が魔族を手引きしてマサヒロ様たちを襲わせたのよ」

「なんですって!」

「マサヒロ様が聞いたんだってさ。魔族のリーダーっぽいのが、『予定より早すぎたか』だとか、『コウヘイが来るまで遊んでやれ』とか言ってたらしいのよねー」

「それがどうしたっていうんですか! コウヘイさんを狙っていただけかもしれないじゃないですか」


 なんだよそれ!


 ミーシャさんが叫んだように僕は心の中で叫んで歯噛みする。


「はぁ? ゼロ騎士を狙う? なぜ? どうして? 魔族があんな役にも立たない奴を狙うわけないじゃん」


 ダメだこりゃ。ギーネは、完全に山木先輩の言葉を信じているようだ。 


 つまり、騎士や兵士たちが必死に帝都を駆けずり回っていたのは、魔族の手引きと冒険者襲撃の容疑で僕を探していたからなのだろう。


 当然、そんな事実は一切ない。あまりにもバカバカしい結論に僕は憤りを感じ、その場で反論したくてたまらなかった。けれども、そんなことをしては、いたずらに状況を悪化させかねない。


 そう思った僕は、グッと奥歯を嚙んで怒りを吞み込み、無言のままエルサの手を引いて冒険者ギルドを出た。


 あの様子だと、明日の解放の儀は難しいかもしれない。


 クソっ!


 あと一日、あと一日だと言うのに――


 やり場のない怒りに任せてしばらく歩き、人通りが少ない路地に入ったところで足を止める。


 僕は、一先ず落ち着くために何度か深呼吸を繰り返してからエルサと向き合った。


「エルサ、ごめん。あの感じだと明日の儀式は――」

「大丈夫! わたしのことはいいの。それより、コウヘイの方だよ」


 エルサがもう一方の手も握って持ち上げ、それから胸に抱くように身を寄せて来た。

 僕を見上げた拍子に被っていたフードが捲れ落ち、エルサの潤んだ瞳から光るものがツーっと頬に伝う。


 その悲痛に染まった顔を見た僕は、無言で小さく顔を左右に振ることしかできなかった。


「な、何でよっ! コウヘイは何も悪いことしてないのにっ」


 エルサは、僕のことを不憫に思い本気で怒って悲しんでくれているようだ。泣くのを堪えるように突き出たエルサの下唇が噛んだ跡のように血が滲んでいる。冒険者ギルドでも反論したい気持ちをずっと我慢していたに違いない。


 僕は、右手だけ放してさっと取り出した布をエルサの唇に軽く押し当て拭う。

 

「エルサ。この世の中には、どうしようもできないことが沢山あるんだよ。彼女たちは、いまや魔王討伐の要である勇者パーティーに所属している。その反対に僕は、勇者パーティーを追放され冒険者。真実がどうであれ、事情を知らない人たちが、どっちの言い分を正しいと思うかは明らかだよ」

「で、でも! そんなのあんまりだよぉ」


 エルサは僕の説明に納得いかない様子で嗚咽を漏らす。


「それに、あれは山木先輩というより、高宮副主将の案のような気がするんだよね」


 ギーネは山木先輩のことを強調するように言っていたけど、主将たちに頭が上がらない山木先輩のことを考えると、そんな気がしてならない。どうせ、冒険者として知名度が上がってきた僕の話をどこかで聞き、それが気に食わないのだろう。極めつけは、自分がやられた魔族を僕が退けたのだからなおさらだ。


 ただ、そんなことを言ってもエルサは理解できないのだろう。瞼をしばたたかせる度に、一滴、また一滴と涙が零れた。


「ごめん、先輩のことはどうでもいいよね。じゃあ、こう考えてみたらどうかな? ほら、他の場所で冒険者ランクを上げて、僕たちの力を示せば良いんだよ。昇格試験があるシルバーランクになって戻ってくれば良いじゃないか。ねえ……エルサ。僕たち二人ならできる気がしないかな?」

「コウヘイ……」


 エルサは、僕の言葉をゆっくり咀嚼するように考えているようだった。


「うん、二人ならできるよ、きっと。ううん、絶対できるよ」


 悲し気な表情から一転、エルサに笑顔が戻ってきた。


「よし、黒猫亭に荷物を取りに戻ったら直ぐにでも帝都を出よう」

「うん」


 解放の儀が先延ばしになってしまったのは非常に心残りではあるものの、司教がいる協会であれば受けられる。それならば、僕の顔が知られていないどこか遠い町に行くのもありかもしれない。


 僕は、そんなことを考えながらエルサと共に黒猫亭を目指すのであった。

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