507.三人の、名付け親。

 俺たちは夕食を済ませ、招かれたシスターや子供たちとの歓談の時間を作った。

 といっても、孤児院の子供たちは、行商団の子供たちやリリイ、チャッピーと共に遊びだしているので、あまり話せる状態じゃないけどね。


 バロンくんに“テレサ姉ちゃん”と呼ばれていたシスターは、十八歳だそうでやはり若かった。


 話によるとテレサさんも孤児院の出身で、孤児院の子供たちの世話をするために、シスターとなって『総合教会』に残ったとのことだ。

 一年前に高齢だった神父様が亡くなって以降は、一人で切り盛りしているらしい。

 王都にある『総合教会』の本部には、当然連絡はいっているが、新しい神父が派遣されるという連絡などは無いそうだ。

 話を聞く限り、ほとんど放置されている状態みたいだ。


 ただ、『領都セイバーン』には、『総合教会』の地方支部があり、そこから多少の運営資金は提供されているとのことだ。

 教会と孤児院の運営資金としては、全く足りていないらしい。

 孤児院に対しては、領からの補助もあるが十分とはいえず、運営はギリギリのようだ。

 食べていくのがやっとのようで、洋服などを買ってあげる余裕はないのだろう。


 バロンくんを含めて十六人いる孤児の中には、『正義の爪痕』のテロ事件によって親を失った子供が三人いるらしい。


 以前、セイバーン公爵領内のいくつかの市町で『正義の爪痕』が騒ぎを起こしたり、破壊行為を行っていたという話を聞いていたが、その中の一つがこの『セイセイの街』だったようだ。


 最近では、セイバーン公爵領内では『正義の爪痕』による事件は起きていないらしい。

 衛兵隊による警戒体制を強めたことが功を奏したのか、それとも活動の拠点を他に移したのかは、わからないそうだ。

 ただタイミング的に、俺たちがピグシード辺境伯領で『正義の爪痕』に対処しだした頃から、セイバーン公爵領では事件が起きていないようなので、活動拠点を移したと考える方が自然かもしれない。

 もっとも、元々セイバーン公爵領内で活動していた『正義の爪痕』の構成員が移動したのではなく、潜伏しているだけだとしたら、まだそれなりの人数が残っている可能性があるので、油断はできないけどね。


 子供たちは、十四歳のバロンくんを筆頭に、十二歳の女の子が三人、十歳の男の子が一人、女の子が一人、九歳の女の子が二人、八歳の男の子が二人、女の子が二人、 六歳の男の子が一人、女の子が一人、五歳の女の子が二人となっている。

 バロンくんが頼れる兄貴的な感じになっていて、十二歳の女の子三人組みが中心になって下の子たちの面倒を見ているようだ。


 バロンくんと十二歳女子三人組が明るいからか、下の子供たちも屈託のない笑顔を見せている。

 もちろん親を失っているわけで、心に傷を持っているだろうが、明るい雰囲気を持った子供たちだ。


 この子たちのために何かしてあげたいが……まずは洋服をなんとかしてあげたい。

 本当にボロボロだからね。


 そう思っていたところに、再び代官さんが現れた。

 侍女たちが後に続いて、大きな荷物を持ってきている。


 なんと、子供たち用の洋服、下着、タオルなどを持ってきたようだ。


 代官さんが、何やらユーフェミア公爵に耳打ちしている。

 どうもユーフェミア公爵が、代官さんに洋服を手配させたらしい。

 そこまで手を回していたなんて……ユーフェミア公爵……本当に気配りが凄すぎる。


 代官さんは、急いで街の洋服屋に買いに行ったに違いない。

 よくこんな短時間で手配できたものだ。

 なんとなく……小間使いのように使われていて……本来の代官さんの仕事ではないような気もするが……。

 ただ、凄くいい仕事をしてくれたようだ。

 可愛い感じの服やお洒落かっこいい感じの子供服が揃っている。


 ピグシード辺境伯領で売っているような子供服よりも、デザイン的に優れている感じだ。


「これは、バロンが今日頑張ったご褒美だよ。みんな好きな洋服を選んでいいよ!」


 ユーフェミア公爵がそう言うと、遊んでいた子供たちが一斉に集まってきた。


 みんな目をキラキラさせて、洋服を物色し始めた。

 子供でも好みがあるからね。

 一人一着という感じではなく、かなり買い込んできてくれているので、選べる感じなのだ。

 そして行商団の子供たちの分もあるようで、ユーフェミア公爵は、行商団の子供たちにも好きな服を選ぶように言った。

 ちょっと羨ましそうにしていたリリイとチャッピーにも、選んでいいと言ってくれていた。



 孤児院の子供たちも、今日はこの別館に宿泊してもらうことにしたようだ。


 これから子供たちは、お風呂に入って綺麗さっぱりしてから、就寝する予定だ。

 でも、この子供たち……寝れるんだろうか。

 かなりの興奮状態だと思うんだよね。




  ◇




 翌朝、俺たちは厩舎前に集まっていた。


 昨日生まれた『メガピンクパンサー』の赤ちゃんたちを、改めて見せてもらっている。

 三匹の赤ちゃんたちは、めちゃめちゃ可愛い!

 オスが一頭、メスが二頭のようだ。


 孤児院の子供たちも見にきていて、みんなニヤニヤしながら見ている。

 ユーフェミア公爵と長女のシャリアさんも来ている。

 二人とも、顔が緩みっぱなしだ。



 そしてニアさんは、お父さん豹の左足を治してあげるつもりのようだ。

 お父さん豹の名前は、グッドというらしい。

 お母さん豹がラックだったから、グッドラックってことなのだろうか……。

 縁起がいい感じでいいけどね……名付け親は、ルセーヌさんの師匠らしい。


 ニアは、お父さん豹に近づくが、特に警戒されることもなく、左足の近くに降り立った。


「癒しのキス」


 ニアが呟きながら、お父さん豹の体にそっと口をつけた。


 すると……お父さん豹の体が薄いピンク色の光の繭に包まれた。


 そして半透明の光の繭の中で、左足が再生されていくのが見える。

 いつもながらに、中々のグロテスク映像だ。

 見ていた子供たちも、驚いて言葉を失っている感じだ。

 再生は少し時間がかかるのだが、比較的早く終わった。


 光の繭が消えると、お父さん豹の左足は元通りになっていた。


 お父さん豹は、ニアに頭を下げるかのように地べたに顎をつけた。

 そしてやはり体に負担がかかるようで、ぐったりしている。

 昨夜のうちに『身体力回復薬』と『スタミナ力回復薬』を与えておいたが、やはり相当な負担がかかるようだ。


「ニア様、ありがとうございます。グッドの足を治していただけるなんて……」


 行商団の団長ルセーヌさんが、涙ぐみながらニアにお礼を言った。

『メガピンクパンサー』たちを家族のように思っているようだから、本当に感謝が溢れている感じだ。

 神に祈るように手を胸の前で合わせている。


「「「ニア様、ありがとう」」」


 子供たちも、一斉にニアにお礼を言った。

 遊んでいるときは友達のような感じでニアに接していたが、今ばかりは神様を見るような眼差しだ。


「いいのよ! 子供たちを守って、立派に戦ったんだもの、治してあげなきゃね!」


 ニアは、得意そうに空中をぐるっと回った。


「あの……ニア様、もしよろしければ生まれた赤ちゃんの名付け親になっていただけないでしょうか? そしてユーフェミア様、失礼でなければユーフェミア様にも名付け親をお願いしたいのですが……。そしてグリム様にも、できればお願いしたいと思います」


 ルセーヌさんが、突然そんな申し出をした。


「別にいいけど。私たちがつけちゃっていいわけ?」


 そしてニアは、また軽く答えている。


「はい今回ご恩をいただいた皆様につけていただければ、大変嬉しいのですが……」


 ルセーヌさんはそう言って、行商団の他のメンバーに視線を送った。


「「「ぜひお願いいたします!」」」


 すると、他のメンバーも一斉にお願いした。

 一応、行商団のみなさんの総意ということらしい。

 ニアとユーフェミア公爵はわかるが、俺は別に何もしてないんだけど……。


 そして……ルセーヌさんは知らないと思うけど、俺の名付けのセンスには、だいぶ問題があると思うんだよね……。

 迂闊につけると、確実にニアにジト目を発動されてしまうからね。


「いいよ! つけてあげよう! ニア様と私で、女の子の名前をつけるから、グリムは男の子をつけな。いい名前を期待してるよ!」


 ユーフェミア公爵はそう言って俺の方を見たのだが……発した言葉とは違って、なぜか俺を怪しむような目で見ていた。

 てか……これってジト目じゃないか!

「いい名前を期待してるよ」との言葉とは裏腹に、全く俺を信じていない目だ。

 なぜネーミングセンスがないことをユーフェミア公爵まで知っているのか……恐るべし女子会の情報網……。

 それにしても、ユーフェミア公爵がジト目を使うなんて……。

 初めてだし、とってもレアだ……。

 そして何故か……ちょっとドキドキしてしまう……俺の中のドMな何かが、ちょっと疼いてる感じだ……。

 いかんいかん! このままでは俺まで変態の道を突き進んでしまいそうだ……修正修正!

『ミノタウロス』のミノ太や『舎弟ズ』たちのことを、心配してる場合じゃなくなってきた。

 それとも、変態ってうつるんだろうか……?

 こんなことを考えてること自体がおかしいな……もう考えるのはやめよう……。


 俺はそんなやるせない気持ちのまま、ニアの方に視線を向けた。

 ニアさんは、お約束でジト目で見ていた。

 だが何故か……ニアにいつものジト目を向けられたら、ざらついた心が落ち着きを取り戻した……なんのこっちゃ!



 おでこに小さな白い模様がある女の子の赤ちゃん豹には、ニアが名前をつけた。

 サクラという名前にしたようだ。

 白い模様が桜の花びらに似ていることと、花色行商団なので花にちなんだ名前にしたようだ。


 もう一匹の女の子の赤ちゃん豹には、ユーフェミア公爵がツバキという名前をつけた。

 やはり花にちなんだ名前にしたようだ。


 という展開になってしまったので、俺がつけるオスの赤ちゃんの名前も、花にちなんだ名前にしようと思い、必死に考えた。

 そして、思いついたのがアスターだ。

 俺が元いた世界にあったアスターは、元々仏花だったが品種改良されて、いろんな花色があったし咲き方も八重咲きなど様々なものがあった。

 そこで、いろんな可能性を持って育ってほしいという意味も込めてみた。

 結構いい名前だと思うが……恐る恐るユーフェミア公爵とニアさんの方を見ると……

 ……セーフ! かろうじてジト目は使われていなかった。

 よかった……。

 オスの赤ちゃん豹は、しっぽの先に白い模様があるのが特徴だ。

 おかげで三匹を見分けることができる。


 ルセーヌさんをはじめとする行商団の皆さんや子供たちは、これらの名前を喜んでくれたようだ。

 そして、お父さん豹のグッドとお母さん豹のラックも、喜んでくれているような雰囲気だ。



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