515.怪しい、商会。
外出していたユーフェミア公爵が、守護のピオーネ男爵と代官さんを引き連れてやってきた。
この街の近郊で開催する予定の『三領合同特別武官登用武術大会』について、相談があるとのことだ。
俺は、まだ本格的にこの街を散策していないのだが、『三領合同特別武官登用武術大会』が行われると発表されて以降、かなり活気づいているらしい。
既にセイバーン公爵領の全市町で告知がされており、どこも活気づいているのだそうだ。
『三領合同特別武官登用武術大会』に出場したいと考える者や、見学したいと思っている者などは、既に旅支度を整えて出発しているらしい。
想定以上に人が集まる可能性があり、この『セイセイの街』の宿屋では受け入れ切れないと予想しているようだ。
そこで相談されたのが、『コロシアム村』の宿を大会期間中だけでなく、前倒しでオープンして訪れる人を受け入れられないかということだった。
そして、『セイセイの街』にも可能なら宿屋を作らないかと提案された。
この短期間で新たに宿屋が作れるのは、確かに俺たちしかいないだろうが……建物は作れても、働く人がいないと営業できない……。
『コロシアム村』を運営するスタッフは、期間限定なので『フェアリー商会』のメンバーで動ける者や俺の眷属である『聖血鬼』のメンバーや『舎弟ズ』たちを動員しようと思っていた。
それでも人数が足りない感じだったのだが……。
前倒しで営業するのはかなり厳しい……。
さて……どうしたものか……。
まずは『聖血島』に残って暮らすことを選んだ『聖血鬼』の人たちに応援を頼んでみるか。
期間限定だし、お願いすれば協力してくれるんじゃないかと思う。
後は……『セイセイの街』で、大々的な求人をかけてみるしかないなぁ。
「ユーフェミア様、人材の問題はあるのですが……何とか手配してみます。それからできれば、この街で大々的に求人をかけたいのですが、告知などの協力をいただけると助かります」
俺は、『セイセイの街』での求人の協力を願い出た。
「そうかい、助かるよ。求人については、街中に告知を徹底しよう。ピオーネ男爵、その辺は頼むよ」
ユーフェミア公爵はそう言って、ピオーネ男爵に指示を出してくれた。
『三領合同特別武官登用武術大会』は、四日間の日程で開催される。
一日目は予選で、二日目が本選、三日目が決勝戦と特別模擬試合、四日目が表彰式と祝賀式典という予定になっている。
思ったよりも大掛かりな大会になってしまったのだ。
図らずも領を上げてのお祭りのような感じになってしまった。
本来、『正義の爪痕』をおびき寄せる為の作戦だったのだが、想像以上に人が集まりそうな感じになってしまった。
実際『正義の爪痕』が襲ってくるかわからないが、人が多ければそれだけ守るのが大変になるので……予想以上に人が集まるのは、少し困ったことなのだ。
建設した『コロシアム村』の地下には避難シェルターを作ってあるが、それだけで安全を確保できるわけではない。
襲撃があったときに、人が多いほど避難するのに時間がかかるからね。
『スライム軍団』『野鳥軍団』『野良軍団』『爬虫類軍団』も動員するので、シェルターに逃げるまでの間、人々を守ることはできると思うが……どんな方法で襲ってくるか分からないので、一抹の不安はある。
もっとも、何をするにしても完璧は難しいので、悩んでもしょうがないかもしれないけどね。
「ユーフェミア様、少しご相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
『花色行商団』の団長で、巷で話題の怪盗ラパンでもあるルセーヌさんが、俺たちの話が一段落したのを見て、歩み寄ってきた。
ちなみに『花色行商団』の皆は、ユーフェミア公爵の庇護の下、『フェアリー商会』の所属になった。
ルセーヌさんも何もないときは、『フェアリー商会』のメンバーとして働くことになっている。
ただ基本的には、ユーフェミア公爵の密命を受けて、影の任務につく予定なのだ。
今までの怪盗としての華麗な技術と経験、情報収集能力を生かし隠密として活動するらしい。
なんとなく……ユーフェミア公爵お抱えの“忍”みたいな感じで、かっこいい。
「なんだい? 言ってごらん」
「はい。実は……気になる商会がありまして……。セイバーン公爵領に入ってから訪れた『ヨバーン市』と『ナセセイの街』で怪盗ラパンとして盗みに入った商会なのですが、かなり悪どいことをしている『マットウ商会』という商会があります。セイバーン公爵領全域に進出している新興の商会ですが、ご存知でしょうか?」
「『マットウ商会』……聞かないね……」
ユーフェミア公爵は知らないようで、ピオーネ男爵の方に視線を向けた。
「ユーフェミア様、『マットウ商会』というのは、ここ一年ほどで急速に成長した総合商会です。おそらく今では、わが領の全市町に支店を持っていると思います。豊富な資金を持つ商会と聞いています。私も賄賂のような申し出をされたことがあります。もちろん断りましたが……」
ピオーネ男爵は知っているようだ。
そしてこの街の商会関係者から接触されていたようだ。
「なるほど…… 一年足らずでそこまで大きくなるなんて、よほど資金が豊富なんだね……。ルセーヌ、気になるところってのは、どんなことだい?」
「はい、豊富な資金の下、買い占めや買い叩きなどを行って悪どい商売をしています。他の商会の悪い噂を流したりもしています。これだけでも健全な経済には悪影響ですが、それ以上に資金の流れが怪しいんです。稼いだ資金がどこかに流れているようなのです。実際に盗みに入っても、想像していたよりもはるかに少ない量の金貨しかありませんでした。犯罪組織に流れている可能性があります。あくまで私の予想ですが、『正義の爪痕』とも関係があるかもしれません。その資金源になっているか、そもそも『正義の爪痕』が運営している可能性もあります。ただ、盗みに入ったときに書類も見たのですが、繋がりを示すようなものは見つけられませんでした」
「なるほど……確かに……それは怪しいねぇ……」
「もしよろしければ、この街にある『マットウ商会』についても調べたいのですが……」
「わかった。是非頼むよ。ただ本当に『正義の爪痕』と関わりがあるなら、しばらく泳がせたい。警戒されないように、充分気をつけて調べておくれ」
「はい。かしこまりました」
ルセーヌさんから、いい情報がもたらされた。
『マットウ商会』が本当に『正義の爪痕』と関係があるなら、そのルートから首領に近づけるかもしれない。
仮に『正義の爪痕』と繋がっていなかったとしても、悪徳商会はほっておけないから、調べた方がいい。
俺も客として訪れてみるかな……。
それからユーフェミア公爵から、衛兵隊の素行調査についての報告があった。
セイバーン家長女のシャリアさんと守護のピオーネ男爵の調査により、ゲス衛兵の問題行為の全容が明らかにされたようだ。
それにより、ゲス衛兵は衛兵隊をクビになるとともに、犯罪奴隷として労働刑が課せられることになったそうだ。
他の問題衛兵についても、厳正に処分されるとのことだ。
そしてトップである衛兵長は、その任を解かれ、新設する街道巡回特別班の班長として、現場で汗を流すことになったらしい。
街道巡回特別班は、主にこの『セイセイの街』と新しく作る『コロシアム村』の間の街道や周辺を巡回警備をする専門の班なのだそうだ。
大幅な降格人事ではあるが、非常に重要な班での勤務となるようだ。
おそらくユーフェミア公爵の配慮で、チャンスを与えたという意味もあるのだろう。
そして今回部下の迷惑行為を詫びて、衛兵の有り様を守ったモルタ班長は、ゲス衛兵の直属の班長だったが、配属されて日が浅いと言うこともあり、特別な処分を下される事はなかったようだ。
役職名はつかないが、風紀維持の先頭に立つ特別任務を与えられたそうだ。
新たな衛兵長は、規律の乱れを一掃するために内部からではなく外部から登用することにしたらしい。
『領都セイバーン』の衛兵隊から、抜擢登用するとのことだ。
なんでも貴族の令嬢でありながら衛兵隊に所属し、特別捜査班という犯罪捜査を専門にする班の班長をしている女性らしい。
シャリアさんの友人でもあって、共に飛竜を駆る仲間でもあるようだ。
その優秀な女性を、衛兵隊長として抜擢するらしい。
話を聞く限り犯罪検挙率ナンバーワンの敏腕刑事のような人らしい。
『投擲』スキルの使い手で、銭貨や銅貨を投げて犯罪者を無力化するという凄技を持っているそうだ。
特別捜査班から抜いてしまうのは、犯罪検挙という意味では痛手らしいが、優秀な人材なので登用する機会を考えていたらしい。
もう連絡してあって、飛竜で向かっているので、明日には着くとのことだ。
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