510.降りていた、二つの神託。
テレサさんが少し落ち着いたところで、俺たちは教会の隣にある孤児院にお邪魔した。
孤児院の建物は、二階建ての大きな建物だった。
建物自体は、想像していたよりも大きくて立派だ。
ただ、所々に傷んでいるところがある。
敷地の中には、小さな菜園があって葉物野菜が栽培されている。
井戸があって、洗い物をする場所も広くとってある。
だが、残りのスペースは、子供たちが遊ぶにはかなり狭い感じだ。
ある程度の庭面積があれば、『ぽかぽか養護院』でやっているような果樹の栽培や鶏の飼育ができるように整備をしようと思ったが、無理なようだ。
周囲には、木の柵が巡らせてあるが所々に穴が開いている。
教会側とは反対の隣接地は、空き地のようで、ここが事実上の子供たちの遊び場になっているようだ。
広さは、孤児院の敷地と同じくらいある。
テレサさんに聞いてみたが、この空き地は教会の持ち物ではないらしい。
この空き地が手に入れば、果樹の栽培や鶏の飼育もできるんだが……。
そう思いながら眺めていると、突然孤児院の方が慌ただしくなった。
見てみると……なぜか『花色行商団』のルセーヌさん達が、板を持って補修作業をやり出している。
停めてある馬車から、道具と板を持ってきて、建物の傷んでいるところを補修し始めたのだ。
話によると、彼女たちは、簡単な馬車の補修などは自分たちでやるようで、大工仕事は得意なのだそうだ。
自分たちも何かできることをやりたいと言って、どんどんやり始めてしまったらしい。
テレサさんは恐縮していたが、少し嬉しそうでもあった。
直してもらうことよりも、そう思ってくれた気持ちが嬉しかったのだろう。
俺たちの『共有スキル』にセットされている『家魔法』を使えば、すぐに直せるが……たまには、こういう実際の大工仕事もいいと思う。
俺も手伝うことにした。
今日はチートなしでやろう!
子供たちも楽しそうに手伝っているし、リリイとチャッピーも嬉しそうだ。
そして、なぜかニアさんは……張り切って指示を出している。
完全に仕切っちゃってるけど……あの人が仕切って大丈夫なんだろうか……。
それにしても、もうちょっと広さがあるといいんだけどなぁ……。
やっぱ……隣の空き地……欲しいな……。
うん! 購入しよう! 空き地を購入して、孤児院に寄付しよう!
ということで、俺は作業を少し抜け出し、『アメイジングシルキー』のサーヤに念話をして来てもらうことにした。
サーヤはすぐに、来てくれた。
コロシアム建設予定地に置いてある飛竜船にセットした『家馬車』に、移転で来てくれたのだ。
『竜馬』のオリョウも一緒に連れてきてもらったので、そこからは『家馬車』で来てもらった。
思ったよりもこの町に長くいそうなので、『家馬車』が必要だったから丁度よかったのだ。
そしてなぜか……サーヤと一緒に俺の分身『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビー顕現体も現れた。
ナビーは、『残念B組ナビ八先生』で教鞭を振っていたはずだが……一緒に来ちゃったらしい。
まぁナビーは、本体である俺に起きていることを常に把握できる存在だからね。
本体であるはずの俺は、ナビーのことを把握しようと念じなければ把握できないし、下手にそれをやるとセクハラだと糾弾されるので、基本的に放任するしかない状態なのだが……トホホ。
「旦那様、用件は了解いたしました。土地の購入は、私が『商人ギルド』を訪れて、持ち主を探して買取交渉してみます」
サーヤはそう言って、早速出かけてくれた。
「マスター、この街についてもいろいろ調査する必要があると思います。近郊で開催する武道大会の件もありますし。行って参ります!」
ナビーはそう言って、なんか……張り切って出かけてしまった。
ナビーまさか……チンピラをテイムしに行ってないよね……?
まさかこの町にまで、『舎弟ズ』を作ろうとしてないよね……?
もうお腹いっぱいなんですけど…… 考えるのが怖すぎる……。
◇
孤児院の補修が終わって、みんなで休憩している。
サーヤが戻ってきて報告を上げてくれた。
残念ながら、隣の空き地の購入の目処は、つかなかったらしい。
なんでもこの街の代官さんが、教会周辺の空いてる土地の情報を求めていて、街で買い上げるから地権者と交渉するように『商人ギルド』に依頼があったとのことだ。
それも、サーヤが出向いたのとタッチの差だったらしい。
それゆえに、他に販売することはできないと言われ、ほぼ門前払いだったとのことだ。
代官さんが突然そんな動きをするなんて…… ユーフェミア公爵の指示としか考えられない。
ユーフェミア公爵も、俺と同じことを考えて場所を押さえたのかもしれない。
ただ……それだったら隣の空き地だけでいいと思うが……。
周辺の空いてる土地を全て押さえようとしているのは、どういうことなんだろうか……。
「旦那様、おそらく……ユーフェミア様は今後の状況を予測して、土地を抑えようとしているのではないでしょうか。『光柱の巫女』が現れたと評判になれば、街の住人はもちろん近隣の市町からも、多くの人が訪れることが予想されます。その混乱を回避するための場所として、空いている土地を購入しようとしているのではないでしょうか。馬車を置くスペースや、礼拝の行列ができた場合の待機スペースが必要になるはずですから……」
俺の思案顔を見て、サーヤが自分なりの見解を言ってくれた。
確かにその通りかもしれない。
ユーフェミア公爵なら、その程度の先読みは間違いなくするだろうなぁ……。
俺は、そこまでは考えつかなかった。
ていうか……『光柱の巫女』の凄さが、いまいちピンと来ていないからかな……。
それにしても、さすがユーフェミア公爵だ。
そして、さすがサーヤだ。商会を切り盛りしているだけの事はある。
物事の先を、的確に読んでいるようだ。
今度は、ユーフェミア公爵が帰ってきた。
もう国王への連絡を終えたらしい。
転移の魔法道具で王都に行くこともできるが、今回は『領都セイバーン』に戻り、国王との連絡用の通信の魔法道具で報告したそうだ。
そしてユーフェミア公爵も、国王から衝撃の報告を受けたらしい。
それを受けて、転移の魔法道具を使ってすぐにこの街に戻ってきてくれたとのことだ。
詳しく聞いてみると……
国王は『光柱の巫女』の出現と、神託が降りたという報告に驚いたようなのだが、実はすでに国王には、衝撃の報告が入っていて、それと関係している事だったために、すんなり受け入れたとのことだ。
なんと、ユーフェミア公爵が報告を入れる直前に、神託が降りたという報告が入っていたらしい。
しかもそれは、テレサさんが受けた神託ではなく、『総合教会』本部にいる二人の『光柱の巫女』が、それぞれに神託を受けたという報告だったらしい。
神託が降りるということ自体が稀なことで、しかもそれが二人ほぼ同時に、別々の内容だったということに王宮は騒然となっていたらしい。
そこに、ユーフェミア公爵の報告が追い打ちをかけたようなのだが、ある意味納得の報告だったようなのだ。
実は、『光柱の巫女』の出現は、本部の老巫女が受けた神託の中に入っていたらしい。
老巫女に降りた神託は、『……新たな『光柱の巫女』が誕生する。『光柱の巫女』は本来自由な存在……原則を守ってあげなさい。時に見守り、時に支えてあげなさい。巫女の自由な発意が、多くの生命の発意を促します。桃色の勇獣の子が、巫女を守る『従者獣』となります。戦巫女の
ちなみにこの老巫女は、『地母神アウンガイアの加護』を受けているとのことだ。
もう一人の四十代の巫女に降りた神託は、『……この国に過去の災厄が訪れます。この脅威とともに、偉大な力が蘇ります。約束が果たされる時です。救国の英雄の下に力が集います。芽吹きの時です。想いが力になります。覚醒の時です……』というものだったらしい。
この巫女は『生命神アウンライフの加護』を受けているとのことだ。
ユーフェミア公爵とは旧知の仲と言っていたが、元は貴族令嬢でユーフェミア公爵の幼馴染らしい。
ユーフェミア公爵は、これらの内容をテレサさんに伝えるために、急いで来てくれたとのことだ。
この神託の内容から考えると、恐れていた『総合教会』本部への招集はされないのではないかとも判断しているらしい。
確かに、具体的に『光柱の巫女』を自由にしてあげなさいという神託だから、何かを無理強いする事はできないよね。
元々『光柱の巫女』は、自由な存在として認められているようなのだが、通常は権威として利用するために所属している宗教団体に、事実上束縛される場合が多いそうだ。
今回は念押しするかのように、神託の内容に入っているから、大丈夫だろうと判断したようだ。
そしてもう一つ、ユーフェミア公爵が引っかかったのは、『桃色の勇獣の子』という所だったらしい。
『桃色の勇獣の子』……このワード……俺たちにはあまりにもタイムリーすぎるのだ!
『メガピンクパンサー』の赤ちゃんが生まれたばかりだからね。
親の『メガピンクパンサー』たちは、通常生物なのに、行商団の人達を守るために魔物とも戦う勇ましい獣だし……。
この話を一緒に聞いていた行商団のみんなも、かなりの衝撃を受けていた。
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