969.危険な魔物も、食材扱い。

 街道の前方の草むらの揺らぎを見つけた俺は、御者席に出るドアを開けて、アイスティルさんの隣に座った。


 『視力強化』スキルを使って、目を凝らす。


 人ではない……魔物だ!

 しかもデカい!


「前方に魔物が出ます!」


 アイスティルさんに声をかけたのとほぼ同時に、巨大な塊が現れた!


 赤黒い巨大なイノシシの魔物だ。

 体高が二メートル以上……いや、三メートル近くある。

 横幅も二メートル以上ありそうだ。

 こんな巨体に突進されたら、馬車なんてひとたまりもない。

 大型トレーラーと正面衝突するようなものだ。


 これほど巨大なイノシシの魔物は、今までいなかったんじゃないだろうか……。

 『波動鑑定』をかけると……『イビル・キングボア』となっている。


 どうやら上位種のようだ。

 レベルも49と驚くほど高い。


「あれはキング……なぜあんな魔物が、この街道沿いに……?」


 アイスティルさんが、驚きの声を漏らした。


「『アルテミナ公国』でも珍しい魔物ですか?」


「はい。魔物の領域でも、ほとんどいないと思います。迷宮でも……上層ではほとんど出ない魔物です。それが、こんな街道沿いに出るなんて……」


 アイスティルさんは、言葉を詰まらせながら馬車を停止させた。

 タイミング的に、通り抜けるのは難しそうだからね。


 それに……猪魔物は、すでに俺たちをロックオンしているようだ。

 なぜ入国したばかりの俺の前に珍しい魔物が現れるのかと考えると、少しやるせない気持ちだが、ここはサクッと倒してしまおう。

 普通の人にとっては、恐るべき魔物だが、俺たちにとっては、ただの肉の塊でしかない。


「デカ!」

「大きなお肉さんなのだ!」

「美味しそうなの〜」

「大物ですね」


 馬車の中にいたニア、リリイ、チャッピー、『コボルト』のブルールさんが外に出て、驚きの声を上げた。

 もっとも、大きさに驚いているだけで、恐怖の声ではない。

 リリイとチャッピーなんか、食材としか見てないしね……。


 どうせなら……アイスティルさんとブルールさんの経験値にしよう。

 アイスティルさんはレベル38で、ブルールさんはレベル49だったはずだ。


「アイスティルさん、氷魔法で足止めできますか?」


「はい。任せてください」


「ブルールさんは、何でもいいので攻撃を仕掛けてください」


「分りました」


氷壁アイスウォール!」


 早速、アイスティルさんが氷の壁を出現させた。


 ——バリンッ


 巨大猪魔物は、気にも止めず突進し破壊した。


 だがアイスティルさんは、その間に、連続で五枚の氷壁を出したので、魔物の勢いは大きく削がれた。


 そこにブルールさんが走り込む。

 魔法カバンから取り出した変わった形の盾を構えている。


 ブルールさんは、攻略者パーティーを組んでいた時、壁役のタンクポジションだったと言っていたから、その時に使っていた盾なのだろう。


 十字架をずんぐりさせて広幅にした感じというか……短剣を巨大にしてずんぐり広幅にしたような不思議な形の盾だ。


「タァーー!」


 裂帛の気合とともに、ジャンプしながら巨大猪魔物の鼻先に盾をぶつけた。


 シールドバッシュのような打ち付け攻撃だが、同時に電撃を出したようだ。

 猪魔物は痺れたようで、しばらく動きが止まっている。


 盾を『波動鑑定』すると……『青鋼盾 インパルスシールド』となっている。


 俺にプレゼントしてくれた『青鋼剣 インパルス』と同じ性能があるようだ。

 使いこなせるようになると、電撃や衝撃を出すことができるのだ。

 魔力と念の通りが良く、人の個性に馴染みやすいという性質もある。

 前にブルールさんが、使い込むほどに体の一部のように感じられると言っていた。


 剣を作るのと同じ、打ち込みによる鍛造で作られた盾のようだ。


「トドメは、私たちね」

「お肉を傷つけないようにするのだ!」

「綺麗にさよならするなの〜」


 ニアとリリイとチャッピーが攻撃態勢だ。

 この子たちには、攻撃に参加してもらう予定ではなかったのだが、本人たちがやる気なのでしょうがない。

 そしてリリイとチャッピーは、微妙に怖いことを言っている……。


 ニアが伸ばした『如意輪棒』が鼻先を打ちつけ、追いかけるようにリリイが投げた『魔鋼のハンマー』が脳天を砕いた。

 最後にチャッピーが放った『魔法のブーメラン』が綺麗に首を刈り、終了だ。


 俺の出る幕は、なかった……まぁいいけどさ。


 俺は、密かに念話で馬車を引いている六頭の白馬たちに指示を出して、『共有スキル』にセットしてある『風魔法——風弾ウィンドショット』で攻撃させていた。

 この馬たちにも、いくばくかの経験値が入ったはずだ。


「ボスクラスの魔物を瞬殺で倒したなんて……知り合いの冒険者たちに言っても、誰も信じてくれなさそう……」


 アイスティルさんが、呟いた。


 ブルールさんは、少し呆れ気味なニヤけ顔になっている。


 他に魔物はいないようだが……ん、人の気配が……


 どうやら、盗賊たちが様子を窺っていたようだ。


 隙を見て襲おうと思っていたのかもしれないが、巨大な猪魔物を倒したのを見たからか、戦意を失っている。

 全く殺気を感じない。


 だが盗賊であることは間違いなさそうなので、お縄にしておくか。

 他の旅人が襲われると困るからね。


(みんな、周りに盗賊たちが潜んでいる。手分けして拘束しよう)


 俺は、全員に念話で指示した。

 アイスティルさんもブルールさんも、『絆』メンバーになっているから、話が早いのだ。


 瞬く間に潜んでいた盗賊を拘束した。

 全部で十八人だ。


 俺はいつものように、盗賊たちに優しい物理力を使った尋問をした。

 アジトの場所を聞き出したら、比較的近い場所だったので、アジトに残っている盗賊たちも拘束してしまうことにした。


 この盗賊たちを、身ぐるみ剥いで縄で縛ることを仲間たちに任せ、一人でアジトに向かう。

 アイスティルさんが、巨大猪魔物の出現報告を兼ねて、『冒険者ギルド』に売ってしまおうと提案してくれたので、血抜き処理なども頼んだ。



 盗賊たちのアジトは、街道から西に入ったところの岩場のようになっている小山にあった。

 天然の洞窟ができていて、そこがアジトになっている。


 洞窟の入り口の周りには柵が作ってあって、鶏とヤギが放されている。


 鶏は、昨日『領都セイバーン』で聞いた産卵数が多い『白レグ』という種類だ。二十三羽いる。

 ヤギは、八頭いて全て真っ黒の体色だ。

 柵の外側には、馬車馬が六頭繋がれている。

 馬も皆真っ黒だ。

 それから多分奪ったものだろうが、幌馬車が四台置いてある。


 俺は『隠れ蓑のローブ』を使い姿と気配を消し、アジトの中に潜入し、残っていた盗賊たちを拘束した。六人いた。


 アジトの中には、宝箱が二つあった。

 一つは、装飾品が入っていて、もう一つは金貨などの硬貨が入っていた。

 お金の入っている宝箱は、四、五十万ゴルしか入っていないだろう。

 あまりお金を持っていないようだ。


 それから穀物などの食料類が結構置いてあり、酒樽は七つもある。

 ワイン、エール、蒸留酒のようだ。

 蒸留酒は、どうもワインを蒸留させたブランデーみたいだ。


 見事な絹の反物も置いてあった。

 全て奪ったものだろう。


 鶏とヤギは、『箱庭ファーム』の魔法道具に入れて、運ぶことにした。

 この子たちは、これから拠点とする場所で飼うのにちょうど良さそうだ。

 馬たちは、盗賊たちを運ぶための幌馬車を引いてもらう。

 盗賊たちは、迷宮都市に着いたら衛兵に突き出そうと思っているので、『箱庭ファーム』の魔法道具に入れずに、幌馬車で運ぶつもりだ。


 物品は全て、『波動収納』に回収した。

 これらは一応、戦利品として頂戴しようと思っている。



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