741.黒字化の、秘策。

 俺の元いた世界にあった高級ブドウ『シャインマスカット』にそっくりの『シャインズマスカット』、これをたくさん収穫できるなら、それだけで傾いたマスカット家が立て直せるような気がする。


 俺の頭の中には、貴族や上流階級の人たちに販売する高級品として『美しき食べる宝石』というキャッチフレーズまで思い浮かんでしまったのだ。


「これはいいですね。これを本格的に、販売したらどうですか? 数は作れるんでしょうか?」


 俺は、弟のシャイニングさんに尋ねてみた。


「ええ、かなりの木が育っているので、それなりの数は採れると思います。前に兄にも提案したんですが、全くピンと来ていないようで困っていたんですよ。兄上、グリムさんも提案してくれたし、これを売っていこうよ!」


 シャイニングさんは俺に答えつつ、兄のシャインさんに訴えた。


「いいねいいね、このブドウは美しい。美しいは正義だから、正義を広く及ぼすとしよう」


 シャインさんは、能天気に答えた。

 てか……なんか人ごとみたいな感じじゃないか!


 いいねいいねって……最初にシャイニングさんが提案したときに、そう思ってくれよ!


「それじゃあ……まずは生産を増やす方法を考えましょう。農園を広くすることはできそうですか?」


「はい、まだ余分なスペースがありますので、多少は広げられると思いますが、今の二割増程度だと思います」


「では近くに買い取れそうな空き地や農園はないですか?」


「そうですね……まとまった農地となると難しいと思います……」


 シャイニングさんが、残念そうに顔を曇らせた。


 今の栽培面積は、約五万平方メートル……十五万坪とのことだ。

 農業の単位でいうと、五町歩というところだろう。

 二割しか増やせないということだから、増やしても六万平方メートル……十八万坪……六町歩ということだ。


 ある程度の量は採れるだろうが、大きな収益を稼ぐには、もうちょっと栽培面積を増やしたいところだ。


 そこで俺は考えた……どこかにブドウ園が作れないか……?


 そして、閃いた!


 ブドウ園に適した場所……そう、広大な草原を俺は手に入れていた。


 この『領都セイバーン』近郊の『正義の爪痕』の『魔物の博士』と『酒の博士』のアジトだった場所だ。

 アジト自体は地下にあったが、その上の広大な草原を褒賞として手に入れていたのだ。

 使い道が思い浮かばなかったので、当面放置しておこうと思っていたが、あそこなら領都から近いし、ブドウ園を作るのにうってつけだ。


「この『シャインズマスカット』を販売することが、マスカット家を立て直す一番の方法だと思います。今ある農園の栽培面積は二割増やしてもらうとして、もう少し面積を増やしたいので、領都の郊外に私が所有している土地を使おうと思います。そこに大きなブドウ園を、私の『フェアリー商会』と共同で作りませんか? 土地を無料で提供する代わりに、ブドウの木を無料で提供していただくというのはどうでしょう? この農園の管理は『フェアリー商会』で責任をもって行います。そして出た利益を折半というかたちにしたいと思っていますが、どうですか? 今『ふさなり商会』で働いている人たちは、この共同農園のマスカット家割り当ての栽培部分で働いてもらうのがいいと思います。お店については、私に別の考えがありますし……」


 俺は矢継ぎ早に、思いついたことを一気に提案してみた。


「それはいいと思いますが……今から苗木を植えても、収穫できるまでに時間がかかると思いますが、大丈夫でしょうか?」


 シャイニングさんは、不安そうに尋ねてきた。


「通常ならそうなんですが……私の仲間に『トレント』の子がいるので、その力を使えば苗木を早く大きくできます。今回は、特別にその力を使って、魔法的に農園を増やそうと思います。ですからマスカット家の農園の二割増やす部分のブドウの木も、これから新たに作る『フェアリー商会』との共同農園のブドウの木も、今生育しているのと同じように、すぐに収穫できるでしょう。ただ、この魔法的に栽培を増やすという方法は、乱用できるものではないので、今回は特別ということで内密にお願いします」


 俺は、そう説明した。

 本当はあまりやりたくないのだが……このやり方が早い。

 この素晴らしい食べ物を早く広めたいというのもある。

 そしてシャイン=マスカット氏という困った人の家と商会を立て直すには……普通のやり方では無理なので、チートな方法で解決することにしたのだ。


「……ほんとですか? ほんとにそんなことが……?」


 シャイニングさんが、驚いて俺を見つめた。

 妹のシャイニーさんと取り巻き集団『マスカッツ』の女性陣も、口をぽかんと開けて驚いている。


 確かに、そんな方法であっという間に果樹園が増やせるなんて、衝撃でしかないよね。


「魔法で農園を増やして、収穫を増やすなんて……あまり美しくないけど……ある意味、美しい……」


 当のシャインさんは、またしても他人事のような感想を述べている。


「シャインさん、この……世にも美しい『シャインズマスカット』を一日でも早く、より多くの人に届けるというのは、最高に美しいことだと思いますが、どうですか? 『美しき食べる宝石』を手にすれば、多くの人が喜ぶと思います」


 俺は、シャインさんにそんな話をしてみた。

 この人の判断基準は、『美しい』とか『喜び』だから、そこをついてみたのだ。


「おお、我が友よ! それは素晴らしい! 美しいは正義だ! 美しいものを届けて、喜びを喚起する……それはまさに正義以外の何物でもない! 正義を広めよう!」


 シャインさんは、にこやかに微笑んで、踊るように動きながらそんなことを言った。

 俺の狙い通り、彼の心の琴線に触れることができたようだ。

 これで承諾ということだろう。

 なんとなく……彼の扱い方が、ちょっとわかってきた……。


「それから、実際の販売については、『フェアリー商会』が請け負いましょう。マスカット家は、栽培に専念してもらえればいいと思います。収穫できただけ、確実に我々が買い取るので売れ残りの心配をすることもなく、安心できると思います。収穫できた分だけ、確実に売り上げになるということです。もちろん『ふさなり商会』で販売してもらっても結構ですし、今後はそうしてもらおうと思っています。領都の上流階級に販売する分については、『ふさなり商会』のお店で販売するのがいいと思います」


 俺は、更にそういう提案をした。

 もうこの時点では、シャインさんを含め聞いている人たちは、頷いて了承するのみだった。


 この『シャインズマスカット』は、貴族や上流階級に高級なフルーツとして販売するのが当面の戦略としてはいいと思う。

 その中でも特に貴族を中心に販売すればいいと思うので、一番いいのは貴族の多い王都で流通させることだ。


 そこで俺は、国王陛下や王妃殿下に頼もうと思っている。


 今までの感じからして、ノリノリで引き受けてくれるだろう。

 美味しいものを食べて笑顔になって、波動を高めるというのが、これからの『魔の時代』を『彩りの時代』にする方法の一つである。

 そんな共通認識を、みんなで持ったばかりだからね。


 王都に、『美しき食べる宝石』として『シャインズマスカット』が広まって、ご婦人方が笑顔で歓談している姿が目に浮かんでくるようだ。



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