873.陛下の、怒り。

「みんなよくやってくれたね。詳しい報告はゼニータから受けたよ」


 国王陛下は、俺たちに労いの言葉をかけてくれた。


 俺たちは、陛下に頭を下げた。


「オカリナさん、よく反乱を鎮圧してくれた。本当にありがとう」


 陛下は、改めて功労者であるオカリナさんを労った。


「とんでもありません。たまたま領城の近くにいて、遭遇しただけです。標的だった人たちを救えなかったことが残念です」


 オカリナさんは、そう言うと視線を落とした。


「あなたが『コボルト』のブルールさんですね。あなたの一族のお仲間を、ボンクランドが誘拐したと聞きました。この国の王として、大変恥ずかしいことです。心よりお詫びいたします」


 陛下は膝をついて、ブルールさんに謝罪した。


「国王陛下、真摯な謝罪をしていただき、ありがとうございます。無事に助けることができましたので、お心を痛めないでください。どうぞお立ちください」


 ブルールさんはそう言って、立とうとしない陛下にそっと手を差し伸べ、立たせた。


「謝罪を受け入れてくださり、ありがとうございます。妖精族の皆様に刃を向けるなど、あってはならないことです。この件の首謀者は、私の責任において厳罰に処します」


 陛下はそう言うと、縄で縛られているボンクランドのところに歩み寄った。


 そして、気を失っているボンクランドに往復ビンタをした。


「う、うぅん、な、何をする! 無礼者!」


 ボンクランドは目を覚ますと、いきなり怒鳴り声をあげた。


「無礼者はお前だ!」


 ——ビシッ、ビシッ


 陛下は怒りを抑えこむように低いトーンで言ったが、怒りの感情がにじみ出ている。

 そして、再度往復ビンタをした。


「へ、へへ、陛下! 陛下がなぜここに……?」


 ボンクランドは、やっと国王陛下だと気づいたようだ。

 虚ろな感じで、目が泳いでいる。


「罪人を捕らえるために、やって来たのだ!」


「ざ、罪人……? 陛下、聞いてください! そこにいる『コボルト』の女が、我が一族の者や忠臣たちを皆殺しにしたのです! 捕らえようとした近衛兵も倒されました。どうか、この女を捕らゴフッ」


 国王陛下は、ブルールさんに罪をなすりつけようとするボンクランドの訴えを、ビンタで黙らせた。


 陛下って……意外と物理な人なのかもしれない……。

 当然だと思うが、かなり怒っているようだ。

 ただ冷静さを失っているわけでは無いようで、口がきける程度に加減してビンタしている。


「戯け者め! お前の企みなど、全て承知している! これ以上その汚い口を開くな! さもなくば、この場で斬って捨てるぞ!」


「へ、陛下……そのコボルトがゴフッ」


 往生際の悪いボンクランドに、再度陛下のビンタが炸裂した。


「お前の望み通り、父親のコバルト侯爵は、近衛隊長によって暗殺された。ただセイバーン城の破壊は、叶わなかったぞ。勇敢な貴族と従者によって、防がれたのだ。捕らえられた近衛隊長が、お前の企みを全て吐いたぞ。お前が領主になることなどない! 一族や忠臣を殺した罪は、万死に値する。覚悟しておけ。あの世で命を奪った者たちに詫びるのだな!」


「ヘ、陛下、私はなにもゴフッ」


 なおも観念しないボンクランドに、またもや陛下のビンタが炸裂した。


 今度のビンタは少し力を入れたようで、ボンクランドは気を失った。

 顔が腫れ上がって、その心根同様醜くなっている。


「自身の職責を忘れた近衛兵、そして反乱の企みを知りつつ従った兵士たち……全て同罪だ! 命は無いものと思え!」


 陛下は、縛られている近衛兵、衛兵、正規軍兵に吐き捨てるように言った。



 この混乱の収拾を図るための指揮は、当面、『セイリュウ騎士団』がとるようだ。

 国王陛下の勅命を、『セイリュウ騎士団』が受けたというかたちのようだ。


 それから国王陛下は、娘のクリスティアさんに、無力化された近衛兵、衛兵、正規軍兵の選別の指示を出した。


 クリスティアさんの『強制尋問』スキルを使って、簡単な尋問をすることによって、賊として牢に入れる者と、職務に復帰させる者を選別するようだ。


 ボンクランドの計画を知っていていたかどうかを尋問し、知っていて協力した者は罪人とし、知らずに指示に従っていただけという者については、任務に復帰させるのである。


 本来なら一旦全ての兵士を拘束し、放免するかどうかをじっくり審議したいところだが、兵士が全員投獄されたのでは、治安の維持も事後処理もできないからね。


 城外……街中で戦いを繰り広げていた兵士たちについても、クリスティアさんが同様に尋問し判断するとのことだ。


 ちなみに、首謀者のボンクランドと実働部隊の近衛隊の隊長や幹部は、確実に反逆罪が適用されるようだ。

 他にも協力した臣下、文官、兵士、貴族も捜査し、反逆罪に問うとのことだ。

 主導的な役割を担っていない限りは、反逆罪ではなく通常の罪……殺人罪などを適用するつもりのようである。

 反逆罪が適用されると、一族郎党皆死罪という恐ろしいことになるのだ。


 反逆罪は、国家反逆罪と並び最大級の重罪となるらしい。

 国家反逆罪というのは、国を直接脅かす行為で、今回のように領主を殺害し暴動を起こすような行為は、反逆罪になるようだ。

 違いが微妙だが、まぁほぼ同じようなものだろう。


 反乱や内乱を防ぐための重罪規定で、強力な抑止力のための一族皆殺しという罰なのだろうが、現代日本で育った俺としては、理解できない罪だ。


 夫が犯した罪で、妻や子供が命を落とすのは全く納得できない。


 そんな俺の表情を見て察したのか、ユーフェミア公爵が少し説明してくれた。


 それによると、実際は反逆罪が適用されても、罪と無関係と判断された妻や子供や使用人などは、命を奪われることは無いらしい。

 関与している者だけが、死罪になるという運用がされているようだ。


 ただ無罪放免というわけにはいかず、犯罪奴隷にはなってしまうらしい。


 命を奪われないのは何よりだが、それでも、親の罪を背負って子供が犯罪奴隷となるような刑罰は、俺的には納得いかないけどね。


 ただ重罪としての抑止力はかなり効果があるようで、国家反逆罪や反逆罪が適用されるような事件はごく稀にしか起きないらしい。


 一番最近で起きたのは、二十年ほど前にピグシード辺境伯領で起きた『悪魔崇拝事件』だとのことだ。


『悪魔崇拝事件』というのは……悪魔とともにピグシード辺境伯領を襲い、壊滅の危機に追い込んだあの白衣の男が、若かりしときに起こした事件である。


 二十年前に、白衣の男……ジギルド男爵の嫡男であったバインが、悪魔崇拝や悪魔召喚の研究をしていたという事件なのだ。


 悪魔の崇拝や研究は国宝で禁じられていて、それを行うことは即国家反逆罪に該当する罪となっているそうだ。


 これによりジギルド男爵家は断絶となり、一族郎党が処罰されたわけだが、その時にバインだけが逃げて、二十年の時を経て、復讐のためにピグシード辺境伯領の貴族を皆殺しにし、多くの人々の命を奪ったのである。


 そのバイン=ジギルドの『悪魔崇拝事件』以来の……二十年ぶりの重罪適用事案となるらしい。


 ちなみにユーフェミア公爵の話では、自分の罪ではなく連座制によって犯罪奴隷となった者は、その後の働きによって、奴隷でありながらも役人になったり、奴隷自体から解放されたりする場合もあるとのことだ。



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