885.アウォーン、ウウォーン。
「な、なんだっ」
「ま、魔物だ!」
コバルト城の別館爆破現場近くで、事後処理をしていた兵士たちから叫び声が上がった。
「な! 敵か! セイリュウ騎士、臨戦態勢、各自迎撃!」
いち早く異変を察知して、全体に声をかけたのは、『セイリュウ騎士団』団長のマリナだった。
「魔物なのか!? オウキン、下がってな!」
ユーフェミアは、弟であり国王のオウキングの安全を考え、指示を出した。
「姉様、この状況で安全な場所などないでしょう? 大丈夫、自分の身は守れます。姉様ほどではないにしても、充分戦えますよ」
国王はそう言って、剣を抜いた。
「まぁしょうがない。あんたは無理するんじゃないよ。襲って来た敵だけを倒すんだ。いいね?」
「わかってますよ。私の事は気になさらず、存分に暴れてください!」
「ユーフェミア様、我々も応戦します!」
そう声をかけたのは、元『怪盗イルジメ』のオカリナだった。
彼女のそばには、弟子で元『怪盗ラパン』のルセーヌと、親友の『コボルト』のブルールもいた。
「頼むよ。何かわからないが、すごい数が出てきてるからね」
ユーフェミアは、そう声をかけて、周囲を見回した。
突然の襲撃に、全く状況がつかめていなかったのだ。
襲ってきている敵対生物が、魔物なのか、別のものなのかも判断できずにいた。
『獣の悪魔』が放った『獣インプ』と『獣ジャキ』なのだが、悪魔の存在に気付ける者は、この混乱した状況の中では一人もいなかった。
「どうやら……並みの兵士では敵わないほど強いみたいね。助っ人を呼ぶわ!」
つかず離れず絶妙なコンビネーションで戦っているブルールが、オカリナに声をかけた。
「助っ人? ……もしかして……あの子たち!?」
オカリナは、『獣ジャキ』に蹴りを放った後に、声を弾ませた。
「そうよ! 久しぶりに会いたいでしょ!」
「もちろんよ! 凄く楽しみ! それにあの子たちが来てくれたら、超助かるわ!」
突然の正体不明の敵の襲撃で逼迫した事態なのだが、何故かこの二人は楽しそうですらあった。
「じゃあ行くわよ、
ブルールは、
すると地面に円形の赤い光が浮かび上がり、転移召喚陣が現れた。
そして召喚陣から、二つの黒い影が飛び出した。
「アウォーンッ」
「ウウォーンッ」
現れたのは、狼に似たタイプの白い犬と茶色の犬だった。
この犬たちは、ブルールが『コボルト』の『種族固有スキル』である『
『
妖精族の『コボルト』は、犬と関わりの深い種族であり、それを体現している『種族固有スキル』なのである。
技コマンドの『
また犬の亜種とも言える『魔犬』を
『魔犬』は、あくまで通常生物ではあるが、魔物に近い状態の特別な種族なのだ。
魔素を大量に浴びたにもかかわらず魔物化せずに、魔力で体が強化されているという極めて例外的な状態で、自然界では偶然の産物でしか発生しない種族なのである。
通常は、魔物化してしまうからだ。
だが、『コボルト』族には、
強力な身体能力を持った戦士たちなのだ。
実は彼ら二頭も、オカリナとブルールが攻略者パーティーを組んでいた時に、共に戦った仲間であった。
「パト、ラッシュ、久しぶりね。あなたたちも、全く老けてないのね」
戦いの最中である事などお構いなしに、オカリナはパトとラッシュに抱きついた。
久しぶりの再会の喜びを、抑えられなかったのだ。
パトとラッシュも、すぐにオカリナと分かり、顔を舐めまくっている。
「はいはい、あんたたち気持ちはわかるけど、戦いの最中ですからね。パト、ラッシュ行くわよ!」
「アウォーンッ」
「ウウォーンッ」
「よし、じゃぁ最初から全開で行くわよ! 技コマンド……ナイスバディ!」
ブルールが、
技コマンド『ナイスバディ』を使うことにより、
「パト、ラッシュ、ソード展開!」
「アウォーンッ」
「ウウォーンッ」
ブルールの指示に従い、犬たちは首からぶら下げている筒状の装置の両側から短剣を伸ばした。
走りながら敵を斬りつけるための武器なのである。
魔力を通し念じることで、刃を出したり引っ込めたりできるのだ。
『ナイスバディ』は、犬たちの体だけでなく装備しているものも、一緒に大きくできるので、筒状の装備も大きくなっているのである。
「じゃぁ倒しまくるわよ! ドッグラン!」
ブルールは、新たな技コマンド『ドッグラン』を発動した。
このコマンドを発動すると、空中に一時的に足場ができ宙を駆け巡ることができるのである。
犬たちが進もうと思った方向に、透明な足場が一時的にできるのだ。
パトとラッシュは空に駆け上り、『獣インプ』を斬り倒していく。
ブルールとともに攻略者パーティーに入っていたパトとラッシュは、レベルが46あり、レベル35の『獣インプ』より格上である。
ただ『獣インプ』のレベル35は、悪魔の力により強化された状態でもあり、レベル以上の実力があった。
『下級悪魔』と同等と言えるほどの実力になっていたのである。
本来ならばレベル差を超えて、拮抗している実力と言えるが、
空を縦横無尽に駆け巡り、素早い動きで圧倒していたのだ。
これにより、地上で戦っているセイリュウ騎士やコバルト軍の兵士たちも、落ち着きを取り戻す時間が作れたのである。
彼らにとっては、空中から攻撃してくる『獣インプ』が厄介だったからだ。
その状況を見ていたブルールは、召喚した二頭に空の敵を倒させることを選んだのだ。
「相変わらず凄いというか……あの子たち強くなってるわね」
オカリナは、『獣ジャキ』に攻撃を加えながら、空を見上げて嬉しそうに呟いた。
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