監禁

平中なごん

監禁

 いつからだろう? わたしがここに閉じ込められているのは……。


 現在、わたしはこの家に監禁されている……どこにでもあるような、住宅街に建つ二階建ての一軒家だ。。


 どうしてこんなことになってしまったのか? その辺の記憶は妙にぼんやりとしていて思い出すことができない。


 わずかに憶えていることといえば……朦朧とした頭でふらふらと道を歩いていたわたしは、この家の前までやってきて……気がつくと、ここに監禁されていたのだ。


 なぜ、この道を歩いていたのか? それがいつのことだったのか? 夜だったのか昼だったのか? それすらも今のわたしにはわからない。


 ともかくも、この家の前までは自分で歩いて来たらしい……。


 そこでこの家の人に捕まり、強引に連れ込まれてしまったのだろうか?


 ……だが、監禁される理由がぜんぜん見当たらない。


 まあ、これでも一応、わたしも女の子の端くれではあるんだけど、別にそんなカワイイわけでもないし、お金持ちの家の子でも、政治家とか権力者の子供でもない……。


 その上、監禁されてるといっても性的暴行を受けているのだとか、そういう何か悪いことされてるわけでもなく、ただ、この家から出してもらえないのである。


 何かすることもなく、ただただ家の中に閉じ込めたまま放置……それになんの目的があるというのだろうか?


 それにこうした事件の場合、犯人はロリコンの引きこもりだとか、独り暮らしの鬱屈とした人生を送っている独身男性だとか、そういったタイプの人間だと思うのだが、この一軒家に住んでいるのは祖父母に両親、幼い兄妹二人のアットホームな六人家族だ。


 その上、なるべく顔をあわせないよういつも隠れてはいるが、こっそり覗うのにどうも悪い人達には見えない。


 まあ、時々、こども達がじっとこっちを睨んでいることがあって、それはちょっと怖かったりもするんだけど……。


 また、わたしがこの家から出られないのは、なにも暴力を振るわれたり、鍵をかけた部屋に閉じ込められているからというのでもない。


 どの部屋の戸もだいたい開けっ放しだし、玄関や裏戸だって夜と家族全員外出する時以外は鍵がかけられていない……なのに、どうしても外へと通じる戸を潜ることができないのだ。


 そうすることが、なんだかとても恐ろしいような気がして仕方ないのである。


 以前、監禁事件を扱ったワイドショーで、被害者は次第にマインドコントロールをかけられてゆき、たとえ物理的には自由の身でも、自主的に出て行くことができなくなってしまう…的なこと言っていたのを聞いたことがある。


 もしかして、わたしもその手のやつなのだろうか?


 でも、食事も決まった時間に与えられるとかではなく、こちらで勝手に台所へ行って自由に冷蔵庫や戸棚にあるものお飲み食いしてるんだけど、そんな生ぬるいマインドコントロールなんてあるんだろうか?


 やはり、わたしのこの監禁は、目的から何から謎だらけである。


 だが、そうした様々な疑問を抱きながらも、わたしの監禁生活は今もなお続いている……。


 そして、もう幾日…いや、幾月なのかもしれないが、どれほど経ったかもわからなくなったある日のこと。


 いつもながらに暇を持て余し、家の中を散歩していたわたしは、ふと二階へ行った際にある事実に気づいた。


 ほんと、今さらながらなのであるが、この家には屋根裏部屋があったのだ。


 それは、普段、天井にしまわれている階段が引き下ろされたままになっていたのでわかった。


 どうやら物置に使っているらしく、何か邪魔な物をそこへしまうのか、あるいは必要なものを持ち出すために下ろしたのだろう。


 ずっと同じ建物の中へ閉じ込められているため、こんな目新しい発見は滅多にない……このチャンスを無駄にしてなるものか!


 当然、退屈しのぎに飢えているわたしは、家人のいない隙にその未知の領域を探検してみることにした。


 これまで一度も足を踏み入れたことのない屋根裏部屋……そこにはいったい何があるのだろう? 


 わたしはまるで幼いこどもだった頃のように胸をときめかせながら、、その埃っぽい階段をおそるおそる登って行った。


 …………ところが。


 その物置部屋でわたしが見つけたものは、ガラクタでも宝物でもなく、予想もしなかったようなもっと驚くべきものだった。


「ほう…これはこれは。はじめましてじゃの」


 登って来たわたしを見て、その薄暗く黴臭い空間の中で明り取りの窓辺に座っていた老人がそう呟いた。


 なんと、屋根裏には見たこともない一人の老人がいたのだ。


 どこか入院患者が着ているような感じのヨレヨレの浴衣を身に着けた、細身で白髪のおじいさんである。


 この人もここの家族の一人だろうか? ……いや、これまでに一度も見たことがないので、それはありえないだろう?


 じゃあ、この人もわたしと同じに監禁されている人?


「あ、あなたは……もしかして、あなたも監禁されているんですか?」


 最初はものスゴく驚いたが、その驚きよりも彼への興味の方が勝り、わたしは思い切って尋ねてみた。


「監禁? ……まあ、閉じ込められている・・・・・・・・・のに違いはないかのう」


 すると、おじいさんはあっさりと、首を縦に振ってそのように答える。


 やっぱり! この人もわたしと同じなんだ。まさか、自分以外にも監禁されている人がいたなんて……。


 ……だが、もしかしたら彼の存在が、この疑問だらけの監禁の謎を解く突破口になるかもしれない。


 でも、わたしとおじいさんとではまったく共通点が見つからないんだけど……屋根裏部屋に監禁されている老人……そこにどんな意味があるのだろうか?


「あ、あの……わたしもここに監禁されてるんですが、なんでそんなことになったかぜんぜんわからないんです! おじいさんはどうして監禁されてるんですか?」


 一瞬、問題解決の糸口を掴んだかに思えたが、やっぱり、いくら考えても答えは見つからないので、わたしは意を決して単刀直入に質問をおじいさんへぶつけた。


「ああ、そのことか。お嬢さんはまだ新人・・じゃからわからんかったかのう……なに、この家には道が通っていての。わしら・・・はついつい入って来てしまうんじゃ」


 しかし、わたしのその質問におじいさんは、なんだか妙なことを口にし始める。


「道……?」


 どういうことだろう? 道って……別に家の中に道路なんて通ってないと思うけど……なんだかよくわからないけど、その道を通ってわたしも自分で入って来たとでもいうのだろうか?


「そう。霊道・・じゃ。ところが玄関と裏戸にお札を貼られてからというもの、その霊道が塞がれてしまっての。どうにも出て行くことができなくなってしもうたんじゃよ。ま、かくいうわしもその一人じゃ」


 訊いてもわからず首を傾げるわたしだが、するとおじいさんはさらに驚くべき事実を、さらりとなんでもないことのように付け加える。


「ん? その顔はもしや自分が死んでることにまだ気づいておらんの? ちょうどその時、偶然、わしはここから見ていたんじゃがの。おまえさん、そこの道の角で車に轢かれて死んだんじゃよ」


 …………その言葉に、わたしはようやくそのことを思い出し、すべてを理解した。


                               (監禁 了)

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監禁 平中なごん @HiranakaNagon

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