<3>

 あらわれた三人の男は――手術のサポートをしてくれる医術者セント、マヒ魔法の使い手である魔術師ダットン、そしてジュアンの薬屋のエアロだ。

 セントとダットンは慣れたものだが、なぜ自分が呼ばれたのか理解できないエアロは困惑気味だ。


「あのミスミ先生、ぼくは何をすれば……」

「今日はワケあって、うちのスタッフが使えないんだ。エアロには看護師役を頼みたい。何も難しい注文をするわけじゃない、俺の指示どおりに動くだけの簡単な仕事だ」


 以前薬屋で緊急手術した際、思いがけない対応力を見せたことが抜擢の決め手だった。エアロにとっては迷惑以外の何物でもないだろうが、他に頼めそうな知り合いは手術に向かないガサツな連中ばかりなのでどうしようもない。


「自信はないですけど、ミスミ先生の頼みなら」


 わずかに困惑は残っていたが、エアロはあっけなく了承した。気弱そうな見た目に反して、意外と思いきりがいい。

 問題があるとすれば、患者であるライズのほうだろう。こちらは往生際が悪い。


「おい、待てよ。俺はやるとは言ってないぞ!」

「面倒なヤツだな、いまさら何を言ってるんだ。お前のために、みんな集まってくれたんだぞ」

「ふざけんなよ、ヤブ医者。それが嫌なんだ。誰にも言うなって言ったろ、話が違う!」


「だから、信頼のできる人選だと説明したじゃないか。そこで引っかかっていたら、前に進めないぞ。ほんの少しの間我慢すれば、長年抱えていた悩みから解放される。この機会を逃すつもりか?」


 ライズは唇を噛んで、口からもれそうな反論を塞いだ。恥辱にうろたえているが、頭ではミスミの言い分を充分理解できているのだと思う。

 心のなかで葛藤を繰り広げて、どうにかこうにか受容すると、憤りの残滓を吐き出すように深いため息をつく。

 やっとのことで、納得してくれた。しかし、いつまた羞恥の波が襲ってくるかわかったものじゃない。心変わりが起きる前に、早急に手術をはじめたほうがいいだろう。


「じゃあ、手術準備といこうか」


 そう口にした瞬間、おずおずとダットンがたずねる。


「あ、あの、ミス、ミスミ先生――」

「ん?」

「ぼくらは、まだ彼の病状を聞いていません。そろそろ教えてもらえないでしょうか」


 言葉に詰まるダットンから引き継ぎ、セントが説明を求める。他言無用を要求されていたこともあり、くわしい事情は伝えていなかった。

 ライズの顔が引きつっていくのを横目に見ながら、ミスミはためらうことなく告げる。


「包茎だ」

「オイ!」と、ライズはツバを飛ばして怒りの声を上げた。

「これから手術なんだ。隠したって意味がないだろ」

「そりゃあ、そうだけど……」


 病名を聞いて、三人はそれぞれ状態を思い浮かべたようで――何とも言えない、やさしい顔になる。

 男の同情、それがライズは気にくわない。自尊心を傷つけられ、子供っぽく露骨にむくれる。


「俺だけが恥をかくのはフェアじゃねえ」

「ワケのわからないことを言うな」

「全員が同じ状態であるべきなんじゃないか。お前らもフルチンで手術しろよ」

「本当にワケがわからないことを言うなよ」


 突拍子もない提案に、ミスミは心底呆れる。同じ状況であれば納得できるとでも思っているのだろうか。

 意味のない行為に同意する理由はない。ただ納得させることができれば、わずらわしい屁理屈を封じられるかもしれないと、ちらりと考えた。


 ミスミは鼻のつけ根にしわを寄せて、困惑を浮かべた三人を見る。その視線がどのような意図をもって向けられたものか、察した順番が明暗をわける。

 危機察知能力に長けた冒険者二人は、スッと機敏な動きで視野からはずれた。残っていたのは、状況が飲み込めていないエアロのみ。目が合うと、キョトンとした顔で首をかしげる。


「何も全員で脱ぐ意味はないだろ。ようするに、恥を分かち合う相手がほしいってだけなんだろ」

「えっ?!」


 遅れて事態のなりゆきに気づいたエアロは、腰を引いて後ずさる。

 すかさず背後に回ったダットンが、逃げられぬように羽交い絞めにした。魔術師とはいえ、くさっても冒険者だ。ダンジョンで鍛えられた体力の前に、薬屋の少年は太刀打ちできない。


「ご、ごめ、ごめんよ」

「え、ええっ? なんでぼくが!?」


 エアロも今回ばかりは、あっさり了承というわけにはいかなかった。バタバタと体を揺すって、必死に抵抗する。


「治療のためだ、今日だけは大目に見てやってくれ。この埋め合わせは必ずするから、なっ、ちょっとズボン下ろそうか」


 断られるのはわかりきっているので、返事を待たずにミスミはベルトに手をかける。

 セントにライズまでも加わり、四人がかりでズボンを下ろそうとした――そのときだった。

 ふいに診療所の扉が開き、思いがけない人物が入ってきた。彼女は所内で展開される異様な光景を目にして、まるでモンスターと遭遇したかのように身構えた。


「な、何をしているんですか……」


 ティオだ。揃った面々に視線を巡らせ、最後にミスミを凝視する。その目には、怒りにも似た感情が灯っていた。

 ダットンは縮こまり、セントはうろたえ、ライズは困惑する。ミスミにいたっては、どう対処するべきか迷い、ヘラヘラ笑ってごまかすという最悪な手段を選んでしまう。


「いや、これには……いろいろとわけがあってだな」

「もう結構です」


 状況を理解したわけではないだろうが、何かよからぬことをしていると受け取ったようだ。これも医療行為の一環だと言っても、きっと信じてくれない。これが医療行為の一環だと、胸を張って言えないところでもある。

 ツンと顔をそらして受付の裏に回ったティオは、医術書を手にして戻ってきた。どうやら忘れ物を取りにやって来たらしい。そのまま誰とも口を利かず、無言で帰っていく。


「た、助けて――」


 エアロの懇願も無視して、ティオは乱暴に扉を閉じた。あまりの勢いに、風が巻き起こってボサボサ髪を揺らす。

 突然の乱入者は、えも言われない気まずい空気を残して去っていった。


「何やってんだろ」と、セントがボソリとつぶやく。

 本当にそのとおりだ。いったい何をやっていたのだとミスミは頭を抱える。ライズのバカな屁理屈に付き合って、不必要な騒動を引き起こしてしまった。後悔と反省が混じり合い、ひどく冷めた気分となる。


「遊びは終わりだ。さっさと治療にかかろう」

「おい、ヤブ医者、フルチンはどうすんだよ!?」

「言ったろ、遊びは終わり。――ダットン、この生意気なガキをマヒ魔法で黙らせろ」


 普段なら治療からはずれたマヒ魔法の使用は倫理的に尻込みする場面だが、このときだけは一切ためらいなく呪文を唱えた。この状況にダットンも、少しは思うところがあったのだろう。

 熟練したマヒ魔法は、すぐに効果があらわれる。ライズは脱力してよろめき、すかさずセントが体を支えた。


「ヤブ医者、て、てめぇ……」

「安心しろ、目が覚めた頃には全部終わってる。一つ上の男になってるだろうよ」


 完全にマヒが回ったところで、手術室に運び込む。

 先ほどのバカ騒ぎの気恥ずかしさがあったせいか、誰一人としてムダ口を叩かず、テキパキと準備をすすめた。


「では、手術を開始します」


 ミスミはナイフを手に取った。ライズのツボミの季節は終わりを迎える。


※※※


 バロッカから呼び出されたのは、ライズの手術を終えた二週間後のことだった。

 娼婦館に行くと、前回とは別物の不機嫌極まりない顔が待っていた、元に戻ったとも言う。


「ヤブ医者、お前はライズにどんな治療をしたんだ?」


 開口一番、怒気を凝縮したような声が投げつけられる。全身から発する陰惨な気配も含めて、何かただならぬ事態になっていることを察した。


「治療はうまくいったはずなんだが、どうかしたのか?」

「あのガキ、仕事を継ぐ気はないと言いだしやがった。もし病気の治療が跡継ぎ問題に逆効果だったとしたら、世話を焼いた俺の立場がない」


 無事手術が成功して、生まれ変わった患部を目にしたライズは、ひねた言い回しながらも感謝の言葉を口にした。コンプレックスが解消されて、少しは前向きな気立てが芽生えてきたように見えたのだが、また逆戻りしたということだろうか。


「ライズはいまどうしてるんだ?」

「相変わらず――いや、前以上に遊び回ってやがる。夜な夜な女をとっかえひっかえして、やりたい放題だ」


 これまで抑えつけていた欲望が、一気に爆発したわけだ。ミスミはボサボサ頭をかき、男として理解できなくもない状況に苦笑をこぼす。

 その様子を目ざとく見逃さなかったバロッカは、小さな舌打ちと共に詰めてきた。


「おい、理由を知ってるのか? どういうことか教えろ」

「それはできない。患者のプライベートな問題を話すわけにはいかない」

「チッ、融通の利かないヤツだ。お前にも責任の一端がある、どうにかしろよ」

「ムチャ言うな。そこまで面倒みきれない」


 バロッカは大きなため息をつき、恨めしそうにミスミを見た。心労によってか、いつも以上に苦労じわがくっきり刻まれている。

 ふと出会った頃を思い起こし、バロッカもずいぶんと年を取ったものだと妙な感慨をおぼえた。それだけ長く、この世界にいるのだと改めて実感する。


「まあ、そのうち自分のちっぽけさに気づいてやめるだろう。しばらくは好きにさせてやれよ」

「……なんだ、そりゃ。経験者語るってやつか?」


 いつかの仕返しとばかりに、嫌みったらしい物言いだ。


「そんなわけあるか。とっかえひっかえなんて経験はない。――病気で辛抱していた分を吐き出しきったら、どこかで冷静になるだろうって話だ」

「辛抱していたようには見えなかったがな」


 ライズの病状を知らないことには、以前とは状況が違うと理解できないだろう。バロッカは不審をはらんだ仏頂面で、わずかに視線を横にずらした。

 その先には、入口戸をくぐろうとする客の姿があった。ミスミは仕事の邪魔にならないように、一旦帳場の脇にはける。

 手短に応対を済ませたバロッカは、娼婦が待機する個室へ向かう客の背中を見送り、うっとうしそうにフンと鼻を鳴らす。


「あのオッサン、うちの店の常連なんだ。女房子供もいるのに、しょっちゅう女を買いにくる好き者だ」飯の種だというのに、まるで来てほしくないような口調でバロッカは言った。「ヤブ医者の言うとおり、ライズの女遊びはそのうち止まるかもしれない。でも、オッサンみたいに根っからの女好きで、止まらないってこともありえるよな」


「ないとは言いきれないけど、女好きなら、むしろ早く止まるかもしれないな」

「どういうことだ?」


 ミスミは肩をすくめてニヤニヤ笑う。


「くわしくは言えない。患者のプライベートに関係しているんでね」

「またそれか……」


 ライズはやがて気づくことになる――確信をもって言える。

 彼がなくしたのは皮だけではない、長年殻に閉じこもって目をそらしてきた言い訳も切り離していた。自分と他者を、いずれ比較することになるだろう。そして、気づくのだ。いかに自分がかを。


「まあ、俺を信じろって」


 これからライズは、ごまかしのきかないむき出しの自分と向き合わなければならなかった。

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