864.響く、怒声。

 次に俺の前に現れたのは、ケンシン子爵だった。

 金髪の老紳士で、六十歳くらいではないだろうか。

 痩せていて、スラッと背が高い。

 ケンシン子爵は、『領都セイバーン』から南に下った海沿いの都市『ウバーン市』の守護をしている人である。


『ウバーン市』は、『マシマグナ第四帝国』時代に九人の勇者たち『勇者団』の秘密基地があった『勇者力研究所』がある場所の近くの都市だ。


『ウバーン市』に組み込まれる事はないが、最寄りの都市ということで俺とも少し関連があるのだ。


『勇者力研究所』は今後、『魔鋼』『マグナ合金』『魔鋼繊維』などを生産する秘密基地として稼働させる予定なのだ。

 それに伴いスタッフを配置する予定だし、地上部分にはみんなで楽しむための別荘を建てている。

 地上部分の土地は、俺に対する褒賞として与えられた。

 そしてみんなが楽しむ別荘を建てようということになり、意見を出してもらい仕様も決めた。

 それを踏まえて、昨日、時間を見つけて別荘を建ててしまったのだ。


 今後、秘密基地の生産用のスタッフとして働く人たちは、買い物などは『ウバーン市』に行く可能性が高いので、関連の深い都市ということになる。


 それにもう一つ、俺に関連していることがあるので、二番目に紹介されたのだと思う。


 それは何かといえば……ケンシン子爵は、『セイリュウ騎士団』格付け第六位の剣士スウォード=ケンシンさんの父親だということだ。


 ユーフェミア公爵は、俺と関連がある貴族家を優先して紹介してくれているようだ。


 ありがたい気遣いである。

 万が一にも、すべての貴族家を紹介されたら、一晩で終わるかどうかわからないからね。


「シンオベロン卿、我が愚息がお世話になったようで、深く感謝いたします。また貴殿が『ウバーン市』近郊に土地を持たれたと、ユーフェミア様から伺っております。何かご協力できることがあれば、いつでも声を掛けてください」


 そう挨拶してくれたケンシン子爵は、とても実直で真面目そうな人だった。


 俺と関係があるのは息子さんなので、さすがに変な話は出ないと思ったのだが……なぜか未婚の娘が二人いるという話を切り出されてしまった。

 俺は、またもや苦笑いするほかない状況に追い込まれた……トホホ。


 次に紹介されたのは、これまた俺と関連のある人物の家柄だった。


 キュドウ男爵だ。

 キュドウ男爵は、『セイリュウ騎士団』格付け第七位の弓士ユミル=キュドウさんの父親である。


 前にも聞いていたが、領の財務担当執務官をしていて、大領であるセイバーン領の財布を握っている人物だ。

 爵位は男爵位で、それほど高いわけではないが、領の重鎮というか、重臣といってもいいポジションだろう。

 信頼がなければ、任せられない仕事だからね。


 やはり五十代後半といった感じで、恰幅の良い体形をしている。

 ユミルさんと同じく、明るい綺麗な金髪だ。


「娘のユミルが、いつもお世話になっております。私はこの領の財務を担当しておりますので、シンオベロン卿には大きく期待しておりますぞ! 『フェアリー商会』の噂は、ユーフェミア様より何度も聞いております。領民の心を豊かにする商いをしてもらい、大きく儲けてください。そして、多くの税金を納めていただくことを期待しておりますぞ! ハッハハ。もちろん、できる協力はいたします。それから……できれば……娘のことも、末永くよろしくお願いいたしますぞ。ハッハハ」


 キュドウ男爵は、人の良いおじさんという感じで、にこやかに話してくれた。

 少し遠慮したのか、ダイレクトに嫁にもらってくれとは言わなかったが……末永くよろしくお願いしますって……そういうことなのかなぁ……。

 当然、苦笑いで答えるしかなかったけどね。


 その後、何人か主要な役職の貴族を紹介されたが、ある程度のところでユーフェミア公爵は、一区切りつけてくれた。

 エンドレスで続くのかと思って焦ったが、配慮してくれたようだ。


「あんたは、この領の有名人だからねぇ……。みんな挨拶したいところだろうが、全員ってわけにはいかないから、とりあえずここで一区切りしよう。休憩と思って、ゆっくりしな。自由に食べたり、休んでおきな。どうしても紹介してほしいという貴族がまだいるから、後から再開だ。悪いが、もう少しだけ付き合っておくれ」


 ユーフェミア公爵がそう言って、ニヤッと笑った。

 俺に申し訳ないと思ってくれているようだが……なんとなく楽しんでいるような気もする……。


 この晩餐会は、セイバーン公爵領での記念式典を前にした特別な晩餐会であるが、近隣の領の領主も一応招待してあるとのことだった。


 ピグシード辺境伯領のアンナ辺境伯やヘルシング伯爵領のエレナ伯爵は、当然参加している。

 一番離れた場所にある領の領主であるビャクライン公爵も、流れ的にというか……当然のように参加している。


 そして、形だけの招待で、実際は来ないと思っていたコバルト侯爵領の領主であるコバルト侯爵がやって来たということだった。

 ユーフェミア公爵は少し驚いていたようだが、西隣の領だから、短い期間でも来ようと思えば来れるわけだよね。


 セイバーン公爵領は、西にコバルト侯爵領、北西にヘルシング伯爵領、北にピグシード辺境伯領、東に『ペルセポネ王国』と接している形になる。南は海である。

 東の『ペルセポネ王国』との間には、緩衝地帯ともいえる魔物の領域が広がっているので、接していると言っても陸路で往来することはないそうだ。

 さすがに他国である『ペルセポネ王国』は、招待していないということだった。


 それから、実は国王陛下と王妃殿下も、後でサプライズで登場する予定になっているようだ。


 国王陛下が登場すれば、俺に挨拶をしようとする貴族も一気に減るんじゃないだろうか。

 大きな領であるセイバーン公爵領の貴族といえども、国王陛下に直接お目にかかる機会は、ほとんどないようだからね。


 皆挨拶をしたがるに違いない。



 俺は、本当に少し休憩したかったので、他の貴族に話しかけれないように、ホールの端の方に移動して、『隠密』スキルを発動して気配を消した。

 そして、立ったままで、ドライフルーツティーを飲んだ。

 これは『フェアリー商会』のヒット商品で、セイバーン公爵領で購入してくれたものだ。

 気持ち的には『隠れ蓑のローブ』も着て、姿も消したいところだが、そういうわけにはいかないからね。

 ただ『隠密』スキルで気配を消しているのが効いているのか、姿は見えていると思うが、話しかけられないで済んでいる。

 どこかの貴族の子弟とでも思われているのだろう。


 俺と一緒に強制参加になっているニアさんは、さっきまで俺と一緒にいたのだが、挨拶を受けているときは静かにしていた。


 やはりここでも、みんなニアを神様を見るような目で見ていて、あまり話しかけようとしなかった。

 当然挨拶はしたわけだが、話はもっぱら俺に対してという感じだった。


 ニアさんは自由な人なので、退屈だったらしく、休憩になってからは俺からも離れて、自由に飛びまわっていた。

 今は、このホールにいる貴族の未成年の子供たちを集めて、何やら楽しそうに話している。


 なんとなく……ニアさんの特別教室みたいな感じになっている……。

 ニアが集めたというよりは、物怖じしない小さな子たちが、羽妖精であるニアに興味を持って集まってきたところを、ニアが相手してあげたみたいだ。

 それに釣られるように、年嵩の子供たちも集まってきて、ニアにいろんな質問をしている。

 ニアは宙を舞いながら、面白おかしく話をしてあげている。


 そしてだんだんと、大人の貴族たちもニアの周りに集まって来ている。


 ヤバい……ニアさんの独壇場になってきた……。

 みんな神様を見るような感じでニアを見ているのに、調子こいちゃって残念な感じが出ちゃわないかなぁ……すごく心配だ。


 ただ、今までの例からすれば、俺が見てめっちゃ残念感が出てる状態でも、他の人々はあまり気にすることなく、崇拝するような感じで見ていたけどね。


 そんな時だ……しわがれた感じのガラの悪い声が聞こえてきた。

 誰かが、声を荒らげているようだ。


「まったく、何を考えているのだ! 自分の領地さえ守れなかった者が、移民を募集するなどと……よくも恥ずかし気もなく、そんなことが言えたものだな!」


 楽しい感じだった会場が、一瞬にして不穏な空気に包まれた。


 ……あのじじいは誰だ?


 アンナ辺境伯に暴言を吐いているのか?



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