740.輝くブドウ、『シャインズマスカット』

 「早速ですが……例えば、今後も子供たちを保護するのでしたら、孤児院を作るというのはどうでしょう。そうすれば領が支援してくれる可能性もありますし」


 俺はシャインさんに、早速提案した。


 もちろん、この領都には領立の孤児院もあるだろう。

 でも私立の孤児院も、あっていいんじゃないだろうか。

 ユーフェミア公爵なら支援してくれそうだし。


「孤児院をやるつもりはないですね。この子たちは、使用人というかたちにはなっていますが、家族と思っているのです。家に、迎え入れているのであって、孤児院に迎え入れるつもりはないですね」


 シャインさんは、笑顔できっぱり断った。


 良かれと思って提案したが……駄目だったようだ。


 ただ、彼の言わんとすることはわかる。

 孤児院という施設に引き取るのではなく、家族として家に迎え入れたいということだろう。

 貴族という身分があるので、簡単に養子にすることはできないが、事実上の身内のつもりなのだろう。

 その発想……嫌いではない。


「実は……シャイン様は、いいところもあって、子供たちの後見人になってるんす。この子たちには、シャイン様が後見人となっていると示す『後見証』を持たせてあるんすよ。迷子とかになっても、すぐわかるっす」


 サンディーさんが、そんな話をしてくれた。


 なるほど……本当に子供たちのことを考えてあげているようだ。


 そんな話を聞くと……この能天気ナルシストのことも、まんざら悪くないと思えてきた。

 てか……こいつ……やっぱいい奴なんだよな……。


 子供たちの後見人になってあげるというのは、すごくいいことだ。

 親にはなれないまでも、身元を保障するとか、保護しているとか……そういう後ろ盾になってあげるだけも、大きな意味があると思う。

 それを示す『後見証』を持たせてあげるのは、素晴らしいことだ。


 ピグシード辺境伯領で運営されている『領立 シンオベロン養護院』は、俺の名前を冠することで、俺が保護者的な立場にいることを明示する狙いもあると言っていた。

『マグネの街』やヘルシング伯爵領で運営している『ぽかぽか養護院』も、俺が運営していて後ろ盾になっていることは、知られている。


 これら俺が関係する施設の子供たちにも、改めて『後見証』を持たせてあげたほうがいいかもしれない。

 俺が保護者であるということが、より明示されるし、より安全になると思う。


 ここはシャインさんを見習おう。


 シャインさんは、クセが強くて付き合いづらい感じの奴ではあるんだけど……こういう子供を大事にしている姿を見せられると……おじさんは、心を打たれちゃうんだよね。



「あの……グリムさん……立て直しの役に立つか分かりませんが、我が家は領から管理を任されている荘園以外に、マスカット家独自のブドウ農園を持っているのです。実は、そのブドウ農園で新しい品種のブドウを開発しまして、それがかなり美味しいのです……」


 弟のシャイニングさんは、そう言って使用人に合図をした。

 実際に、そのブドウを持ってきてくれるようだ。


 確か、マスカット家は代々『領都セイバーン』の広大な荘園の約半分の管理を任されている名門貴族という話だった。

 それゆえに、当主を継いだシャインさんは、領の農産担当執務官の一人でもあるということだった。

 この『領都セイバーン』の荘園も、他の領の荘園と同じように、荘園の村というのがあって実際の栽培管理は、その村人たちが行っている。

 それ故管理する貴族は、栽培の状況を確認したり、収める収穫物の計算などをするだけなのだ。

 だからマスカット子爵家が管理を任されていると言っても、事実上、村長に丸投げできるのだろう。

 村長が優秀で、荘園の運営に問題がなければ、あまり手のかからない仕事と言える。

 まぁ逆に言えば、そういうことじゃないと一人で広大な荘園の管理はできないよね。


 変な言い方だが、シャインさんがあまり関わっていないので、荘園の運営自体は全く問題がないようだ。


 シャイニングさんが言っているのは、これとは別にマスカット家が独自に所有している農園があるということだ。



 使用人が、大きなカゴいっぱいのブドウと、取り皿を持ってきた。


 そのブドウは、黄緑色に輝く大粒の実が、たわわについていた。

 まさしくマスカットといった感じのブドウだ。


 俺が元いた世界で好きだった『シャインマスカット』という品種に似ているが……偶然だろうか。


「これは、我が家で何代にも渡り改良を重ねてきたもので、一粒一粒が大きく、皮ごと食べても、皮が気にならない薄皮の品種なのです。そして種がなく食べ易いし、爽やかな甘みで美味しいのです。一粒一粒が輝いているようにも見えて、見た目も美しいのです。兄は自分が放つ輝きのようだと言って、勝手に『シャインズマスカット』という名前をつけてしまいましたが、味は一級品です。食べてみてください!」


 シャイニングさんが、説明してくれた。


 俺は、迷わず口に放り込む!


「……うん、うま〜い! ハハハ!」


 俺は、思わず笑ってしまった。

 いつものことながら、本当に美味しいと笑っちゃうんだよね。

 これは……俺の知っている『シャインマスカット』と同じと言っていいんじゃないだろうか!


 シャイン=マスカット氏が育てているブドウが、シャインマスカット……これは運命のいたずらなのか……誰かのお遊びなのか……?

 なんとなく……この世界のシステムを作っている上位存在のお遊びのような気がしてしょうがない。

 深く考えたら負けなので、これ以上考えるのはやめよう……。


 まぁ一つ確実なのは、このマスカット家で育てている『シャインズマスカット』は、美味いということだ。

 爽やかな甘みが最高なのだ!


 これは貴族や上流階級の人たちに、人気が出ると思う。

 高級品として販売したらいいと思うんだよね。

 貴族なら高くても買うし。

 それこそ、『美しき食べる宝石』というキャッチフレーズで、売り出せばいいんじゃないだろうか。


 うん、これだ!

 どう考えても、このブドウの販売に力を入れるべきだろう!

 なぜ今まで放置していたのだろう……?


 というか……これだけで、傾いたマスカット家を立て直せるんじゃないか……?


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