717.マリナ騎士団長の、提案。
夕方になって、俺と仲間たちは、『セイリュウ騎士団』のマリナ騎士団長に呼ばれて、屋敷の大広間に集まった。
ビャクライン公爵一家と国王陛下と王妃殿下もいる。
国王陛下は、一度王都に戻って、すぐに引き返してきたようだ。
今日だけで、二往復はしていると思うけど……。
俺は、マリナ騎士団長に、『フェアリー商会』の各事業を説明してほしいと頼まれた。
「お前さんのことだから、商売気なんか関係なく、目立たないようにとか、面倒くさくないようにとか、そんな感じでそれなりにやろうと思ってんだろう? でもねセイバーン公爵領じゃ、人口が多いからやり方によっちゃ凄い商売ができるんだよ!」
初っ端からマリナ騎士団長が、ダメな子供を見るような目を俺に向けている……。
そして、結構お見通し状態だ……。
ユーフェミア公爵といい、マリナ騎士団長といい、鋭いんだよね……。
「あまり大きくしても大変ですので、知ってくれた人たちに喜んでもらえればいいかなぁと思っているのですが……」
俺は苦笑いしながら……しどろもどろで答えてしまった。
「まぁ、そんなことだろうと思ってたけどね。私が見てやるから……ふふ、年の功ってやつで、喜ばれる事業を教えてあげるよ。大体は儲かる事業でもあるから、しっかり儲けないとね。人々が喜んでくれる商売をすれば、必然的に儲かるものさ。大体の事は、ユフィから聞いてるけど、改めて説明しておくれ。人口の多い『領都セイバーン』や、それこそ王都でやったら桁違いに需要がある事業もあるからね」
マリナ騎士団長は、ドヤ顔でそう言った。
やる気満々のオーラを出しているが……。
なぜそんなにやる気なんだろう……?
そして、楽しそうでもある。
もしかして、マリナ騎士団長は、商売も好きなのかな……。
俺は、『フェアリー商会』の各事業について、一通り説明した。
「そうだね……まずは……『領都セイバーン』や王都でかなり需要があると思われるのは、『使用人育成学校』だね。今やってるのは、見習いとして働かせながら習得させる方法で、働かせる代わりに無料で教えてあげるというやり方だね。『領都セイバーン』や王都ならお金が取れるよ。ただ使用人に対して高い授業料を払う者は少ないだろうから、ある程度抑えないとまずいだろうけどね。だからこの事業は、儲かる事業というよりは需要がある、必要とされている事業ということなんだけどね……」
マリナ騎士団長はそう言って、ニヤリと笑った。
最初の指摘が『使用人育成学校』という微妙に渋いところだったので、少しびっくりしたが……逆に言うと俺の発想の中にはあまりなかったので、この時点で既にありがたい指摘である。
マリナ騎士団長は、さらに掘り下げた話をしてくれた。
それによると……
現状、使用人を新たに雇う場合、各家で見習いとして雇い入れ、先輩が教えるというやり方が一般的らしい。
だが、それは非効率なのだそうだ。
このやり方も、大きな屋敷で、人手に余裕があるなら良いのだが、少ない人数でやりくりしているところでは、新人を教えるのはかなりの負担になるようだ。
そういう現状を鑑みると、今までなかった『使用人育成学校』は、喜ばれる可能性が高いとのことだ。
使用人を本格的に教育し育成してくれる機関があれば、かなりの申し込みがあるだろうとマリナ騎士団長は予測していた。
新たに使用人を雇う際に、短期集中で基本を身につけさせてくれる機関があれば、お金を払ってでも送り出すのではないかとのことだ。
そこで、今の無料で希望者を受け入れて、働きながらゆっくり身に付けてもらうやり方とは別に、授業料をとって十日間とか二十日間の短期集中で、基本を身につけさせるコースを作ってはどうかと提案してくれた。
そしてそれがリーズナブルな授業料であれば、皆送り出すのではないかとのことだ。
礼儀作法や使用人としての基本だけを身に付ける『十日間集中基本コース』と、それをもとに、より実践的な仕事術や知識を身に付ける『二十日間集中実践コース』を作ったらどうかというより具体的な提案までしてくれた。
余裕があるところは、この二つのコースを合わせて三十日間で、一人前の使用人に養成するだろうとのことだ。
その程度の期間なら、人を育成する時間として、雇い主側も十分待てるだろうとのことだった。
一日五千ゴルの計算で……日本円にして五千円くらいだが……十日間コースが五万ゴル、二十日コースが十万ゴルの授業料なら、支払うのではないかとも教えてくれた。
かなり具体的で素晴らしい提案に、俺は頷くしかなかった。
というか……完全にマリナ騎士団長……『フェアリー商会』の一員状態だと思うんですけど……。
もしかしたらマリナ騎士団長も、『フェアリー商会』に関わりたいのかもしれない……。
今の立場上、表立って関わることができないから、こういうかたちで参加したいのかな……。
ちらっとそんな風に思ってしまった。
まぁ俺としてはありがたい話なので、今後も頼りにさせてもらおうと思っている。
授業料は、俺の感覚では安い気もするが……マンツーマンじゃなくて、まとめて講義ができるから、申込者が多いなら十分高収益な事業になるだろう。
ただ何百人も受講するわけじゃないだろうから、収益性の高い黒字事業というだけであって、莫大な利益を生み出す事業にはならないだろうけどね。
それでも必要とされていて、喜ばれるならやる価値はあるよね。
マリナ騎士団長の話では、『領都セイバーン』や『王都』には貴族も多いし、その傍系も多いのだそうだ。
また、裕福な商人などの上流階級の人間も多い為、使用人を使っている屋敷はかなり多いらしい。
執事や侍女、メイドなどは比較的人気がある仕事らしいが、誰でもなれるわけではないので、雇用する側としては人の確保は意外と大変らしい。
(王都や大きい領の領都だったら、一時的に使用人を派遣するビジネスをしてもかなりの需要があると思うのよね。多くのお客様が集まる晩餐会やイベントの時に、一時的に人手が欲しいのよね。人材派遣部門を作っても、喜ばれると思うわよ!)
おとなしく話を聞いていたビャクライン公爵家長女で見た目は四歳児中身は三十五歳のハナシルリちゃんが、念話でそう言ってきた。
確かにそうかもしれない。
多くのお客さんを招くときや、舞踏会などのイベントのときに、臨時の人手は必要なんだよね。
今は貴族間同士で使用人の貸し借りをしているようだが、気軽に頼めるところがあったら喜ばれるよね。
使用人の人材派遣は、かなり需要がありそうだ。
ただ『フェアリー商会』で抱えることになる使用人たちが、派遣依頼のない時に何をしてもらうかは、検討しておく必要があるけどね。
もっとも、今の『おもてなし特別チーム』を増員しておいて、転移の魔法道具を使って移動するかたちにすれば、派遣業務だけで仕事が埋まるかもしれない。
今日は『領都セイバーン』、明日は『王都』というように場所を気にせず移動できるからね。
この事業も、前向きに考えてみるかな……。
そしてマリナ騎士団長のアイディアは、まだ終わっていなかった。
「既に使用人として働いている者に対しての、護身術の教授も需要があると思うよ。普段身近にいる執事や侍女、メイドがある程度護身術ができて、主人やその家族を守ることが出来るなら、雇う側としては、かなりありがたいことだからね。これも短期で、もしくは定期的な開催で実施すればいいと思う」
マリナ騎士団長は、顎に手を当てながらそう言った。
なるほど……今度は新人教育ではなく、既に一人前の使用人たちに対して、+ αの技能を身につけさせるための教育ということか……。
確かに……護身術の需要はありそうだ。
いわゆる護衛メイドというやつだ。
自分の大事な子供たちのお付きのメイドたちが、護身術を使えたらより安心できるよね。
これなら既存の使用人たちをも、学校に送り出すかもしれない。
そして、使用人の数が多い大きな屋敷の場合、こちらから講師を派遣してもいいかもしれない。
ただ、護身術の先生ができる人がほとんどいないから、それが問題だ。
『護身柔術体操』を指導できる人は、『フェアリー商会』の中に増えてきているけど、『護身柔術』自体を指導できるほど身に付けているのは、やはり吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんくらいなんだよね。
マリナ騎士団長のナイスな提案ではあったのだが……人材的に厳しいかもしれない。
『護身柔術体操』だけでなく『護身柔術』自体を教えることができるスタッフを増やさないと、この構想は難しそうだ。
まぁいずれにしろ、もう少しいろいろ詰める必要はありそうだ。
ただマリナ騎士団長のお陰で、新たなビジネスの視点は確立された感じだ。
本当に大きな需要があるなら……いわゆるスクールビジネスは、面白いと思う。
『使用人育成学校』に限らず、スクールビジネスという観点で、いろいろ考えてみたら面白いかもしれない。
教育は大事だからね。
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