875.もう一つの、計画。

「大変です! まだ計画は終わっていませんでした!」


 そう言って慌てて走ってきたのは、第一王女で審問官のクリスティアさんだ。


「クリスティア、それはどういうことだい!?」


 陛下が、少し怪訝そうな表情で尋ねた。


「はい。兵士たちに簡単な尋問をしている中で、一人の近衛兵が怪しかったので、少し突っ込んで尋問したところ、コバルト軍の将軍が部隊を率いて、昨日出かけたというのです。そこで、牢で気絶していたボンクランドを起こして尋問しました。今までコバルト侯爵の意向に素直に従わなかった何人かの守護への見せしめにするために、一人を殺害することにし、将軍と騎馬部隊を向かわせたとのことです。当初の予定にはなく、急遽思いつきで入れた作戦だったようです。そして、その守護というのが、サナさんのお父さんのチーバ男爵なのです!」


 クリスティアさんは、矢継ぎ早に報告した。


 なんと、まだ反乱計画は終わってなかったらしい。

 非常に重要な情報を拾ってくれた。


 セイバーン城で捕まえた近衛隊長の尋問で聞き出した内容が全てだと思っていたから、ボンクランドへの尋問は優先していなかった。

 まさか、急遽追加の計画を立てていたとは思いもしないから、うっかりしてしまった。


 しかも……今後の力になってもらおうと、ここに来てもらうつもりでいたチーバ男爵の暗殺計画だ。


「具体的には、どんな計画なのかわかりますか?」


 俺は、クリスティアさんに詳細を尋ねた。


「はい。ボンクランドと繋がりがある海賊団が、海から『マナゾン大河』に入って、『ヒコバの街』の港に入り、爆弾を使って奇襲をするようです。そこに衛兵と剣豪であるチーバ男爵が鎮圧に現れることを見越し、その隙に反対側の西門からヤーバイン将軍が率いる特別騎馬隊が入る計画です。チーバ男爵の実力は有名なので、海賊では勝てないだろうという考えで、騎馬隊が倒しに向かうようです。事が成就した暁には、海賊に襲われたところを助けに入ったが間に合わなくて、チーバ男爵と一族は皆殺されてしまったという筋書きにする予定だったようです。チーバ男爵の一族だけでなく、街の多くの人々が犠牲になっても構わないという計画です。海賊には、自由に暴れて殺しと略奪をしていいという話をしていたそうです」


 クリスティアさんは、報告しながら怒りで拳を握りしめていた。


 全く以て非道な計画だ……同じ人間とは思いたくない……。


 たった今、ゼニータさんが呼びに行ったばかりだが……。

 最初に『コロシアム村』にいるサナさんに会って、サナさんとともに『ヒコバの街』に行くはずだ。

 転移の魔法道具を使っているから……行ったばかりとは言え……サナさんにすぐ会えたならば、もう『ヒコバの街』に移動したかもしれない……。


「陛下、『ヒコバの街』へは、私とニアで向かいます」


 俺は国王陛下に、救出を申し出た。


「それは助かる。ただ……間に合いそうかい? 転移の魔法道具に登録しているのかい?」


「はい。ナビーの転移の魔法道具に登録されているので、ナビーと共にすぐに向かいます」


「わかった。チーバ男爵の救助と騎馬隊の鎮圧を頼む。ヤーバイン将軍と彼が力を入れて作った特別騎馬隊は、強い部隊として有名だ。『竜馬りゅうま』を集めた強力な軍団だ。君にとっては、大した相手ではないだろうが、一般の人々に被害が出るかもしれない。場合によっては、その場で成敗して構わない」


「かしこまりました。では、すぐに向かいます」


 俺はそう返事をし、ニアとナビーとともにすぐに向かった。






 ◇





 コバルト侯爵領『ヒコバの街』……


 港に急ぐ衛兵隊……その先頭には、この街の守護であるチーバ男爵の姿があった。


「なぜ急に川賊どもが襲ってきたんだ? 何の予兆もなかったのか?」


 走りながらチーバ男爵は、衛兵隊長に問いただす。


「はい。突然に現れました。ここ数日川賊たちは、いなくなったかのように動きを見せていなかったのですが……。本当に、突如として現れたようです。報告に来た衛兵の話では、このエリアの川賊ではないのではないかとのことです」


 衛兵隊長は、突然の事態に、十分な報告ができず、ほぞを噛んだ。


 衛兵隊長が面食らうのも、無理はない。


 元々『マナゾン大河』にいた川賊たちは、数日前にグリムたちが駆逐していたのだ。


 突如としてやって来たのは、川賊ではなく海賊なのである。


 コバルト侯爵領の近海を縄張りにする海賊団が、意図的に計画して夜襲をかけたのだ。


 まさか海賊が『マナゾン大河』を遡って攻めてくるとは思ってもいないから、当然川賊だと判断してしまったのである。


「かなりの規模なのか?」


「はい。中型船が三隻接岸し、六十人程度が攻め入って来たようです。報告に来た衛兵の話では、かなりの武装をしていたようです。初期対応に当たっている港の衛兵が危険です……」


「それほど大人数では、港門の警護衛兵だけでは持たんな……。とにかく急ごう!」


「はい」


 チーバ男爵と衛兵隊が、街の東にある港門に近づくと、既に大勢の海賊が暴れていた。

 港門担当の衛兵の部隊は二十人ほどであり、多勢に無勢でほとんどが倒されていた。

 まともに動けていたのは、初期から住民の避難誘導をしていた衛兵だけであった。


「やはり五十人以上……六十人程度はいるようだ……」


 チーバ男爵は、唇をかみしめた。


 チーバ男爵が連れてきた衛兵は、三十人程度である。

 ほぼ倍の人数に対処しなければならないが、話はそう簡単ではなかった。

 海賊たちは手当たり次第に、住民をも傷つけていたのだ。


 何人かは大きな倉庫をこじ開け、中の物資を物色しようとしているが、ほとんどの海賊は人々に襲いかかっていたのである。

 まるで殺戮を楽しむかのように……。


「このままではまずい……。十名ほどは、住民の避難誘導に当たらせろ! 残りは、私と一緒に川賊どもを倒す!」


「は、はい……」


 指示を聞いた衛兵隊長は返事をしたが、不安に駆られていた。

 ただでさえ戦力差が大きいのに、更に戦う人数を減らすという指示だったからだ。


「心配するな。半分は私が片付けてやるから」


 チーバ男爵はそう言うと、ニヤリと笑った。


「分りました。すぐに!」


 チーバ男爵の作った笑顔に、平静を取り戻した衛兵隊長は、すぐに部下に指示を出した。


 チーバ男爵は、見た目の戦力差に動じてはいなかった。

 相手は海賊である。

 強いといっても、魔物などと違い、特殊な動きをしたり特殊な攻撃をしてくるわけではないのだ。

 日々剣術の訓練をしている彼にとっては、与し易すい相手なのである。

 彼は、本気で自分一人で半分以上を倒す腹づもりでいた。


「私は、この街の守護、チーバ男爵である! 川賊ども、よく聞け! 一人残らずこの場で斬り捨てる! 命が惜しくない者は、かかってこい!」


 チーバ男爵は、あえて自分に攻撃が集中するように、自分の身分を明かし、挑発したのだった。


「ヒッヒヒ、ターゲットのお出ましだなぁ……。悪いが、あんたの相手は俺たちじゃない。もうすぐあんたを殺しに来る! その部隊が来るまで、待ってるんだなぁ! ヒッヒヒ。それから……言っておく! 俺たちは、川賊じゃない! ケチな輩と一緒にするんじゃねえ! 俺たちは、魔物もいる大海原で生きている海賊だ!」


 リーダーらしき男が、そう言った。


「海賊!? なぜ……? それに……私が狙いなのか……?」


 リーダーらしき男の言葉を聞き、思考を巡らすチーバ男爵……。


 もし本当に自分が狙いなら……

 守護である自分を殺そうとする者は……


 そう考えを巡らせて思い当たったのは、領主であるコバルト侯爵だった。


「まさか……! いかん! 隊長、今すぐ西門に行ってくれ! 誰が来ても絶対に門を開けるな! 正規軍が来る可能性がある。何を言われても、私が行くまでは開けるな! 誰であってもだ! 城門を突破されたら……おそらく我々の命はない……」


「は、はい、すぐに!」


 衛兵隊長は、指示に従い、すぐに西門に向けて走った。



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