965.アイドルとして、デビューさせちゃおう!

「それにしても……あの集まってくる人たちは、今後どうしたらいいんすかねぇ? 好いてくれるのは、ありがたいんすけど……実際困るっすよね……」


 『マスカッツ』のリーダーサンディーさんが、お手上げという感じで手を上に向けて、困り顔をしている。

 昨日の午前中に領城のイベント広場で行われた叙勲式典で、一躍有名になった結果の事態である。

 一瞬でファンができたのは、凄いことだと思う。

 でも確かに毎日あんな感じで騒がれたら……辛いものがあるだろう。

 でも一度人気に火がついたら、なかなか消せないよね……。

 これ以上ファンが増えない対策は取れるかもしれないけど、すでにファンになっている人たちはどうしようもない。

 わざと嫌われるわけにもいかないし……。


「シャインは、なんて言ってた?」


「シャイン様は、朝から領の仕事で出かけてるんすけど、あまり気にしてないみたいっす。出かける時も人がいたんすけど、馬車から降りて話をしたり握手をしたりしてたっす。そのせいで遅刻したと思うす。みんな喜んでたっすから、シャイン様も上機嫌で、引き剥がすのが大変だったす。馬車に戻すのが大変だったすよ」


 なるほど……シャインらしいな。


 それにしても……シャインといい、『マスカッツ』のみんなといい、完全にアイドル状態だな。

 シャインはともかくとしても……『マスカッツ』は、アイドルユニットとしても活動させたくなってしまうなぁ……。

 すごくイメージできちゃうんだよね……無性にアイドルプロデューサーをやりたくなってきてしまった……。


 それはそうと……


「午前中のお店は、どうしたの?」


「それもすごかったっすよー。お客さんが押し寄せちゃって。ファンの人たちって言うんすか……その人たちが、みんな買ってくれちゃったっす。すぐに売り切れになっちゃって、早々に店じまいっすよ。すごくありがたいことではあるんすけどね……」


「特に混乱とかはなかったの?」


「喧嘩みたいなのは、なかったっすけど……めっちゃ話しかけられるんで、大変だったっす」


 うーん……まるでアイドルの握手会だなぁ……。

 そのうち……はがし要員とかをスタンバイさせないとダメになるかもしれない……。

 それこそ、サンディーちゃんたちの精密画とかのファングッズを作って売ったら、めっちゃ売れそうだ。

 ただお店の趣旨は、全く違うものになっちゃうけどね……。

 やっぱそれは良くないかも……。

 いや……この際何でもありにしたほうがいいかな……?

 うーん……悩みどころだ。


「お店の経営としては、いいけど……サンディーさん達は大変だよね?」


「そうなんすよ。あと……結構高い値段で売ってるから、買えないような人たちは、店の周りで見ているって感じでした」


 それはそうかもしれない。

 もともと貴族や商人などの裕福な人を、ターゲット顧客にしたお店だからね。

 というか……『マスカッツ』のファンの人が店に押し掛けていると、本来のターゲット顧客である人たちが買いづらいかもしれない……。

 それは問題だな……。


 はてさて……今後どうするかなぁ……?



 既にある程度有名人になっていて、騒がれているんだから……ここは開き直って、アイドル活動をしてもらったほうがいいかなぁ……。


 お店に立ちたいという彼女たちの気持ちを汲みたいが、今あるお店に立つのは色々と問題がある。


 新たに『マスカッツ』だけのお店を作って、そこで自分たちのグッズを売るというのがいいかもしれない。

 でも下手なところにお店を作ると人が押し寄せて、近隣に迷惑がかかる。

 他の人の迷惑にならないように『フェアリー商会』の施設棟の中にお店を作ってあげてもいいかも……。

 もしくは……マスカット家の屋敷にお店を作るかだな……。


 どっちみち屋敷に人が集まっちゃうだろうから、正門の隣あたりを一部改装してお店を作ってもいいかもしれない。

 午前中だけの運営にして、会いたい人は午前中にお店に来てくださいという立て札を立てておく。

 それ以外は、一切取り次がないと言うことにすれば、多少マシになるんじゃないだろうか。

 まさに会いに来れちゃうアイドルだが、午前中だけに限定して何とか鎮静化できるかどうかだなぁ……。


 アイドル活動の件も含めて、相談してみよう。


 アイドルショップを午前中だけ運営しつつ、午後は彼女たちのやりたい農業や武術の訓練をする。

 そして、時々アイドルとしてステージに立つという感じなら、いいかもしれない。


 これから作る『領都セイバーン』の専用劇場のこけら落としの時に、コンサートをやってもらったらいいと思うんだよね。

 本当は……領民に大人気のユーフェミア公爵や三姉妹がアイドル活動をしたら、すごいことになると思うんだけど、さすがにそういうわけにはいかないだろうからなぁ……。



 俺は、『マスカッツ』のみんなに、今のファンが押し寄せる状態をすぐに沈静化する事は難しいだろうと伝え、むしろ人々を喜ばせるためのアイドル活動をしないかという提案をしてみた。


「なんか……よくわからないんすけど……吟遊詩人みたいな感じっすか?」


 サンディーさんを始め、皆あまりピンと来ていないようだ。


「そうだね……吟遊詩人と似たような感じだけど……みんなで一緒に踊りながら、歌を歌うんだよ。素敵な歌を届けて、人々を元気付ける仕事って感じかな……」


 そう答えつつ……俺は、一つ大事なことを確認し忘れている事に、気付いた。

 この子たちの歌の実力だ……。

 もし音痴だったりしたら大変なんだけど……。

 まぁ確認は、本人たちがやる気になった後でいいだろう。


「私たちが歌って、みんな元気になるっすか?」


「多分ね。叙勲式で見ただけであんなに好きになってくれる人たちがいるんだから、素敵な歌を歌ったらきっと喜んでくれる人たちがいっぱいいるよ。もちろん、嫌だったら無理にやる必要はないんだけど……」


「なんかわかんないっすけど……うちらが歌って、人々が喜んでくれるなら……役に立つなら、やってもいいような気がするっす。きっとシャイン様にそんな話をしたら、やれって言いそうだし。人々を喜ばせることですからね」


 サンディーさんがそう言って他のメンバーを見渡すと、みんな同意するように頷いている。


「そうだね。みんながやってみてもいいっていう気持ちなら、シャインが戻ってきたら話をしてみるよ。どうする?」


 サンディーさんは、メンバーと少し相談をしたあと、「やってみるっす」と明るく返事をしてくれた。


 もう少ししたら、シャインが戻ってくるようなので、話をしてみよう。


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