828.お出かけ時は、舵同伴で。
高速飛行艇『アルシャドウ号』の付喪神となって顕現した『マシマグナ第四帝国』の第四皇女の残留思念体でもあるエメラルディアさんは、普段の活動のために、船の一部を分身とすることに成功した。
だが、彼女が選んだのは、ブリッジにある船を操船する舵だった。
うまく分離することができたのはいいのだが、いかんせん大きな丸い円盤のようなものなので、かさばるのだ。
背負うかたちで、持ち運ばざるを得ないだろう。
本人はそれほど気にしていないようだが、俺的には、ミスマッチ感が半端ない。
舵さえ背負っていなければ、赤の戦闘服に黒いマントを羽織った超イケてる女海賊風の出で立ちなのだが……。
『魔盾 千手盾』の付喪神のフミナさんが顕現状態で、自分自身である盾を背中に背負っているのは、冒険者風な感じもあるので、ギリギリセーフだが、エメラルディアさんの格好は、やばいと思う。
悪目立ちしちゃって、ちょっと危ない人っぽい感じすら出てしまうと思う。
もっと小さな物を、分身とすることはできないのだろうか……。
「素晴らしいですね。舵を背負ってこんなに似合うのは、エメラルディアさんしかいないと思います。ただ……舵が大きくて、目立ちすぎるかもしれませんね。もう少し小さいもので、分身体にできるものはないですか?」
俺は……イケてないとは言いづらかったので、適当なことを言いつつ、他のものを選んでくれるように誘導してみた……。
「そうですね。私は気になりませんが……確かに舵を背負って歩く女なんて、普通いませんものね。ほほほほほ。でも……他に何がいいかしら……」
エメラルディアさんは、腕組みして軽く首をかしげた。
「エメル皇女、船首にエメル皇女をモデルにした戦女神の像があるじゃないですか、あの像が腰から下げている剣を分離できないですか?」
フミナさんが手をポンと叩いたあとに、そんな提案をしてくれた。
ナイスだ!
剣のサイズなら腰に差していれば、全く目立たない。
「そうね……ちょっとやってみるわ」
エメラルディアさんはそう言うと、船首に向かった。
俺たちもついて来たのだが、戦女神の像は、船首の外側に付いているので、船首からは全体を触ることができない。
手を伸ばせば、像の頭や上半身には触れられるが、腰についてる剣には微妙に届かない。
ただエメラルディアさんは、剣の事は気にせずに像の頭に手を当てた。
そして瞳を閉じて念じている。
うっすらと光が走り……なんと!
戦女神の像が船首から分離して、宙を舞い、俺たちのところに降り立った!
俺たちは皆突然のことに言葉を失っているが……なぜかエメラルディアさんは、満足そうに頷いている。
「凄いでしょう! 私をモデルにした戦女神の像が、私の分身体として分離できたわ! 今ちょっと試してみたんだけど、私の念で動かすこともできるわ!」
エメラルディアさんが、超ドヤ顔で俺たちに言った。
「あの……エメル皇女、剣を分離させて分身体にするはずだったんじゃ……」
フミナさんが、そう訊いてくれた。
俺たちも、みんな心の中でそう問い掛けていた。
「ああ、そうだったわね。でもこの像を見たら、像自体を分離させたくなっちゃったのよね。やってみたらできたし、私の念で思い通りに動かせる感じよ。まぁ私の体の一部だから当然かもしれないけど、ふふふ」
エメラルディアさんはそう言って、満足そうな笑みを浮かべた。
完全に当初の趣旨が失われている気がするが……。
この人……やはり天然らしい……。
「あの……船を離れて活動するときに、舵だと目立っちゃうから小さい剣を選んだはずですよね……? この像を連れて歩いたら、もっと目立っちゃいますけど……」
フミナさんが、少し呆れたようにほっぺたを膨らませた。
「あはははは、そうだったわね。ごめんなさい。この像を連れて歩いたんじゃ、確かに目立つわね。色を塗って普通の人間っぽく見せればいいかしら……」
エメラルディアさんはそう言って、腕組みしながら本気で考えだした……。
この人……完全に天然だ。
色を塗って、どうにかなる問題じゃないと思うんだけど……。
素材はわからないが、髪と装着している鎧は金色で、背中の翼は白、腰回りのスカートのようなものは、黒になっている。
顔は石膏像のように白っぽい感じだ。
色を塗るといっても、顔に塗るくらいじゃないだろうか?
やっぱりどう考えても、人間っぽくはならないと思うんだけど……。
これだったら……さっきの舵の方が、まだマシだ。
「あの……エメラルディアさん、この像が持っている剣だけを分離して、分身体にすることはできませんか?」
俺はたまらず問い掛けた。
「はい、やってみますね……」
エメラルディアさんはそう言って、再度像に触れた。
すると、腰に差していた剣が外れて、宙に浮いた。
それをエメラルディアさんが手に取って、何かを確かめるように目をつむった。
「剣を分離することはできましたけど……これを分身体として使うのは難しい気がします。感覚的なものを確認してみたんですけど……直感的に難しいと感じます。やはり船の主要なパーツでないと難しいみたいです。舵は主要なパーツといえますし、船首の像も船の個性の象徴ですから主要なパーツと言えるでしょう。ただその像の装備品である剣は、主要パーツと言えないのかもしれません。もしかしたら……私のレベルが上がったら、できるかもしれませんけどね……」
エメラルディアさんが、少し残念そうに説明してくれた。
船自身であるだけに、感覚でいろんなことがわかるようだ。
残念ながら現時点では、剣を分身体として持ち歩くことは無理なようだ。
ただ本人がなんとなくの感覚で、レベルが上がったらできるかもしれないと言っているので、それに期待してみよう。
いずれにしろ現時点では、あの舵を背負って歩くしかない……。
俺は、頭の中のイメージで……大きな盾を背負って歩くフミナさんと、大きな舵を背負って歩くエメラルディアさんの並んでいる姿を、思い浮べてしまった。
少し笑えた。
冒険者が多い街とかなら何とかいけるかもしれないが、普通の街では確実に注目を集めるだろう。
悪目立ちしそうだが……しょうがない。
まぁ冷静に考えると、羽妖精のニアと一緒に歩いている時点で悪目立ちしているから、俺たちと一緒に行動するときは関係ないかもしれないけどね。
「当面は、舵を持ち歩くしかないみたいですね……」
フミナさんが、あきらめ気味に言った。
「まぁいいんじゃない。私は面白くて好きだけど!」
ニアが相変わらず、お気楽な発言をする。
「私も特に気にしませんから」
エメラルディアさんも、やはり気にしていない。
「しょうがないですね。多分話しかけてくる人がいるでしょうけど、冒険者ということにして、特別な武器という設定にしますか……?」
フミナさんが、誰に言うでもなくそんなことを言ったので、俺は頷いて同意しておいた。
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