439.ヴァンパイアハンター誕生の、秘密。
ヘルシング家に伝わる古文書によれば、始祖であり真祖のドラキューレとその直系の吸血鬼たちは、自分たちの同族を管理していたが、何百年何千年と経つうちに管理しきれなくなったようだ。
そもそも始祖であるドラキューレ自体が五百年の休眠を繰り返しているし、その子供たちである直系の吸血鬼たちも休眠期間を取るようで、吸血鬼族全てを管理することなどできなかったのだろう。
女王ともいえる始祖ドラキューレの意向を汲んで、大きな野望を持たないで静かに暮らす吸血鬼がほとんどだが、どうしても不良吸血鬼が出現し、度々争いを起こしてしまったのだそうだ。
そこで、約千年前、自らの種族を討つ『ヴァンパイアハンター』を誕生させたのだそうだ。
それが初代ヘルシング伯爵らしい。
前にアンナ辺境伯やクリスティアさんからも教えてもらったが、初代ヘルシング伯爵は、悪い吸血鬼に囚われれて、吸血鬼にされた女性のお腹の中にいた胎児だったらしい。
胎児の時に吸血鬼化した母の影響で、特別な資質を得たのだそうだ。
『ダンピール』という吸血鬼と人の混血の一種ということになるのだろう。
吸血鬼一歩手前の『適応体』状態の人間が死ぬことで、吸血鬼に変性するはずなので、母親が死んだときに胎児も死んでしまうのではないかと思って訊いてみたが、胎児は死なずにそのまま吸血鬼に変性した母親のお腹の中で育ったのだそうだ。
生まれた子供は、特別な資質のために不死である吸血鬼を倒す力が発現し、ドラキューレと『血の盟約』を交わしたことによって、吸血鬼を探知する能力と高速移動できる能力を授かったとされているようだ。
囚われていた母親がドラキューレによって救出され、その後出産し、ドラキューレの庇護の下、子供を育てて一緒に暮らしたようだ。
ドラキューレは、育ての親とも言うべき存在だったらしい。
また戦う術を教えた師匠でもあったとのことだ。
倒す力というのは、『ヴァンパイアハンター』の身体自体が『ドワーフ銀』と同じような効果があり、吸血鬼の超回復力を阻害したり、攻撃に特効を帯びるということのようだ。
これも前にアンナ辺境伯たちに聞いていた情報の通りだ。
そしてドラキューレによって与えられた力により、超高速移動ができるので、素手でも『吸血鬼 ヴァンパイア』たちに対抗できる特別な存在になったとのことだ。
探知する能力は、吸血鬼の気配を察知することができる能力のことらしい。
このことから考えて、洗脳される前のヘルシング伯爵が、執政官になりすましていた『血の博士』こと『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』に気づかなかったことは、本来ありえないことのようである。
ただエレナさんによれば、上級吸血鬼であることから、気配を消すことに長けていた可能性もあるとのことだ。
もしくは『血の博士』が何か特殊な手段を使ったのかもしれないが……今となっては解明できない。
今までの話を聞く限り、始祖ドラキューレを始めとしたほとんどの吸血鬼は、平和的な思想を持っているようだ。
一部の悪い吸血鬼がその能力にものを言わせて、酷いことをしているだけなのかもしれない。
どの種族にも……どこの世界にも……どうしても悪いことをする奴はいるからね。
吸血鬼というだけで、悪と決めつけるのは間違っているのかもしれない。
そのこと自体『ヴァンパイアハンター』であるヘルシング家は、よく理解しているようだ。
伯爵の話からも、実際に吸血鬼たちが平和に暮らす里がいくつもあると知ることができた。
そこでは、酷い状況で苦しんでいた人たちを助け出し、保護したりしているそうだ。
主に奴隷や誘拐など、虐げられている人々を救っている吸血鬼たちもいるそうなのだ。
その代わりに、定期的に血を提供してもらうこともあるようだが。
教会のような場所に、人々が定期的に訪れて献血といって、吸血鬼たちに血を吸わせてあげることもあるらしい。
助け出された人々は、皆感謝し進んで血を提供してくれるのだそうだ。
ギブアンドテイクの関係が成り立っている平和で暖かい村が、いくつもあるそうだ。
ヘルシング伯爵やエレナさんは、そんな村をいくつか知っていて、訪ねたこともあるようだ。
ただ始祖であり真相のドラキューレやその直系の吸血鬼たちがどこにいるのかについては、わからないらしい。
他の吸血鬼たちにも秘匿されているようだ。
場所さえわかればすぐに訪ねて、吸血鬼一歩手前の人たちを元に戻す方法がないか尋ねることができるのだが……。
まずは、始祖ドラキューレもしくはその直系の吸血鬼の居所を探すところから始めなければいけないようだ。
まぁその前に、『適応体』状態の人たちの血を抜いて俺の血を入れるという方法で元に戻せれば、無理に探す必要はなくなるけどね。
最初にできるのは、それを試してみることだな……。
それにしても、いろいろ話を聞いたおかげで吸血鬼に対する見方も変わったし、特に始祖ドラキューレさんには会ってみたい気持ちになった。
召喚された勇者と結婚したということだし、いろいろ尋ねたいことがいっぱいあるんだよね。
吸血鬼に関する有益な情報が聞けたし、俺が知りたかったことも訊けたので、解散しようと思っていたところ、突然キャロラインさんが倒れてしまった。
「キャロライン!」
「どうしたの!?」
一緒に話を聞いていた領主妹で『ヴァンパイアハンター』のエレナさんと、領主夫人のボギーさんが慌てて駆け寄った。
吸血鬼化されてしまった『ヴァンパイアハンター』のキャロラインさんとこの二人は、共に育った親友なのだ。
二人とも、吸血鬼にされてしまったキャロラインさんに対し、深く心を痛めていたようだ。
俺も気になっていたのだが、ここまでの慌ただしい中で、キャロラインさんを気遣ってあげることができていなかった……。
「これはおそらく……血の枯渇だわ……」
エレナさんが、呟いた。
エレナさんによれば吸血鬼は、数日に一度は血を吸わないと活動できなくなるとのことだ。
キャロラインさんは、おそらく『暗示』から覚め正気を取り戻してからは、一滴も血を飲んでいないのだろう。
そして激しい戦いもあったので、エネルギーを消費しきった状態になったのだろうとのことだ。
「血を飲ませないと……」
「現役の『ヴァンパイアハンター』の血よりも、私の血の方が安全かも……」
エレナさんとボニーさんがそう言って、腕をまくった。
「い、いいの……吸血鬼になったまま生きていたくないわ……。このまま血を飲まないで、活動できなくなるなら、そのほうがいい……」
キャロラインさんは、力なく呟いた。
「キャロライン!」
「そんなこと言っちゃダメ!」
エレナさんとボニーさんが、叫ぶように言った。
「ちょっと! なに気弱になってんのよ! 今の話を聞いてもわかったけど、吸血鬼が全て悪ってわけじゃないじゃない! もう普通の人間には戻れないかもしれないけど、いい吸血鬼になって人々を守ればいいじゃない! 『ヴァンパイアハンター』として人を守ったように、今度は強く優しく美しい『ヴァンパイア』として人々を守るのよ! それに、この領の人たちにだってあなたは責任があるんでしょう? まだ何も償ってないじゃない!」
なんと、ニアがキャロラインさんを叱責した。
いつになく激しい感じだ。
「ニ、ニア様……。……そうですね……。私にはやることがあるのでした……。まだ何も償っていませんね……」
キャロラインさんは、少し気力を取り戻しながらそう言ってくれた。
まだ身体に力が入らないようだ。
エレナさんによると、吸血鬼は血の枯渇という状態になると凶暴になるが、さらにそれを通り越し活動エネルギーが切れそうになると精神的にも弱くなるらしい。
「そうだ! グリムの血を飲ませてあげればいいじゃない? 実験するために採っておいたのがあるでしょう?」
ニアは水筒を示すようなジェスチャーをしながら言った。
そうなのだ。
俺は、吸血鬼一歩手前の『適応体』状態の人たちに飲ませるために、自分の血を抜いて貯めていたのだ。
限界突破ステータスの俺の身体も、自分では余裕で傷つけられたのだ。
手を少し切って、以前『アラクネロード』のケニーが作ってくれたペットボトルにそっくりな容器に血を保管しておいたのだ。
ニアの言う通り、とりあえずそれを飲んでもらうか。
「あの……もし私の血でよければ、飲んでください。少し実験しようと思って、採血しておいたものです」
俺はそう言って、血が入った容器をキャロラインさんに見せた。
俺的には、まるでトマトジュースのように見えるが……吸血鬼の本能なのか、血の色を見た瞬間、キャロラインさんの視線がロックオンされた。
遠慮しないで飲んでくれるように、俺は容器の蓋を外し、キャロラインさんの口元に持っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます