1132.絡まれているヒロインを、助けるテンプレ?
俺は、ギルド長室を後にし、これから助けてあげる予定の冒険者がいる宿家に向かうことにした。
ニアと副ギルド長のハートリエルさんが、同行してくれる。
ハートリエルさんが、雑事を片付ける間少し待ってほしいとの事だったので、二階のギルド受付に寄ることにした。
特に用事があるわけではないのだが、依頼の掲示板いわゆるクエストボードでも確認しようか思っている。
「おいおい、ねーちゃん、ねーちゃん、まさかほんとに冒険者になるってんじゃぁぁぁ、ねぇだろうなぁ? なめてんのか!? 辛気くさい面しやがってよ。お前なんかに冒険者が務まると思ってるのか?」
ちょっとデジャブ感がある雰囲気、そしてこの声の感じ……?
声の方を見ると……あいつか。
筋肉アピールが効いた露出の多い軽鎧に、紫髪のおかっぱ頭……テンプレの申し子のように登場し、テンプレ通りになってくれないテンプレブレイカー……カッパードだ!
どうやら、また新人冒険者に絡んでいるらしい。
まったく迷惑な奴だ。
そう思ってニアを見ると……めっちゃ悪い顔をしている。
この人……今度こそ、やる気だよ。
というか……他人のテンプレを奪う気でいるらしい。
まぁあの絡まれている子が、無双なキャラでなければテンプレではないんだけどね。
ただ絡まれているヒロインを助けるというテンプレにはなるかもしれないが。
いや、そんな事はどうでもよかった。
絡まれている子は、ただ黙って俯いている。
「なぁねえちゃん、俺が冒険者について色々教えてやるからよぉ〜、ちょっと下の酒場に行こうぜ。なーに、情報料は安くしとくぜぇ〜」
あの野郎……新人から金を取るつもりなのか!?
「お、お断りします」
か細い声で、女性は断っているが……
「なぁなぁ、いいだろぉ〜、行こうぜブォンッ」
言葉の途中で、またもやカッパードは吹っ飛んで壁に激突した。
そしてなぜか、その壁が前と違って、補強されている。
まさか……カッパードのために、補強されたのか?
そんな事はどうでもいいが。
もちろん吹っ飛ばしたのは、ニアさんだ。
下級の『風魔法——突風』で、吹き飛ばしたのだ。
かなり手加減したらしく、カッパードは、口と頭から血を出しているものの意識がある。
「ちょっと! このおかっぱ男! 相変わらず、ろくでもないことやって! 今度新人冒険者にちょっかい出したら、ギッタンギッタンの、ペッタンペッタンの、パッコンパッコンの、ボッコボコにするからね!」
ニアがカッパードの前に飛んで行き、少し伸ばした如意輪棒で頭をコツンコツン叩きながら怒っている。
カッパードは、意識朦朧としながら頷いているようだ。
それにしても……すごい表現で怒っている。
あんな言葉遣い初めてだけど。
要はボコボコにするって言いたいんだろうけど……それまでの表現は、より恐怖を与える為かな?
そして悲しいことに、ニアさんの滅茶苦茶さを表現するのに、何故かぴったりな感じではある……残念。
まぁニアなりに、相手に合わせて、わかりやすく伝えたということなのかもしれないけどね。
「あの……大丈夫ですか?」
俺は、絡まれていた冒険者に声をかけた。
突然のニアの介入で、驚いているようだ。
「は、はい、助けていただいたんですよね……? ありがとうございます」
「あの男は、よく新人冒険者に絡んでるみたいなので、気にしないでください」
「は、はい……」
茶色のローブで全身を包み、フードも深めに被っているので、髪はあまり見えないが、かわいい感じの女の子だ。
「大丈夫だった?」
ニアが戻って来た。
ちらっとカッパードの方を見ると……口から泡を吹いて、意識を失っている。
まぁ生きているからいいだろう。
「はい。ありがとうございました」
「いいのよ。あんな奴はね、力でわからせないとダメね、まったく。ところでさぁ、これから冒険者登録するの?」
「はい。今手続きをお願いしているところです」
「そう、私はニア、そしてこっちはグリム、よろしくね」
「私は……アクアリアです」
「よかったらさぁ、私たちクランに入らない? 新人冒険者の支援をしてるの」
ニアが、いきなり勧誘してる。
クランの目的に合致してるから、いいけどさ。
「クラン……? クランというのは……?」
クランは、やはりまだ完全に認知されているわけではないようだ。
俺は、簡単に説明してあげた。
「そうなんですか。私みたいな者に声をかけていただいて、ありがとうございます。でも遠慮させてください。しばらくは、一人で活動しようと思っているんです……」
「え、一人で!? 一人で迷宮に入るってこと?」
ニアが驚き、そして心配げな顔になっている。
「はい」
「まぁソロで迷宮に挑む冒険者もいるみたいだけど、結構大変よ」
「わかってます。でも……もうパーティーを組むのは、嫌なんです。一人で気楽な方がいいんです……」
アクアリアさんは、声のトーンが下がっている。
何か訳ありっぽいが……。
「何かパーティーに嫌な思い出でもあるようね? まぁいいわ。冒険者は自由だもん、好きにやったらいいわ! ただし、何かあったら、いつでも頼ってきてね。私たちのクランは、『ツリーハウスクラン』だから」
ニアはそう言うと、いつもの残念ポーズを決めて、超ドヤ顔をした。
「ここで会ったのもご縁ですから、もしよかったらこれを使ってください」
俺は、『身体力(HP)回復薬』十本が入った箱を取り出し、プレゼントした。
この箱は、回復薬を収納するために作った『竹プラスチック』のケースだ。
なんとなくイメージ的には……差し入れで栄養ドリンクのケースを渡す感じだ。
この世界では、栄養ドリンクに相当するのは、おそらく『スタミナ力回復薬』なので、それをセットにして、お疲れのギルド長や太守のムーンリバー伯爵とかに差し入れしたら、喜ばれるかもしれない。
今度そうしよう。
「ありがとうございます。本当に、いただいていいんですか?」
「どうぞ」
俺はそう言って、遠慮している彼女の手に持たせた。
ちょうどハートリエルさんが降りてきたので、俺たちは受付を後にした。
ちなみにぐったりして倒れているカッパードは、放置状態だ。
ギルド職員も、無視している。
そのうち自分で起きて、自分で手当てするだろう。
なんとなく、さっきのニアさんの行動は、冒険者同士の争いだと言えるし、ニアさんの方が先に手を出してるけど……誰も何も言わないから、問題ないのだろう。
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