972.難しい、経営判断。

「なるほど、完全に薄利多売の商売になるわけですね。薄利であることと安定供給できるかという二点で、二の足を踏んでいるわけですね」


 大きな商談でありながら、俺に相談したいという気持ちがわかる。

 ギルドの経営する酒場に納入する仕事は、売り上げ規模は大きいだろうが、確かに微妙な仕事だ。


「お察しの通りです。この取引……どう思われますか?」


「そうですね……そもそも、どうしてメーダマンさんにこの商談が来たんですか? 今納入している商会があると思うのですが……」


「はい、現在の取引商会が事業をたたむそうなんです。それで、新たな取引商会を探しているということでした」


「その商会が事業をたたむのは、なぜかわかりますか?」


「私も気になって確認したのですが、ギルドと揉めてということではありませんでした。商品の仕入れが厳しくなってきて、会頭さんが幹部を連れて公都に新規取引先を開拓しに行く途中で、魔物に襲われて亡くなったそうなんです。奥さんが残されて、後を継ぐご子息もいないようで、解散することにしたそうです。今ある資産を現金化して、嫁いだ娘さんのところに引っ越すようです」


「そんな事情があったんですかぁ……。それにしても、どうしてメーダマンさんに声がかかったのですか?」


「いや……ギルド長と飲み仲間でして……といっても、ギルド長の方がはるかに年上の大先輩なんですけどね。キティロウたちを無事に助け出して、戻って来れた挨拶に行ったんですよ。タイミングも良かったようで、そこで話をいただいたのです」


「なるほど……ギルド長とお知り合いなんですね。じゃぁ、断りにくいんじゃありませんか?」


「いいえ、それは大丈夫です。商会は、いくらでもありますから。ただ信用の置けるところでないと厳しいと思いますので、時間はかかるかもしれませんけどね」


 メーダマンさんが声をかけてもらったのは、信用されているからだろう。

 できればその信用に応えて、仕事を受けたいと思っているに違いない。


 でありながら、経営者として冷静に経営判断をしようとしている姿勢は素晴らしい。


「『冒険者ギルド』と取引する事は、他にメリットはないんですか?」


「……特にはありませんね。ああ、言い忘れましたが『冒険者ギルド』は南区に本所があって、北区に支所があります。それぞれに酒場がありますので、取引量は本当に多いです。この物量が一番のメリットでしょうね」


「やっぱり数だけなんですね、メリットは……」


「あのー……多少は取引価格を上げてもらうことができるかもしれません。例えばなんですが……『コロシアム村』で『フェアリー商会』さんが出していたキンキンに冷えたエールを出したら、もう他のエールは飲めないと思うんですよね。いくら質より量の冒険者といえども、あのエールを飲んでしまえば、今のエールよりも五十ゴルとか百ゴルくらい高くなっても、喜んで飲むと思うんです。それに冷えたエールによく合う『唐揚げ』がメニューにあったら、飛ぶように売れると思うんです。そのレシピを教える代わりに、使う材料をそれなりの値段で仕入れてもらうように交渉できると思うんです……」


 なるほど。

 やはりメーダマンさんは、立派な商人のようだ。

 単なる御用聞きではなく、提案型の営業を考えていたらしい。


「それはいいですね。『唐揚げ』のレシピくらいだったら、教えても構いませんし、エールを冷やして出せる装置を貸し出してあげれば、喜ばれるでしょう。価格設定を再考してもらえるかもしれませんね。販売価格が多少上がっても、お客さんが喜んで飲むということが証明できれば、話が早いんですけどね……」


「そう思います。だから一度ギルド長に、『唐揚げ』とキンキンに冷えたエールを味わって欲しいんですよね。ほんとにあの組み合わせは最高ですから!」


 メーダマンさんは思い出したのか……よだれを垂らしそうな感じで二パッと笑った。


「いいですね。本格的に仕事を受けるなら、一度味わってもらいましょう。いつでも出せますので、言ってください」


「ほんとですか。じゃぁその方向で段取りします」


「一つだけ確認しておきたいのですが、店舗での小売りの売上と、宿屋や飲食店への卸売りの売上と、このギルドの仕事を受ければ、『ヨカイ商会』の経営は成り立ちますか?」


「はい、店舗と既存のお客さんへの納品だけでは、心もとないのですが、利益が薄いといってもギルドの仕事が加われば、充分やっていけると思います。商品の仕入れが安定的に確保できればですけど……」


「商品の仕入れは『フェアリー商会』で大丈夫だと思いますが……この国でしか手に入らない商品はありますか?」


「大体のものは『コウリュウド王国』で手に入ると思いますが……そうですね……先ほどお出しした『黄色紅茶』と、蒸留酒ですかねぇ……。黄色紅茶は酒場ではあまり消費されないので、何とかなると思いますが、蒸留酒は結構飲む人がいるから、確保が大変かもしれません。『コウリュウド王国』では作られていませんもんね?」


 そういえば……『アルテミナ公国』では、蒸留技術が確立されていて、様々な蒸留酒が作られていると前に聞いていた。


「確かに『コウリュウド王国』では、蒸留酒は作られていないですね。ただ『フェアリー商会』では、蒸留酒も作り出しているんですよ。実は、蒸留技術があって経験豊富な職人さんが雇えないかと思っていたところなんですよね。そういう人材を探すことはできないでしょうか?」


「なるほど! 『フェアリー商会』で作ってしまえば安心ですね! そんな人材がいないか探してみます!」


「それから、茶園を手に入れる方法もしくは茶の木を手に入れる方法があれば、それもお願いしたいんですが」


「え、『黄色紅茶』も作るおつもりなんですか!?」


「『黄色紅茶』は作り方がわからないんですが、紅茶を含めていくつか作りたいお茶があるんです」


「ほんとですか!? お茶のアイデアまであるなんて、さすがグリムさんですね! 分りました。それについても、情報を集めてみます」


「それから……ギルドの仕事をするとなると、毎日大量の納品をしなきゃいけないと思いますが、新たに人も雇わないといけないんじゃないですか?」


「そうですね。納品の物量が多いですから、新たに雇用する必要はあると思います。実はそれについては、当てがありまして……。グリムさんが助けてくださった奴隷商人に売られていた十五人の中に、行商団の護衛をしていた人が六人いるんです。もしこの仕事を受けるのなら、彼らを雇用してあげようと思っているんですよ」


「それはいいですね! 運搬する人が護衛も出来るなら、いいですね。じゃあ、ひとまずこの仕事を受ける方向で考えましょう。仕入れで問題となるのは、蒸留酒だけみたいですし」


「良いのですか?」


「はい、まずはギルド長に提案してみて、納入する商品の価格が合うかどうか確認をするというのはどうでしょう?」


「わかりました。早速ギルド長に話します」


「一休みしたら、『冒険者ギルド』にお連れしようと思っていたので、この後行きましょう!」


 メーダマンさんは、いい笑顔で声を弾ませた。




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