584.ビャクライン公爵VS、グリム、その一。

 ビャクライン公爵は、未だに大剣を構えたまま俺を睨みつけている。

 そんなに睨まないでほしいんですけど……。


 うーん、どうしたものか……公爵は自分からは仕掛けない気なのだろうか……。


 俺から仕掛けるべきか……


 まずは距離を詰めるか。


 俺は、一歩二歩と距離を詰めた。


 もう三歩ほど近づいたら打ち込もうかと思った時だ——

 ビャクライン公爵が動いた!


 速攻の斬撃が俺を襲う——

 真上からだ!


 俺は上から迫る大剣を、剣をかざして受けると同時に、体を横に流して衝撃を受け流した。


 公爵は、足の踏ん張りですぐに体勢を戻し、今度は下から斬り上げてきた。


 これも剣で受けると同時に、その衝撃を利用して、俺は空中で一回転しそっと着地した。


 我ながら軽業師のような身のこなしをしてしまった。


 ここで、コロシアムがどっと沸く!


 そして、ビャクライン公爵も何やら嬉しそうにニヤけている。

 この人……やっぱりバトルジャンキーらしい。


 第一ラウンド終了で仕切り直しといった小休止だが、公爵は呼吸を整えるのではなく、大剣を構えたまま相撲の四股を踏むような動作をしている。

 よくわからないが……筋肉に負荷をかけているのか?

 まさかパンプアップじゃないよね……?

 てか……スキルを使ってるのか…… 『戦闘負荷筋肥大バトルパンプアップ』?

 戦いの中で負荷がかかると、それに応じで筋力と攻撃力が上がるスキルらしいから、もしかしたら発動中なのかもしれない。

 なんとなくだが……任意発動型ではなく常時発動型のスキルっぽいから、自分で負荷をかけているのかなぁ……。


 俺は、その様子を剣を構えながら黙って見ていたのだが……


 その様子が気に入らなかったのか、唾を吐きながら途中で止めて、俺に斬りかかってきた。


 そして、その斬り込みは特殊だった。

 なぜか上段からの斬り付けを三回繰り返しながら、斬り込んできたのだ。

 本当の斬撃は四回目の斬り付けである。

 まるで剣道の面打ちの稽古のような打ち込みだ。

 あんな大剣を、わざわざ三回振りながら攻撃してくる意図が全くわからない。

 攻撃スピードも遅くなるし、体への負荷も相当かかるだろう。


 俺は、最初と同じように受け流したのだが……。

 さっきの斬撃より衝撃が大きくなっていた。

 確実に威力が上がっているようだ。

 剣から伝わる衝撃が、物凄かったからね。


 いくら『限界突破ステータス』の俺でも、痛みも感じるし普通の感触もある。

 だから痺れるという感覚もわかるのだ。

 ただそれに耐えられる体ということなのだ。

 決して痛覚がなかったり、不感症というわけではないことを強く言っておきたい!

 ちゃんとモフモフの感覚も味わえるし、くすぐったさも味わえるのだ。

 まぁ今はそんな事を主張している場合ではないが……。


 威力が増したこの斬撃は、俺でなかったら弾き飛ばされていただろう。

 最初と同じような斬撃が来ると予想していたはずだからね。


 やはりスキルを使っているようだ。

 四股のような動作も、斬撃の前の不必要な予備動作も、敢えて自分の体に負荷をかけていたのだろう。

 そしてそれによって、見事に威力が上がっていたようだ。


 かなり恐ろしいスキルかもしれない。

 戦いが長引いたり、ピンチになっても、その分筋力と攻撃力が上がるということだからね。

 少年漫画のヒーローのような土壇場の粘りみたいなことが、できるわけだよね。


 今回の斬り込みは、一撃だけで、前回のような切り返しはなかった。

 予備動作が多く体に負荷がかかったのか、それとも同じ轍を踏まないということなのか……。


 だが、休むわけではなく、じりじりと俺のほうに詰め寄ってきている。

 更なる斬撃を出すつもりのようだ。


 よし! ここは攻めてみよう!


 俺は、スッと飛び出し剣を打ち出す——


 ビャクライン公爵は見事な剣捌きで、俺の連続する打ち込みを全て受けた。

 あの大剣をここまで自在に操るのは、凄い腕前だ。

 相当な訓練を積んでいるに違いない。

 そして俺の斬撃も、受け流さずに一度剣で受けている。

 やはり体に負荷を与えているのだろう。

 でもこの戦い方は…… 一つ間違えば危険だと思うんだけど。


 俺の打ち込みは、当然手加減してある。

『限界突破ステータス』の俺が、本気で打ち込んだらまずいことになるからね。


 ありがたいことに、力の加減は結構うまくできるんだよね。

 魔法の加減というか魔力調整は未だ心もとないが、物理的な力の調整はかなり精密にできるのだ。

 魔力調整も以前に比べれば、かなりできるけどね。


 リリイたちが使っている訓練用の魔法道具『足枷のアンクレット』を使うことも考えたが、俺にはあまり意味がないので使わないでいる。

『足枷のアンクレット』は、最大で九割まで能力値を下げられるが、俺の場合九割下げたとしても、レベル100くらいだから意味がないのだ。

 それよりも自分で調整した方がいいし、調整の精度が上がる。

 今も、感覚的にレベル45から50くらいの力加減にできていると思う。

 時々仲間たちの訓練にも付き合っているから、その時の感覚で大体わかるのだ。

 ちなみに日常生活の時は、なぜか力の加減をしなくても普通の感覚で問題なく暮らしている。

 戦うときの力の入れ具合に、調整が必要なのだ。

 この世界のレベル制は、生活する上での基本的な能力値に、レベルが高い分だけ追加で力を出せるというような仕組みなのかもしれない。

 まぁあくまで俺の想像だが……。


 再びインターバルといった感じで、お互いに呼吸を整えている。


 俺はビャクライン公爵に少し意地悪したくなって、かなり連続した斬撃を打ち込むことにした。


 ——ザンッ

 ——バンッ

 ——ザンッ

 ——バンッ

 ——ザンッ

 ——バンッ

 ——ザンッ

 ——バンッ

 ——ザンッ

 ——バンッ


 公爵は受けに徹しているが、俺の打ち込みが想像を超えて長いようで、かなり追い込まれた感じになっている。

 観衆にも、俺が有利なように見えているだろう。

 だが、公爵のスキルからすれば、力を高めていることになる。

 これからが逆襲といったところだろう。


 俺は、適当なところでわざと公爵の正面で剣を合わせ、鍔迫り合いをするかたちに持ち込んだ。

 ここで一息つくタイミングになるし、公爵にとっては逆襲のタイミングにもなると考えたのだ。


 ——ドスッ


 さすがビャクライン公爵、俺の予想通り、一瞬の隙をついて蹴りを入れてきた。


 俺は、当然避けずに、まともに受けて吹っ飛んだかたちになった。


 これで本当のインターバルである。


 ここでまた観客がどっと沸いた。

 劣勢に思えていた公爵が、一瞬の隙をつき形勢逆転したからだ。


 お客さんが沸いていると嬉しいし、沸いてほしいタイミングで沸いてくれるとより嬉しい。

 なんか……俺もプロレスラーになろうかな……覆面レスラーで格闘技興行に時々出ようかなぁ……

 いかん、いかん、今考えることではなかった。




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