614.魔物化の、波。

 俺がニアとともに、空を飛んで『コロシアムブロック』に戻ると、皆一様に驚いていた。

 両脇に半裸の男を二人抱えていたからだ。


 操縦型の人工ゴーレムである釣鐘ロボを無力化したことと、新幹部『魔物の博士』『酒の博士』を捕らえたことを、ユーフェミア公爵たちに説明した。

 そして第一王女で審問官でもあるクリスティアさんに、尋問をしてもらうようにお願いした。

 彼女の持つレアスキル『強制尋問』によって、スムーズに情報を引き出すためだ。


「フッフフッ、今更我らから情報を引き出したところで、無駄、無駄、無駄! 無駄だ!」


「そうだ。哀れなものよ……もうすぐ首領様が来る! もうお前たちはおしまいなのだ!」


「もう人の魔物化は止められないぞ!」


「誰も恐怖の渦から逃れることはできない……」


「いいだろう、教えてやろう……人の魔物化が広がれば、何が起きると思う? ……目覚めるのだよ! ハッハッ、ついに我らの大願が叶うのだ! 古の魔法機械神様が復活されるのだ!」


「今の権力構造は、全て破壊される。愚かな者供もだ。そしてその後には、素晴らしい世界が訪れる。そうすれば、我らが正しかったことがわかるだろう! ハッハハハハ」


 『魔物の博士』と『酒の博士』が、尋問を始める前からまくし立てた。

 半分やけくそで叫んでいるようにも見えるが……奴らの目は確信に満ちている。

 信じきっている様子だ……狂信者の目とは、こういうものなのだろうか……。


 だがこの話が本当だとすれば……もうすぐ首領が現れるということだ。

 そもそも今回の『三領合同特別武官登用武術大会』の目的は、『正義の爪痕』の首領をおびき寄せて、組織を壊滅させることだった。

 その意味では願ったり叶ったりなのだが……改めて宣言されると、一抹の不安を感じる。

 今までの感じを見ていると、まともに正面から仕掛けてくるとは思えない。

 そしてなぜこのタイミングまで首領が現れないのか……不気味さを感じる。


 奴らの目的は、ユーフェミア公爵たちを殺すことよりも、より多くの人を魔物化させることにあったようだ。

 どういう原理かわからないが、それにより古の魔法機械神とやらが復活すると信じているらしい。

 古の魔法機械神というのは、本当に神なのかどうかわからないが、人々を抹殺するような神だとしたら迷惑この上ない。

 もしそうなら、相手が神でも戦うしかないが……。

 本当に神がそんなことをするとは考えづらい。


 俺に思い浮かぶ神といえば、『土の大精霊 ノーム』のノンちゃんだからね。

 気のいい愉快な優しい神のイメージしかない。

 それに『光柱の巫女』のテレサさんたちに力を与えてくれているのも、神だからね。



 本格的に『魔物の博士』と『酒の博士』に対する尋問を、クリスティアさんが始めようとしたその時……


 ——バゴーンッ、ガッガガッガァァァ


 大きな爆発音のようなものが響いた!


 コロシアムの観客席の一画が崩れている。

 何かが落下したようだ。

 振動とともに、凄い風圧が押し寄せてきている。


 一体なんだ……?


 土埃が晴れると……そこには巨大な箱型の物体があった。


 ——ギィィィ、ガチャンッ、バンッ


 今度はなんだ!?


 箱の前面が開いている!


 ……中から、何が出てくる……


 また、魔物か?


 いや……違う!

 ……人だ!


 あれはどう見ても……普通の人間だ。

 だが少し様子がおかしい気もする……。

 皆どんよりとしたオーラを纏っているような……


 しかしなぜ……魔物でも『死人魔物しびとまもの』でも『魔物人まものびと』でもなく、普通の人間が……?


 すごい数で……ざっと……百人以上は、いそうだ。

 この局面で、いったい彼らに何ができると言うんだ?


 ん……何か叫びながら、こっちに向かってくる。

 怒りの形相だ。


 みんなそうだ。

 すごい数の人間が、怒りの形相でやってくる。


 彼らの顔は、悪意に満ちている。

 まさか……


 え、先頭の一画にいる男……そして両側の女性……?

 ……あれは、『総合教会』セイバーン支部の支部長とお供をしていた中年のシスター二人じゃないか!


 なんでこの中に!?


 ん?

 今度はなんだ?

 この違和感……


 上空から……何かの音……超音波のようなものが響いている気がするが……。

 この微妙な音波の感じ……なんとなく……『操蛇の笛』と似たような感じだが……


「おのれ、何が『光柱の巫女』だ……。小娘如きが、私を差し置いて……私がどれだけ教会に尽くしたと思っている! 何が一からやり直せだ、ふざけやがって! たまたま神に選ばれたからって、いい気になるんじゃない! テレサ、サーシャ、アリア、お前らなどに何ができる!」


「よくも、よくも私たちを軽んじたな……。何が違うというのだ!」


「同じ女なのにどうして……恨めしい。神にも愛され、美貌も備え持ち、私だって……」


 支部長とシスターたちの言葉を拾ってしまった。

 完全にマイナスの感情に支配されているようだ。

 神に使えていたはずの者がなぜ……


 なんとなくだが……さっきの超音波のような違和感があってから……人々の悪意が増幅されているような気がする。

 ここに現れた人たちは……恐怖の波動というよりも、悪意の波動に支配されているようだ。


「おのれ、テレ……グガアァァァ」


「よくも……う、ギャアァァァ」


「どうして……び、ビギィィィ」


 うわぁ! 教会支部長とシスター二人が魔物化していく……

 そして周りの人たちもだ。


 教会支部長は……蛇の『魔物人』になってしまった。

 シスター二人は……サメの『魔物人』になっている。


 ああ……箱から現れた人々が、次々に魔物化していく。

 百人もの人たちが、皆『魔物人』に変わっていく……


 ダメだ……もう止められない……



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