410.乗っ取られた、伯爵領。
少し落ち着いたところで、キャロラインさんが話を始めた。
長く『暗示』状態にあったために、はっきりとはしないものの、大体のことはわかっていたようだ。
「はじまりは二年近く前……あなたが旅立ってからしばらく後のことよ。私たちの家が『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』に襲われ、奮戦虚しく父は殺された。私も母や妹弟たちを盾にされて、捕らえられてしまったの。そして……吸血鬼にされてしまった……。母たちは今も『暗示』をかけられ、家で軟禁状態に置かれているはず……。使用人たちも皆『暗示』をかけられているはずよ……」
キャロラインさんは、涙を堪えながら語った。
「おじさまが殺された……」
エレナさんが驚愕している。
「そうよ……私の目の前で……」
「でも……今も執政官は、おじさまなんじゃ……」
信じられない様子のエレナさんの言葉にかぶせるように、キャロラインさんが言った。
「『ヴァンパイアロード』が、父になりすましているのよ! 巧妙に城に入り込んで、次々に『暗示』をかけていったの!」
話からすると……どうやらキャロラインさんのお父さんは、この領の執政官をしていたらしい。
アンナ辺境伯や第一王女で審問官のクリスティアさんから聞いていた情報では、この領の二つの子爵家のうちの一つ、クルース子爵家が執政官をしているという話と符合する。
そして『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』とは、間違いなく『血の博士』のことだろう。
『血の博士』は執政官だったキャロラインさんのお父さんを殺し、なりすまして領城に入り込んだということなのだろう。
なんとなく……謎が解けた気がする……
本来吸血鬼にとって一番住みにくいはずのこのヘルシング伯爵領を、あえて征服したということだろう。
執政官という権力を握ってしまえば、領運営を思うようにできる。
領主のヘルシング伯爵がどういう状態なのかわからないが、現状から考えても事実上征服されたようなものだろう。
『ヴァンパイアハンター』に対する恨みもあってのことかもしれないが、隠れ家とするには逆に格好の場所ともいえる。
だれも『ヴァンパイアハンター』の本拠地に、『ヴァンパイア』たちが巣食っているとは思わないからね。
「そんな……兄様が気づかないはずが…… 」
エレナさんが呟いた。
「本来ならありえないことだけど…… それが起きてしまったの。起きてはならないことが起きたのよ……。やつは『ヴァンパイア』の気配を巧妙に消して、父の姿になりすまし、バラン様を巧妙に術にはめたの……。わからないように少しずつ……なにかの薬も使っていたようだわ。私も記憶がはっきりしないのだけれど……。 一年ほど前には、完全に支配下に置いたはずよ……」
キャロラインさんが涙を滲ませながら、悔しそうに語った。
「そんなバカな……我がヘルシング家は『ヴァンパイアハンター』の家系、『ヴァンパイア』の使う『暗示』には強い耐性があるのよ……」
エレナさんが信じられないというように、首を左右に振った。
そして自分の手のひらに、拳を打ち付けた。
この話からすると……ヘルシング伯爵は洗脳状態にあるのかもしれない。
洗脳は、本人も知らない間に思考誘導されている状態だからね。
そして最悪の場合……あの『死霊使い』だった吟遊詩人のジョニーさんと同じように、人格を書き換えられている可能性もある。
この前、『薬の博士』を捕縛した時の押収物の中には確認できなかったが、洗脳を誘導する薬や人格書き換えのための薬もあるようだからね……。
試作中らしき薬もいくつか入っていたのだが、押収後、少し落ち着いた頃に一つ一つ『波動鑑定』をかけてみたが、洗脳に使われる薬や人格書き換えの薬のようなものは発見できなかったのだ。
ただ……『鑑定』という仕組みがいまいちよくわからないが……試作中のものなどは、鑑定結果が表示されず不明となる場合もあるから、それに関する薬もあった可能性はあるけどね。
まぁ少なくとも、完成品はなかったわけだが……。
「もしかしたら、洗脳されているのかもしれません。洗脳は本人も知らない間に思考誘導されています。最悪の場合……人格が書き換えられている可能性もあります。『正義の爪痕』は、それらを可能にするような薬も持っているはずです」
俺は、今まで『正義の爪痕』から仕入れた情報や実際に人格を書き換えられた吟遊詩人のジョニーさんの話などを伝えた。
「そんなことが……信じられない……。でもあの兄様が、こんな状態を放置するなんて考えられないから……おそらく、そういう状態なのでしょう……」
そう言ってエレナさんは、再度自分の手のひらに拳を叩きつけた。
「そしてあいつは……伯爵様の腹心だった者たちを次々に排除していった。みんな『暗示』をかけられ、言いなりよ……」
キャロラインさんが、悔しさをにじませた。
やはり完全に『ヴァンパイアロード』に乗っ取られているようだ……。
この領の悪評も、全て説明がつく……。
『正義の爪痕』として、このヘルシング伯爵領で活発に活動しなかったのは、事実上乗っ取ったことを隠したかったからだろう。
だからセイバーン公爵領やピグシード辺境伯領を、活動の場にしたのだろう。
「あ! ボニーと子供たちは!?」
エレナさんは、ハッとして声を上げた。
「おそらく……城のどこかで幽閉されているわ……」
キャロラインさんが、悲しげに視線を落とした。
話を訊くと……
ボニーさんとは、ヘルシング伯爵の妻で、キャサリンちゃんという十歳の女の子とジェレミー君という六歳の男の子がいるそうだ。
現在は、幽閉されているらしい。
そしてボニーさんは、もう一つの子爵家であるスニク子爵家の娘で、エレナさんとキャロラインさんとは親友なのだそうだ。
三人とも二十八歳で、幼なじみらしい。
「な、なんてことを……助け出さないと!」
エレナさんはそう言って、兵士たちが騎乗していて馬に乗ろうとした。
「お待ちくださいエレナ様。領主夫人と子供たちが幽閉されているということは、人質にとられているも同然です。正面から乗り込むよりも、救出重視の作戦を考えた方がいいと思います!」
俺は慌てて提案した。
「その通りだ。領都の中の主要な兵士たちは、ほとんど『暗示』がかかっていると思った方がいい。彼らを倒しながら城に着くまでに、ボニーたちがどうなるか分からない。バラン様だって……。やつは殺そうと思えばいつでも殺せる。生かしていたのはカモフラージュするためと、万が一のときに盾にするためだろう。最悪の場合、奴は殺した後にすぐに逃げるかもしれない……」
キャロラインさんがそう言いながら、エレナさんの肩を抑えて止めてくれた。
今回キャロラインさんが連れてきた五人の兵士も、『暗示』をかけられた状態だったので、彼女の言う通り領都の中の兵士は、ほとんど『暗示』にかかっていると考えた方がいいだろう。
キャロラインさんが連れてきた五人の兵士の『暗示』状態はもちろん解除してあるが、今は『状態異常付与』で『眠り』を付与し眠ってもらっている。
エレナさんも一旦落ち着きを取り戻し、作戦を考えることになった。
さて、どうしたものか……
キャロラインさんの話では、エレナさんを捕らえるように命じたのは、執政官つまり『ヴァンパイアロード』らしいので、エレナさんが『サングの街』に来たという情報は、すぐに領都に届いたのだろう。
それを考えると、迎え撃つそれなりの準備をしているかもしれない……。
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