1007.キング殺し、という二つ名。
俺たちは、北区の『東ブロック』にある奴隷商館を後にし、『西ブロック』の『中級エリア』に移動した。
ここには、事業を引き継ぐことになった商会の店舗があるのだ。
……思っていたよりも、大きな店だ。
十年前に新築したと言っていたが、十年経ったとは思えない綺麗な良いお店だ。
レンガ造りの二階建てで、一階と二階の間の壁面に板材で作られた大きな看板がかかっている。
『食料品がいろいろ! 良い品色とりどり! =トリドリ商会=』とドデカく書いてある。
一階が店舗で、二階が応接室や事務室になっていると奥さんが言っていた。
そして店舗の後ろには、連絡通路で繋がった別棟の二階建ての倉庫があり、その更に後ろのスペースには、馬車の駐車場があるとのことだった。
正面の外観からではわからないが、敷地自体は奥に縦長になっているのだろう。
店舗部分に置いている商品も問題なさそうだし、働いてる人たちも問題なさそうだ。
みんな明るい感じで、キビキビ動いている。
午前中に魔物の騒ぎがあったので、それほどお客さんは入っていないが、いつもはもっと賑わっているのだろう。
ここは、周りに住宅もありつつお店も適度にある。
大きな通りに面しているので、立地条件も良い。
一般客のふりをして、少しだけ店の中を覗いていこう。
「いらっしゃいませ。どうぞご自由に見ていってください」
気立ての良さそうな女性店員が、明るく声をかけてくれた。
まず最初に目についたのは、豊富な豆類だ。
この地方では、スープによく豆を入れるらしい。
大豆はもちろんえんどう豆、そら豆、それから……小豆がある。
これはいい!
餡子が作れる!
餡子がめっちゃ食べたくなってきた。
小豆を買って帰ろう!
麦の種類も豊富だ。
米も売っている。
おお、餅米もある!
これは買って帰らねば!
餅つきをして、あんころ餅を食べたい!
それから……いろんな種類の蒸留酒がある。
ほとんどが、果実酒から作っているものみたいだ。
ブランデーと言っていいだろう。
ワインも当然豊富で、この地方特有のものが何種類も置いてある。
この辺も、一通り買っていこう。
生鮮品のコーナーには、野菜や果物がいろいろ置いてあるが、特別に目を引いたのは……梨だ。
和梨と洋梨のような形をしたものもある。
梨……好きなんだよね。
早速一つずつ購入して、その場で食べてみた。
思った通り、和梨と洋梨だった。
和梨はみずみずしくて、爽やかな美味しさだ。
洋梨は、追熟が足りなくてまだ固かったが、しばらく置いておけば柔らかく美味しくなるだろう。
思わずまとめ買いしてしまった。
目についたものを、結構いろいろまとめ買いしてしまったので、お店のスタッフの子たちが、大喜びしてくれていた。
馬車に戻って、待ち切れない様子だったニアさんとリリイとチャッピーに、和梨を切って食べさせてあげた。
和梨は、洋梨ほど汁は出ないのだが、それでもニアさんはびちゃびちゃになっていた……残念。
リリイとチャッピーは、爆食いという感じだった。
喉の渇きも癒せて、ちょうどいいタイミングだったみたいだ。
この『中級エリア』から『上級エリア』に移ると、メーダマンさんが俺の拠点としてリストアップしてくれていた物件があった。
この北区にある初心者用の迷宮と言われている『セイチョウ迷宮』は、『上級エリア』の中に入り口があって、その近くに『冒険者ギルド』の支所がある。
メーダマンさんが見つけてくれた物件は、同じ『上級エリア』にあって、結構近い。
そして……少し変わった物件だった。
というのは、お屋敷ではなく、宿屋だったのだ。
元宿屋という空き物件だった。
ただ宿屋といっても、安宿ではなく、適度に上等な宿という感じだ。
大きな二階建ての宿屋本体の建物と、従業員たちが住んでいたという二階建ての宿舎、大きな厩舎がある。
馬車を十台以上停められそうな広いスペースもある。
全体的に結構綺麗なので、宿屋と言うよりは、ちょっとしたホテルといった感じだ。
建物の中に入ってみる。
一階には、受付、食堂、調理室、トイレ、水浴び場がある。
思ったより小綺麗になっている。
広い階段を上って二階に行くと、大きな客室が五室、小さな客室が十室あった。
敷地の広さ的には、俺が『マグネの街』で最初に手に入れたお屋敷の半分ぐらいだが、かなりいい感じだ。
結構気に入った。
ただ活動のメインは南区の予定なので、北区は一応の拠点があればいい。
これほど立派なものは、いらないんだよね。
誰かここで、もう一度宿屋をやる人はいないのだろうか……?
こんな良い居抜き物件……中々ないと思うんだよね。
そんな話をメーダマンさんにしてみたのだが、『商業ギルド』の担当者の話によれば、中途半端に値段が高い宿屋は最近では利用客が少なく、経営が厳しいのだそうだ。
訪れる人が多かった頃は、かなり儲かっていたようだが、ここ数年はどこも苦しいらしい。
この宿に泊まるような裕福な来訪者が、ここ数年減っているのだそうだ。
特に直近では、政情不安が広がっている。
この物件も仲介物件ではなく、すでに『商業ギルド』で買い上げている物件らしい。
値段は、先ほど中区で見た盗賊たちが住み着いていた物件と同じで五千万ゴルとのことだ。
『上級エリア』であることを考えると、それほど高い値段と言うわけではないだろう。
ここまで来たついでに、すぐ近くにある『冒険者ギルド』の支所に顔を出すことにした。
この北区にある『冒険者ギルド』の支所も、南区にある本所と同じような作りになっている。
一階が酒場になっていて、二階がギルドの受付、三階が応接室や特別室といった構造だ。
同様にギルド会館の隣には、魔物の買取所と解体所があって、その奥には、ちょっとした訓練スペースがある。
さらに奥には、職員たちの寮があるという構造だ。
一階に入って酒場を通り抜けるときに、集まっていた冒険者たちが俺を見てざわついていたが……なんだろう……?
とりあえず二階の受付に行って、挨拶だけはしておこう。
ここも受付には女性が立っているが……黒髪の胸元が開いた色っぽいお姉さんのところに、自然と足が向いてしまった。
……いや、たまたま一番近くの人が、そうだっただけなのだ……オホン。
「はじめまして、グリムと申します。昨日、本所で冒険者登録をしたばかりの新参者ですが、今後お世話になると思います。よろしくお願いします」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。グリムさんですね。ふふ、ちょうど良かったですわぁ……。まさかこんなに早くお会いできるなんてぇ……うふ。私……あなたの担当になったシーマと申します。今後ともよろしくお願いしますわ」
なぜか、色っぽくそんな挨拶をされてしまった。
俺の担当ってどういうこと……?
俺の担当は……本所のリホリンちゃんのはずじゃ……?
「あの……私の担当というのは……?」
「うふ、朝一で本所から連絡がありまして、あなたには支所でも担当をつけることにしたんですぅ……ふふ。すごぉぉく特別なんですよ。冒険者になりたてのランクの低い人に担当がつくなんて、普通はありえないことなんですよぉ……ふふ。でもさすがギルド長ですわ。正しい判断でした。いきなり大活躍する冒険者だったんですからね、うふ」
なんかいろいろ話しているけど……色っぽい視線と話し方で……いまいち頭に入って来づらい……。
おっと、そんなことを思っていたら……ニアさんの『頭ポカポカ攻撃』が発動してしまった……トホホ。
ここは気を取り直して……
「私が支所に来たときに、窓口になっていただけるという事なんですよね……?」
「そうですぅ……特別なんですわよ」
「ありがとうございます。あの……大活躍というのは……?」
「まぁ……とぼけるつもりぃ? もうあなたは有名人なんですよ。『キング殺し』とか『キング殺しのシンオベロン』っていう二つ名がついてますよ。もう冒険者の間で、評判が広まってます。キングボア、キングバッファロー、キングクロコダイルを倒した凄腕冒険者。キングチキンを倒したのも、そのお仲間ということになっていますし。そしてニア様は、『癒しの女神』様として噂されていますよ」
「え、……そうなんですか?」
「はい、そうですぅ。冒険者の間の噂は早いですから! でも良かったんじゃないですか? 今回の活躍はインパクトが強いですから、『キング殺し』の二つ名はしばらく揺るがないでしょう。妖精女神の相棒の『救国の英雄』で有名になるよりも、冒険者らしくていいじゃないですかぁ……。それに……この活躍がなかったら……『サンドイッチ騎士爵』で有名になっていたかもしれないですし……ふふ」
なにそれ……?
もう……『キング殺し』という二つ名が定着することが、ほぼ確定なわけ?
確かに『救国の英雄』よりは、冒険者っぽいけどさ……。
そしてもちろん、『サンドイッチ騎士爵』よりも、全然いいけどさ……。
てかこの人、サンドイッチの話まで知ってるわけね……。
情報が早すぎるわ!
俺は、苦笑いするしかなかった。
「それから……キングチキンを倒したのって……元冒険者のアイスティルちゃんでしょ? 彼女を仲間にするなんて……凄いんですね……ふふ」
微妙に間違っている情報に……またもや俺は、苦笑いするしかなかった。
キングチキンを倒したのは、本当はリリイとチャッピーだけど、それは広まらないほうがいいから……アイスティルさんということにしておこう。
それにしても……まだ迷宮に一度も入っていないのに、二つ名がついちゃっているのは、微妙すぎる。
どうせなら、迷宮で活躍して二つ名がついて欲しかったわ……トホホ。
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