1006.思わぬ、再会。

 盗賊たちから奴隷商人の商館が北区にあると聞いて、俺たちは北区に向かうことにした。


 盗賊たちは、厩舎の柱に縛ったまま放置状態だ。

 盗賊たちの話によれば、大掛かりな犯罪グループの中に衛兵も入っている可能性があるので、普通に突き出すのは危険と考えた。

 あとで、どうするのが最善か判断するが、今のところ太守であるムーンリバー伯爵に直接突き出すのがいいと思っている。




 ◇




 北区の奴隷商館に着いた。


 ここは『東ブロック』の『下級エリア』で、『中級エリア』との境目になっている大通りから一本奥の通りにある。


「何すんだ! 触るんじゃないよ! なぜ売らない! ちゃんと買い取るって言ってるだろ!」


「うるせーんだよ、ババア! 子供の奴隷はいねえって言ってるだろ! 邪魔だ、とっとと出て行け!」


 老婦人が商館のスタッフと思われるごつい男に、店から摘み出された。


 そして、その老婦人は……俺の知り合いだった!


「バーバラさん、大丈夫ですか?」


 俺は、老婦人に駆け寄った。


 彼女は、ピグシード辺境伯領の『領都ピグシード』で出会った気概のある奴隷商人だ。

 今は俺専属の奴隷商人となってくれていて、実際の活動は奴隷商人と言うよりは奴隷保護人なのだ。

 奴隷にされている子供たちや善良な人たちを購入するかたちで助けたり、悪徳奴隷商人の撲滅活動をしてくれている。


「あんたは……どうしてここに?」


「この迷宮都市で武者修行する為に来たんです。昨日着いたばかりです。バーバラさんこそ、どうしてここに?」


「そうだったのかい。私はねぇ……『アルテミナ公国』で酷い奴隷売買が横行しているって情報が入って、直接出向いたってわけさ」


「そうだったんですね。ありがとうございます。そういえば……また保護した奴隷の人たちを『イシード市』に向わせてくれたという報告を、サーヤから受けてます。ありがとうございます」


 『フェアリー商会』を取り仕切っている『アメイジングシルキー』のサーヤから、バーバラさんの活動の報告も前に上がっていたのだ。

 情報網を駆使してあちこちで、子供の奴隷を購入するかたちで保護してくれている。

 大人の奴隷も、助けられる人は助けてくれているのだ。

 彼女が救ってくれた奴隷の人たちだけで、もうかなりの数になると思う。

 帰るところがある人以外は、復興中の『イシード市』の住民になってもらっている。

 子供たちは、養護院に入ってもらい、大人は『フェアリー商会』で働いてもらっているのだ。


「いいんだよ。サーヤちゃんが仕事ができるから助かるよ。私の仕事をフォローするための部門まで作ってくれたみたいだね。なぜか、あの子から提案されちまうと、素直に聞いちまうんだよ」


 バーバラさんは、少しはにかんだ。

 サーヤのことが、気に入っているようだ。

 俺が下手に何かを申し出ると、「バカにすんじゃない」と怒られちゃうんだけど、サーヤとは馬が合うんだろう。


 サーヤは、バーバラさんが保護した奴隷の人たちを速やかに『イシード市』に輸送できるように、フォロー部隊を作ったのだ。

 『聖血鬼』のメンバーで『飛竜船』を使って、フレキシブルに対応しているらしい。


「奴隷の購入資金は、まだ足りてますか?」


「ああ大丈夫だよ。実はこの前、スッカラカンになったんだが、サーヤちゃんが補充してくれたよ。しかし……こんなに金を使ってしまって、大丈夫なのかい?」


「大丈夫です。できる範囲では、やろうと思っています。不幸な子供を一人でも減らしたいですから……」


 奴隷商人を潤わせたくないので、無尽蔵に金を注ぎ込むつもりはないが、少しでも早く奴隷の子供たちを保護するために、一旦購入するかたちでお金を出すのは、しょうがないと思っている。

 ただそれをきっかけに、悪徳奴隷商人であることがわかれば、『闇の掃除人』として俺や俺の仲間たちが出動し、悪事の証拠をつかんで衛兵に突き出しているのだ。

 悪徳奴隷商人の駆逐ができるから、そういう点でも、意味のある出費なのだ。

 それに捕縛するときに、明らかな不正蓄財は、没収してしまっているから、結果的に奴隷購入資金は回収できていたりするのである。


 この活動のお陰で、ピグシード辺境伯領、ヘルシング伯爵領、セイバーン公爵領では、悪徳奴隷商人がかなり少なくなっている。


 バーバラさんには、ほんとに感謝しかない。

 仕事の内容的に、かなり危険な目にあう可能性もあるのだが、張り切ってやってくれているのだ。


 もちろん、それなりの対策はしてあるけどね。

 バーバラさんや部下が使っている馬車を引く馬たちは、俺の『絆』メンバーになっているので、何かあっても守ってくれる。

 それからバーバラさんの近くには、いつも連絡用の伝書鳩がスタンバイしている。

 もちろん『絆』メンバーだ。

 情報のやり取りもスピーディーにできるし、守ってくれる戦力になる。

 レベル上げをしていない普通の鳩でも、『共有スキル』が使える時点で、街のゴロツキ程度には負けないからね。


 転移の魔法道具を貸し出しできれば一番だが、そこまで無尽蔵には配れない。

 代わりに俺の『絆』メンバーが、周りにいるのだ。

 それだけで、大体のことには対処できるからね。


「……ところで、どうしてこの商館に来たんだい?」


 バーバラさんが、ふと思い出した感じで尋ねてきた。


「はい、実は……」


 俺は、今さっき知りえた事実をバーバラさんに話した。


「なるほどね。それは納得だ。私も、この奴隷商人が子供の奴隷を大量に集めて、外国に売ってるっていう情報を聞いて来たのさ。だが……子供の奴隷はいないって一点張りさ。正攻法じゃ、難しいかもしれないね……」


 バーバラさんは、そう言いながらニヤリと俺を見た。


「ええ、そうですね。正攻法じゃないやり方を、考えますか……」


 俺は苦笑いした。

 暗に……『闇の掃除人』を出動させろと言っているようだ。

 バーバラさんは、『闇の掃除人』についても知っているのだ。


 ともかく、俺たちは一旦、ここから立ち去ることにした。 

 店の中は覗いていないが、バーバラさんの話からして、あまり意味がないので、入店すること自体を控えた。

 バーバラさんの期待通り……後で『闇の掃除人』として潜入することにしよう。


 そしてその前に……リンちゃんに活躍してもらうことにしよう。


 俺は、『エンペラースライム』のリンちゃんに念話を繋いだ。

 奴隷商館の中を調査してくれるように頼んだのだ。

 体色変化によるステルス機能と、『隠密』スキルの合わせ技で、潜入してもらうのである。

 優秀な潜入工作員であるリンちゃんお得意の任務だ。


 バーバラさんは、北区にある宿屋に滞在しているとの事だったので、その場所を聞いて、明日再会することにした。


 俺たちは、このまま当初予定していた北区にある物件の視察に行く——





 

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