715.リングアナウンサー、ゲットだぜ!

 午後になって俺は、『コロシアム村』に作ってある役場庁舎に来ている。


 ここでは、『三領合同特別武官登用武術大会』の運営をしていたセイバーン公爵領の文官たちが、昨日の襲撃事件の後の様々な事柄の処理をしている。


 俺が来た目的は……念願の……あのリングアナウンサーに会うためだ。

 まぁ実際は、リングアナウンサーではないけどね。

 アナウンスを担当していた文官だ。


 彼は大会期間中、選手紹介や様々な告知のアナウンスを、拡声の魔法道具を使って行っていたのだが、その熱いアナウンスがユニークで面白かったのだ。


『フェアリー商会』に引き抜くことは難しいと思うが、とりあえずどんな人物か会ってみたかったのである。


 今日の午前の打ち合わせの終わりに、ユーフェミア公爵に会ってみたいという話をしたら、午後に役場庁舎に来るように言われたのだ。


 その時ユーフェミア公爵は、ニヤけていた。

 そして、「あいつは確かに面白いからね。あの家は変わり者が多いしね」と言いながら、愉快そうにしていたのだ。



 俺が訪れると、ユーフェミア公爵が出迎えてくれた。


 個室に案内され、そこには金髪の若い青年がいた。

 改めて近くで見ると、かなりのイケメンだ。


「はじめまして、私はマスカット子爵家のシャイニング=マスカットと申します。直接お話しさせていただけて、光栄に存じます」


 彼はそう言って、貴族の礼で挨拶してくれた。


 あの熱狂的なアナウンスをする人とは、思えない普通の感じだ。


「はじめまして、グリム=シンオベロンです。大会期間中、あなたの素晴らしいアナウンスを聞いて、一度お会いしたいと思っていました。忙しい中、時間を作っていただき、ありがとうございます」


 俺がそう挨拶すると、彼は恐縮そうに更に頭を下げた。


「シンオベロン閣下のお役に立つことであれば、何でもさせていただきます!」


 彼は、笑顔でそう言ってくれた。


「ユーフェミア様……彼は文官ですので、さすがに『フェアリー商会』で引き抜くのは……まずいですよね?」


 俺は、単刀直入に尋ねてみた。


「私は構わないよ。本人の気持ち次第さね。これから始める格闘技興行でアナウンスさせたいんだろう?」


「はい、お客さんを盛り上げることができる素晴らしいアナウンス力だったので」


「シャイニング、『フェアリー商会』でお前さんをスカウトしたいらしいが、どうする?」


 ユーフェミア公爵は、気軽な感じでシャイニングさんに話を振ってくれた。


「はい、誠にありがたいお話ではあるのですが……我が家の事情で、今文官を辞めるというわけには……」


 シャイニングさんは、少し困った顔をした。


「なんだい? やっぱりお金の問題かい? あいつがまた浪費してるんだろう?」


 ユーフェミア公爵がニヤけながら言った。


「はい。お恥ずかしい限りで……。どんどん家の財が減っていっておりますので、私は安定的な職業で、かつ兄の監視というか……近くにいないといけない状況でありまして……」


「そうかい。まぁそんな気はしたけどね。給金だけなら『フェアリー商会』が弾んでくれる可能性もあるけど、実家であいつを監視したいってことなら難しいかもしれないね」


「すみません。あの……それで、もし……差し支えなければなのですが……シンオベロン閣下、私の妹の採用を検討してみていただけないでしょうか? 実は私が行っているアナウンスのほとんどは、妹から教えてもらったものなのです。妹は家の手伝いをしていますが、文才もありますし、弁が立つのです」


 シャイニングさんが、唐突に妹さんの話を切り出した。

 予想外の展開だが……こういう展開はそんなに嫌じゃない。


 それに、彼の話が本当ならば、妹さんは、彼と同等かそれ以上の能力があるということだろう。


「もしよろしければ、一度面談をさせていただければと思いますが……」


「ありがとうございます。実は今回の大会のサポートもしてくれていたのです。選手紹介の原稿も、実は妹が書いてくれていました。すぐ近くにおりますので、よろしければ呼んできます」


 おお、それは話が早い。

 そしてあの選手紹介は、よく調べてあるし、アピールポイントが上手でよくできていた。

 妹さんが作っていたのか……。

 実力は、間違いないだろう。


「では、待ってますので、呼んできてください」


「わかりました。すぐに呼んで参ります」


 シャイニングさんはそう言って、足早に部屋を出て行った。



 少しして……シャイニングさんとともに、金髪ポニーテールの美人さんがやってきた。


「あの……突然すみません、私は、マスカット子爵家のシャイニー=マスカットと申します。よろしくお願いします」


 彼女は、元気よく頭を下げた。


 俺は彼女に挨拶をして、話を聞いた。


 彼女は十七歳で、家の手伝いをしているらしい。


 兄のシャイニングさんの話によると、彼女は子供の頃から、文章の才能と話す才能があったそうだ。

 盛り上げるのが得意で、特に大人数の前で話すのが大好きで、子供の頃から物怖じしない性格だったらしい。


 ちなみにシャイニングさんは、次男で二十歳とのことだ。

 彼は優秀なようで、成人してすぐに文官になっているので、もう五年目のキャリアらしい。


 二人の上には、シャイン=マスカットさんという長男がいて、ご両親がなくなっているために、家督は長男が継いでいるのだそうだ。

 二十四歳とのことだ。


 マスカット子爵家は、代々『領都セイバーン』の広大な荘園の半分の管理を任されている名門貴族のようだ。


 領の農産担当執務官の一人でもあるとのことだ。


 長男のシャインさんは、自分と縁があった人を手助けするために、仕事をつくってあげようと商会を設立したらしい。

 ただその商会が全くうまくいっておらず、先祖代々蓄財してきた財産の半分以上が無くなってしまったのだそうだ。

 このまま続けば、破産もありうる危機的な状態らしい。


 そういうこともあって、次男のシャイニングさんは、兄のそばを離れられないということのようだ。


 話を聞く限り、結構深刻だと思うのだが、ユーフェミア公爵は終始半笑いしている。

 今のところ、なぜなのかはよくわからないが……。


 ユーフェミア公爵の半笑いは……呆れて笑っている感じなんだけど……この感じは……そんなに嫌ってる感じではない。

 逆に会ってみたくなる……。


「シンオベロン閣下、私はいずれ家を出る身です。もし『フェアリー商会』でお役に立つのでしたら、ぜひ働かせてください。兄が言ったように、私は人前で話すことが好きなので、それでお役に立てるなら、この上ない幸せです。ぜひお世話にならせてください」


 シャイニーさんは、改めてそう言ってくれた。

 こっちとしても、願ったり叶ったりだ。


「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺は、試しにアナウンスもやってもらおうかとも思ったが、何の雰囲気もないここでやらせるのは可哀想だし、話している感じで十分彼女ができそうだということはわかったので、即決で採用することにした。


 シャイニングさんが、自分のアナウンスよりも、はるかにすごいと力説していたし、大丈夫だろう。


「それから……シンオベロン閣下、不躾で失礼なお願いですが……これからセイバーン公爵領に『フェアリー商会』を本格的に進出されると聞いています。もしできれば、領都を訪れた際に、兄の商会を見て助言いただけないでしょうか。私が言うのもなんですが、兄には全く商売のセンスがないのです……。全く見込みがないようだったら、商売をたたんで、働いてる人たちを『フェアリー商会』さんにお願いするということも考えた方が良いと、個人的には思っているのです……」


 シャイニーさんは、言い辛そうにそんな話をした。

 そして後半は、結構悲壮感が漂っていた。

 だいぶお兄さんの商会のことを、心配しているようだ。


「わかりました。私でお役に立てるか分かりませんが、機会があれば一度見てみましょう」


 俺は少し苦笑いしてしまったが、そう答えてあげた。


 なんとなく……ダメな会社をコンサルティングで立て直すみたいな感じだ。

 それはそれで、面白いかもしれない。

 もっとも、実際はかなり大変だろうけどね。



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