863.晩餐会の、始まり。

 夕方になって、領城にて晩餐会が始まった。


 以前ヘルシング伯爵領の領城でも、エレナ伯爵が開いた晩餐会に参加したが、その時よりも圧倒的に大規模だ。


 まぁあの時は、『正義の爪痕』に実質的に支配されていたヘルシング伯爵領を奪還した直後ということもあったし、あえて簡素な晩餐会にしたということだったけどね。


 それにしても、さすが公爵領という感じの煌びやかな晩餐会だ。


 ただ、ユーフェミア公爵は、簡易的なものにすると言っていたから、これでも普通より抑えた晩餐会なのかもしれない。


 とにかく人の数がすごい。

 今回は、領内の全貴族が参加を許されていているとのことで、全員集合状態のようだ。

 俺は、その人数に圧倒されてしまっている。


 晩餐会自体は立食形式なので、やはり簡素なのかもしれないが、人数が多いせいか、華やかに見えてしまうのだ。

 用意された食事や飲み物、給仕スタッフの数なども尚更そう感じさせる。


 前に聞いた話では……セイバーン公爵領には 伯爵家が三つ、子爵家が四つ、男爵家が七つ、準男爵家が十一、騎士爵家が十五あり、一代限りの名誉爵位の名誉男爵家が六つ、名誉準男爵家が九つ、名誉騎士爵家が十八あるとのことだった。


 それらの貴族がすべて参加し、夫人や子息令嬢を連れて参加しているのだから、すごい数になるわけである。

 特に今回は『光柱の巫女』『神獣の巫女』『妖精女神』『救国の英雄』に会えるということで、ほとんどの貴族家が、家族総出で参加しているとの事だった。


 ユーフェミア公爵が笑いながらそう言っていたが、いまだに『救国の英雄』と言われるのは落ち着かない。

 どこかむずがゆい感じだ。


 改めて数えると貴族の家門が……名誉爵位も含めて七十三もある。

 一つの貴族家が、十人連れてきていたとしても、七百三十人になるわけだ。


 必然的に活気も出て、豪華な晩餐会に見えちゃうわけだよね。


 ユーフェミア公爵の計らいで、俺の仲間たちには別に部屋が用意されていた。

 その部屋で、晩餐会に出されたのと同じ料理を味わっているはずだ。

 気兼ねなく、いっぱい食べれるので、ありがたい配慮である。


 その代わりというわけではないが、『妖精女神』のニアと『救国の英雄』ということになっている俺は、強制参加になっているわけだ……。


 それにしても……すごく広い部屋だ。

 大ホールと言ってしまえばそれまでだが、大大大ホールという感じだ。


 ユーフェミア公爵の話では、一番大きな特大ホールとその向かいにある大ホールが晩餐会用の部屋としてセッティングされているとの事だった。


 この二つのホールを使うほど大きな晩餐会は、たまにしか開かれないらしい。

 そしてこの二つのホールを使う場合は、特大ホールに上級貴族、大ホールに男爵以下の下級貴族が入る場合が多いらしい。

 決まりというわけではないが、慣例的にそういうかたちになるのだそうだ。

 ただ男爵位は下級貴族といっても、守護を任されていたり、要職についていたりする貴族が多いので、ほとんどが特大ホールに入っているらしい。

 このホールの区別は、あくまで慣例的なものであって、行き来を禁止していないので、下級貴族でも特大ホールのほうに入れるし、上級貴族でも大ホールのほうに移って親交深めることも自由にできるとのことだ。


 俺は気持ち的には……下級貴族たちが中心という大ホールの隅っこで料理だけを食べていたい気分だ。

 最下級の名誉騎士爵だしね。

 だが……当然そんな事は許されるわけもなく、特大ホールでユーフェミア公爵の隣にスペースが用意されていた。


 立食形式なので、決まった席はなく自由に移動して、歓談する。

 そして座りたい場合は、椅子も用意されているのだが、俺の場合は、指定席というか指定スペースが確保されてしまっていたのだ……。


「お初にお目にかかります。シンオベロン卿、私はセイバーン公爵領の執政官を務めておりますランサード=スピアードと申します。ユーフェミア様よりお噂は聞いております。また此度は、娘のランスンがお世話になっており、御礼申し上げます」


 最初にユーフェミア公爵が俺に紹介してくれたのが、執政官のスピアード伯爵だった。

 茶髪に白髪が混じり、ヒゲを蓄えた老紳士だ。

 五十代後半くらいだと思うが、背筋が伸びて立ち姿の美しい、若々しいオーラを出している。

 執政官という役職なので、政治的には、この領のナンバー2といえるポジションの人だ。

 ユーフェミア公爵が、領を頻繁に開けていられるのは、おそらくこの人が実務をしっかりやっているからだろう。


 そして、前にも聞いていたが、スピアード伯爵は『セイリュウ騎士団』格付け第五位のランスンさんのお父さんでもあるのだ。


「はじめまして、グリム=シンオベロン名誉騎士爵と申します。よろしくお願いします」


 俺は、当たり障りのない挨拶をした。


「シンオベロン卿、ランスンはもう二十八になりましてな……。気が強くて、自分より弱い男との結婚など考えられないと言って困っているのですよ。何よりもユーフェミア様を信奉し、結婚よりもユーフェミア様に仕えると公言しているほどでしてな……。ほとほと困っているのです。どうか、わが娘のランスンも、シンオベロン卿の花嫁団の末席に加えてくださらぬか? ユーフェミア様からは、了承を得ていますので……」


 スピアード伯爵は、初対面の俺に突然凄い話を切り出した。

 ユーフェミア公爵の右腕とも言える領の重鎮が……なんでそんな話を急に……?


 娘を嫁にもらってくれという話のようだが……何故にこのタイミング?


 まぁ……ヘルシング伯爵領での晩餐会の時も、貴族の皆さんが集まってきて、俺に対して娘のアピールをしたり、あからさまに嫁にもらってくれと言ってきたりしたけどね。

 晩餐会って……そういう縁結びの場ってことはないよね……?


 それにしても、不穏なワードがあった……俺の“花嫁団”ってなによ!?

 そんな集団があるわけ!?

 ……いや、無いし!!


 しかも……ユーフェミア公爵の了承ってなに!?

 どういうこと!?

 そんな権限あるわけ……マネージャー的な……? 

 ……いや、そんなわけないし!!

 というか……わけわからん!


 俺は苦笑いしつつ……ユーフェミア公爵を見た。


「スピアード伯、その件は私に任せるはずだろ。そう焦りなさんな」


 ユーフェミア公爵が悪い笑みを浮かべながら、スピアード伯爵の肩を叩いた。


 なにそれ!?

 やっぱりユーフェミア公爵が……何か動いてるわけ?


「そうでしたな……。娘を心配するあまりつい……失礼いたしました。シンオベロン卿、セイバーン領の領政は、私がしっかり守りますゆえ、ユーフェミア様や、お嬢様方をくれぐれもお願いします。ついでで構いませんので、娘もお願いしますぞ。ウハッハ」


 スピアード伯爵は、気を取り直したように襟を正すと、俺に向かって悪戯っぽい笑顔を作った。


 俺はやはり苦笑いするしかなかったのだが……彼は自己完結したようで、去っていった……。



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