<4>

 差し出された料理を口に含んだマイトは、パシンと小気味よくヒザを叩いた。


「うん、うまいうまい。いい味してる。なんてぇんだ、まろやかって言うのかな、そういう感じ。うまく言えないけど、すげぇうまい」


 バカなりに味を評価しようとして、よくわからないことになっている。そもそも味より量を重要視するマイトの味覚に、どれほど信頼性があるのか疑問であったが、褒められると嫌な気はしない。自分が作ったわけでもないのに、ゴッツは誇らしげに胸を張った。

 厨房の片隅で様子をうかがっていた料理人チナの顔にも、緊張混じりのまだ少し堅苦しい笑顔が浮かぶ。


「心当たりがある」と、思わせぶりに言っていたミスミの解決策は、診療所のすぐ隣――『銀亀手の酒場』にチナを預けるというものだった。

 酒場の女将メリンダ・レイは、事情を聞くと二つ返事で承諾し、住み込みの料理人としてチナを雇ってくれた。四人の子供を育て上げたメリンダは、保護者としても申し分なく、安心してチナを任せられる。


 問題があるとすれば、チナのほうだろう。人見知りでコミュニケーションを苦手とする少女が、お世辞にもガラがいいとは言えない客層相手にやっていけるとは思えなかった。


「なぁに心配することはないさ。つづけていれば嫌でも慣れてくる」その点メリンダは楽天的だ。「それに上級冒険者様が後見人なら、ヘタを打ったときの損害回収が楽にできる」現実的なのかもしれない。


 とにかく、チナの後見人という立場を気づけば押しつけられていたゴッツは、時間が許すかぎり銀亀手の酒場に顔を出すようになった。今日もマイトを連れ立って訪れ、同じく様子を見に来たミスミと出くわす。

 元々常連客のミスミであるが、チナを気にかけているのも確かだろう。


「うまくやってるようで安心したよ。親代わりから引き離した手前、まずい状況になっていたら立つ瀬がなかった」

「最初から心配することなんてなかったんだ。チナはやればできる子だよ。他人より行動は遅いかもしれないけど、その分丁寧な仕事をする。チナが作った料理を食べればわかるだろ」


 ミスミはボサボサ頭をかいて、テーブルの皿に目を落とした。すでにすべてたいらげて、わずかにソースの滴だけが残っている。それが答えというわけだ。

 メリンダの言うとおり、心配する必要はなかったのかもしれないとゴッツは思った。無理をして環境にあわせさせるのではなく、彼女にあった環境を用意してやることが重要だったのだ。


「料理に時間がかかるなら、仕込みの時間を早くすればいい。まあ、片づけや接客はじっくり教え込まなきゃいけないけどね。手順さえ理解させれば、多少苦労はしてもいつか必ず克服するだろうさ。だから、途中で放り出さず長い目で見てやんな」

「だってさ――」


 ニヤニヤと口元をゆるめたミスミが、そのまま話を振ってくる。メリンダの目も、どういうわけかゴッツに向いていた。

 まるで理由がわからず戸惑い、ゴッツは怪訝そうに眉をひそめる。


「最後まで責任を持てってことだ。もうムチャをして、死にかけるようなバカなまねはするんじゃないぞ」

「そんなの……わかってるよ」


「わかってるならそれでいい。自分を必要としてくれている人がいるって事実は、生死の境できっと力になってくれるだろう。お前らの人生はダンジョンを攻略したあともつづくんだ、そのことを忘れちゃならないぞ」


 口調こそ軽かったが、ミスミの言葉には重みがあった。その後の人生でつまずいた冒険者の醜態を目の当たりにしたこともあり、ゴッツは真摯に受け止める。

 対照的にマイトは、気の抜けた顔でキョトンとしていた。いまの会話に頭を悩ませるような要素はなかったというのに、理解が追いつかないといった様子だ。


「ダンジョンを制覇したあとか……」マイトは首を手を当て、わずかにかしげる。「考えたこともなかったな」

「まあ、いざとなったらタツカワ会長が取り計らってくれるだろう。なんなら管理組合で雇ってもらえばいいさ」

「えー、それは嫌だな。机にかじりついてやる仕事はできる気がしない」


 マイトらしい意見だ。パーティの仲間として、もっともだとも思う。

 自分はどうか――つられてゴッツも考えた。マイトほどではないにしても、ゴッツも肩がこりそうな仕事は得意じゃない。


 では、何ができるだろうか。頭のなかで足を洗った冒険者の再就職先を思い浮かべる。武具店の店員に用心棒、猟師や開拓者、看護師などなど――ダンジョンでえた資金を元手に、商売をはじめる者もいる。この『銀亀手の酒場』がまさにそうだ。

 そこで、ふと店を開くのも悪くないように思った。漠然とした考えだが、誰かに雇われるのは性に合わない。


「まったく、少しはマジメに考えとけよ」

「そんなこと急に言われてもなぁ」


 ダンジョンの底をひたすら目指して、これまで意識することのなかった問題だ。マイトの困惑も理解できるし、ミスミの言い分も理解できる。まだ時期尚早という気持ちもあるが、考えておいて損はないだろう。

 ゴッツはぼんやりと冒険生活を終えた姿を想像する。商売をはじめるにしても、一人では無理だと思った。何をするにしても、ゴッツは冒険者以外に活用できる技術スキルを持ち合わせていない。


 そうなると、誰かの協力が必要になる。ゴッツの手助けをしてくれる人物は、ほとんど思い浮かばなかった。唯一無条件に手伝ってくれそうなのは――

 ちらりとチナに目を向けると、鍋がこげつかないように懸命にかき回しているところだった。視線に気づき顔を上げた少女は、照れくさそうに微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る