1202.広がる評判と、アンチの殺気。

 翌朝、俺はニア、リリイ、チャッピーを連れて、『ツリーハウスクラン』を出た。


 今日は、久しぶりに『ゲッコウ迷宮』に挑むつもりなのだ。


 もちろん、フリークエスト状態の特殊なスライムを見つけるという目的を達成する為だ。


 昨日、クランに戻ってから地図売りのイグジーくんに、中層の地図が家に伝わっていないか尋ねたのだが、見た事がないとのことだった。


 ただ迷宮上層の南エリアの後半の地図に、『中層に向かう道』と表記されている場所があったのだ。


 『エリアマスター』『サブマスター』のフロアに行く手前で、分かれ道になっていた。


 それをイグジーくんが覚えていて、教えてくれたのだ。


 今日は、そこを目指そうと思っている。


 迷宮中層に行って、適当な場所を転移の魔法道具の転移先として登録しようと思っている。

 そうすれば、次以降は転移ですぐに中層に行くことができる。


 中層は、上層と同じように、東西南北のエリアに分かれているらしい。

 上層と同程度か、それ以上の広さがあるだろう。


 そこで、特殊な『スライム』を探すのは、砂浜で針を拾うようなものだろう。

 時間がかかるのは、覚悟の上だ。


 なので、いくつか転移できる場所を作っておこうと思っている。


 中層なら、訪れる冒険者もほとんどいないようだから、転移で行っても、誰かに見られる心配はないだろう。


 上層にも、転移する場所が欲しいので、あまり人が来ないフロアを探して、転移先にしたいと思っている。


 前回迷宮に入った時は、そこまで頭が回らなかったんだよね。

 転移先登録はしていなかったのだ。


 もっとも前回行ったところは、序盤のフロアなので、いくら人気がない『南エリア』とは言え、冒険者に目撃される可能性があるから、転移先にはしにくい場所だったんだけどね。


 ただ、上層の『南エリア』は、水辺が多いため難易度が高く、冒険者に人気がないから、特に厄介そうなフロアを選べば、転移先にしても大丈夫じゃないかと思っている。


 今日の目的は、上層の『南エリア』に転移先として適したフロアを探すことと、中層にたどり着いて、転移先のフロアを確保することである。


 おそらく上層を抜けるだけでも、かなり時間がかかるだろう。

 もちろん『飛行』スキルを使って、一気に進むことはできるわけだが、どうせなら多少は魔物を倒しながら進みたい。

 特に、レア魔物を倒す楽しみを味わいたいのだ。


 今後、本格的に中層を攻略するときは、『エンペラースライム』のリンちゃんも連れて行こうと思っている。

 特殊な『スライム』を見つけるためには、リンちゃんの力が必要だと思うんだよね。


 だが今日のところは、俺たちだけで行くことにした。


 今日は、転移場所を確保するだけで、本格的な攻略はできないだろうからね。




 迷宮に入る前に、ギルド長に挨拶をしておきたいので、『ギルド会館』に寄ることにした。


 まだ朝の早い時間帯なのに、いつもにも増して多くの冒険者がギルド酒場及びその前にある広場に集まっている。


 そして多くの冒険者が俺たちを見つけ、一斉に声をかけてきた。


 実際は、声をかけてきたいというよりも、歓声があがっている状態だ。


 俺たちが、Cランクに昇格したことが知れ渡っているようで、それを祝うような言葉が多い。


 大体は、「おめでとう」とか言ってくれているのだが、中には、「キング殺しクランの総帥だ! かっこいい!」とか、わけのわからない声をかけてくる者もいる。


 なんかいろんな面で……間違っていると思う。


 『ツリーハウスクラン』が『キング殺しクラン』になってるし、クランマスターが総帥ってなってる。 

 なんか……悪の組織の総帥みたいな感じで、微妙なんですけど。


 ニアを崇拝している冒険者の集まりである『残念親衛隊』の人たちも、声をかけてきていたので、ちょっと話を聞いたが……どっちかと言うと『ツリーハウスクラン』よりも『キング殺しクラン』っていう名前で認知が広がっているらしい。


 はっきり言って……その事実は、めっちゃショックだ。


 せっかく『ツリーハウスクラン』という優しい感じの名前なのに……なんで『キング殺しクラン』で広まってんのよ!


 俺は密かに、『残念親衛隊』のみんなに、『キング殺しクラン』と言ってる者がいたら『ツリーハウスクラン』だからと訂正してくれるように頼んだ。


 彼らは、ニアを敬愛している人たちだが、なぜか俺の言うこともよく聞いてくれるのだ。


 みんな、「わかりやした!」と言って、張り切って引き受けてくれた。


 ちなみに、この『残念親衛隊』のみんなは、中堅冒険者が多く『ツリーハウスクラン』正規メンバーにはなっていないが、希望してくれて賛助会員になっている。


 俺の依頼に気を良くしたのか、『残念親衛隊』の何人かが「ツリーハウスクランのマスター、グリムさん、悪徳クランを潰してくれて、ありがとうございます!」と大声を張り上げた。

 多分『ツリーハウスクラン』という名前をアピールするために言ってくれたんだと思うが……なぜかそれを聞いた冒険者の何人かが、触発されて、わけのわからない掛け声を発していたのだ。

「クラン殺し!」とか「クラン潰し!」とか「キング殺しは、何でも殺せる!」とか……わけのわからない、そして物騒なことを言っていたのだ。


 なんかみんな面白いように、言いたいように言うから……気にするだけ無駄なような気がしてきた……トホホ。


 『残念親衛隊』は、『ツリーハウスクラン』をアピールする掛け声を何度かしてくれた後は、自分たちの感情が抑えきれなくなったらしく、「ニア様愛してます!」とか「ニア様、今日もお綺麗です!」とか言いつつ、アイラブユーコールを巻き起こしていた。


 まぁ実際には、アイラブユーと言っているわけではなく『愛と武勇』と言っているんだけどね。

 最近は、ニアさんは『妖精女神』や『癒しの女神』ではなく『愛と武勇の女神』で認知されてきているからね。


 悪徳クランの『ドクロベルクラン』を潰したことと、そのメンバーにされて搾取されていた冒険者たちを救ったことが、一斉に広まっていて、さらに評判が高まっているみたいなんだよね。


 俺もニアも、ほとんどの冒険者から、称賛の声をかけてもらえるのだ。


 ただ……たまに例外もある。


 現にこの大盛り上がりの中……さっきから俺たちに殺気を向けている集団がいる。


 筋骨隆々の男達の集団である。

 もちろん冒険者の集団だ。


 ニアも、気づいたようだ。


「私たちに喧嘩を売ってるあの男たちは何なの?」


 ニアが周りにいる『残念親衛隊』に尋ねた。


「あいつら、『血祭り騒ぎ』の連中です。凶暴な奴らが集まったクランですよ。“力こそ正義”って感じで、弱い者を見下す嫌な奴らですよ」


 一人がそう答え、他の者は頷いている。


「あいつらそんなに強いわけ?」


「ええ、Cランクパーティーが三つとDランクの中でも強いパーティー三つで構成されているクランです」


「なるほどね……要は強いことを鼻にかけた思い上がった連中ってわけね。一発ビシッとやっちゃおうかしら」


「いや、ほっておこう。クラン抗争みたいになったら面倒だし、奴ら挑発しているのかも知れないから、無視しよう」


 俺は、向かって行きそうなニアを、手を出して止めた。


「えーやっちゃえばいいのに。まぁでもいいわ。あんまり面白そうじゃないし。感じが悪いとは言っても、具体的な被害がないから関わる必要もないわね」


 ニアはそう言って、抑えてくれた。


 多分だけど……『ドクロベルクラン』の一件があるから、悪い芽は積んでおきたいみたいな気持ちがあったのかもしれない。


 だが、そんなことをやってもキリがないしね。


 もともと冒険者は、気が荒い人が多いだろうし。


 当然のことながら、目立ちすぎる俺たちをよく思わない人たちも、いるわけだよね。


 ある程度は、しょうがないことだと思う。

 もちろん、手出しをしてきたら話は別だけどね。


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