407.ナビーの、お掃除。

 中央通りに面した店舗用の物件は、『フェアリーパン』のサング支店にすることに決まった。


 設備は俺の方で準備できるが、パンを焼くのは技術指導が必要だ。

 サーヤに頼んで、指導できる人間をしばらく派遣してもらうことにした。


『フェアリー商会』の職員は、俺の『絆』メンバーになっているわけではないので、サーヤの転移は解禁できない。

 だが、『ドワーフ』のソイル族長から貰い、孫の天才少女ミネちゃんからカスタムチューンしてもらった転移の魔法道具『転移の羅針盤 百式 お友達カスタム』は、商会の幹部には、限定的に解禁してもいいと思っている。

 転移できると格段に便利だからね。

 今回みたいな状況に非常に助かるのだ。

 ということで、サーヤに転移の魔法道具を使って、スタッフを連れてきてもらうことにした。

 これならすぐに呼んで来れる。

 まぁ実際は、転移の魔法道具を使う体でサーヤの転移で来てもらうのだが……。

 転移の魔法道具は、登録できる個数が限られているので、この場所を登録しないで、サーヤの転移で来てもらうのだ。


 しばらくして、サーヤが戻ってきた。


 連れてきたのは……『マグネの街』の商会幹部のサリイさんだった。

 彼女は『アルテミナ公国』の出身で、『マグネの街』で『フェアリー商会』で働きたいと訪ねてきた人なのだ。

 サーヤが気に入って、いきなり幹部として採用した人材だった。

 そして『狩猟ギルド』のギルド長のローレルさんを始めとした元冒険者パーティー『炎武』の皆さんを、紹介してくれたのも彼女なのだ。


 彼女自身が元冒険者であるために、それ以外にも『アルテミナ公国』の冒険者や知り合いに手紙を出してくれて、『マグネの街』に呼び込んでくれたのだ。

 実は、今の『マグネの街』の盛況ぶりの立役者なのだ。


 ただ彼女は『フェアリーパン』は、担当していなかったはずだけど……

 どうして彼女を連れてきたのだろう……?


「サリイさんは非常に優秀で、パン作りもマスターしています。『マグネの街』の商会も彼女とミルキーで、ほとんど回しているほどです。今後、この『サングの街』でも『フェアリー商会』の事業を広げる可能性があります。それを見据えて彼女を連れて参りました。パン作りの指導だけでなく、この地域の特性を活かした将来的な構想も構築できます」


 なるほど……さすがサーヤ……今だけじゃなく将来も見据えているわけね。

 サーヤがそう言うなら、俺に異論は全くない。

 それにしても、相変わらずサーヤはサリイさんを高く評価しているようだ。


 俺はサリイさんに、スカイさんたちと相談して、無理なくやってほしいと声をかけた。


「かしこまりました。全力を尽くします!」


 サリイさんは、めちゃめちゃ気合が入っているようだ。

 もしかしたら俺の意に反して……ヘルシング伯爵領で『フェアリー商会』が大々的に展開されてしまうかもしれない……。

 ここでは、復興のために雇用を創出しなきゃいけないという今までの事情がないから、無理に手は広げたくないんだけど……。



 サリイさんは、子供たちと一緒に遊んでいたリリイとチャッピーを見て、久しぶりに会えて嬉しかったのか、走り寄って二人を抱きしめていた。


 リリイたちも、久しぶりに会えて嬉しいようだ。

 彼女は前からリリイとチャッピーが好きなようで、会ったときにはよく頭を撫でて可愛がってくれていたからね。

 リリイとチャッピーも、サリイさんが元冒険者ということで憧れているようだし、優しくしてくれるので大好きなのだろう。

 ローレルさんたちもそうだが、冒険者って意外と子供好きが多いのだろうか……

 それとも、うちの子たちが可愛すぎるのだろうか……親バカですいません。



 今日も『炊き出し』をするので、そろそろ出発しようかと思っていると、お客さんが訪れた。


 ヘルシング伯爵の妹で『ヴァンパイアハンター』のエレナさんだった。


「おはようございます。ここなんですね。す、すごい数の子供たち……何人保護したんですか?」


「もともとスカイさんが保護していた子供たちを除けば、四十八人です」


 俺はそう答えた。


「そ、そんなに……そんな数の子供たちが見捨てられていたというのですか……。本当に恥ずかしい限りです」


 エレナさんは唇を噛み締め、拳を握った。


「ところでご用件は?」


 俺の質問に、エレナさんは今の状況と、これからの予定について話してくれた。


 一昨日の午後から今日まで寝る間も惜しんで、この街の有り様を正していたらしい。

 無実の者たちを全て釈放し、代わりに酷い行いをしていた文官、衛兵、商人などを捕らえたとのことだ。


 その権限は、本来守護であるダーメン準男爵にあるので、表向きは彼がやったかたちにしたらしい。

 もちろん、物理的な強制力でやらせたのだろう。


 そして守護である準男爵を解任することはエレナさんにはできないので、一旦そのままで、衛兵を配置して守護の屋敷に軟禁状態にするらしい。

 そして信用のおける文官に、しばらく実務を取り仕切らせるかたちにするそうだ。


 そのような諸々の調整が今日中には終わりそうなので、明日の朝に領都に向けて出発したいと連絡に来てくれたとのことだ。


 俺たちと一緒に行くことになっていたからね。


 もちろん俺は了承した。


 彼女は用件を済ませると、すぐに守護の屋敷に引き返そうとしていたが、引き止めて一つの提案をした。


 ニアが“妖精族の秘技”で奴隷紋を消すことができると説明したのだ。

 そして、衛兵長に復帰するフィルさんを始めとした無実の罪で奴隷にされた人たちの奴隷紋を解消すると提案したのだ。


 当然のことながら、エレナさんは大喜びして、ニアに深々と頭を下げて正式に依頼をしてくれた。

『共有スキル』にセットしたので、ニアも『奴隷契約』の『契約魔法』が使えるのだ。

 俺がやるよりも、妖精女神のニアにやってもらった方がいいと思ったのだ。

 俺の仲間たちには、この『奴隷契約』を乱用する者はいないと思うが、念のため使わないようにとは言ってある。

 一応『共有スキル』にセットしたのは、尋問中の自殺や抵抗を防ぐためだ。

『武器の博士』たちに『隷属の首輪』をはめたように、緊急事態で使う可能性があると考えたのだ。

 緊急避難的に、奴隷紋を解消してあげる必要がある状況もあるかもしれないし……。


 ということで、ニアに出動してもらって、無実の罪の人たちの奴隷紋を解消してあげることにしたのだ。





  ◇





 午後になって、『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんが遊びにきた。

 昨日は遊びに来なかったが、話を聞くと、秘密基地でゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんと一緒に、いろんなものを作っていたようだ。

 夢中になって、リリイたちのところに遊びに来るのを忘れていたらしい。


 この街の様子を見て回りたいという『フェアリー商会』の幹部サリイさんを、リリイとチャッピーが案内するところだったので、ちょうどいいタイミングだった。

 もちろんミネちゃんも、一緒に行くことになった。

 まぁ案内といっても、リリイとチャッピーは、屋台を回りたいだけな気がするが……。


 最初に中央通りの東門前広場から中央広場、西門前広場という感じでメインストリートを見て回るらしい。

 最後は、西門前広場で屋台を出しているイカ焼き屋台のマックさんのイカ焼きを食べて締めるようだ。


「ラスボスは、イカさんなのです! ミネは絶対に負けないのです! 絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのです!」


 ミネちゃんは『イカ焼き』が美味しいと聞いて、鼻息を荒くし完全に『フードファイター』スイッチが入っていた……。

 てか……ラスボスってなによ!? ……絶対に負けられない戦いって!? ……そこにはないから! ……食べるだけですから!


 リリイとチャッピーも……共に戦おうみたいな感じで、手を突き上げるのはやめてほしい……。

 ……戦いじゃないから!

 この子たち……もうまともに街を案内する気はないよね……。

 食べることしか考えていない気がする……まぁいいけど……。


 俺はいろいろと突っ込みたい気持ちに蓋をして……リリイとチャッピーそれからミネちゃんにもお財布を渡した。

 首から下げる可愛い『がま口財布』を作ったのだ。

 がま口の口金を作るのが大変だったが…… 魔竹を加工して作ったのだ。

 リリイは赤、チャッピーは青、ミネちゃんは黄色のお財布にした。

 それぞれに銀貨を四枚と銅貨を十枚で、五千ゴル分入れておいた。


 子供には多い気もするが、この子たちはいっぱい食べるので、ちょっと多めに入れた。

 そしてどんな感じで帰ってくるかも、見たかったのだ。

 俺の予想としては……リリイは使い切る、チャッピーは残す、ミネちゃんは食べ過ぎて足りなくなる、という予想を立てているのだ……。

 保護者としてサリイさんが一緒にいるから、変なことにはならないだろう。


 早速、四人は出掛けていった。



 そういえば、午前中に行った第二回目の『炊き出し』は、大盛況で無事に終了した。

 参加人数も昨日より増えていた。


 今日は『舎弟ズ』たちの動きも良くなっていたし、張り切って声を出して頑張っていた。

 食後の『護身柔術体操』も、必死で覚えたようで、大きな声で歌いながらちゃんとできていた。

 十分手本になれていたのである。

 あいつらは結構……やればできる奴らなのだ!

 そして今日も、集まってきた人たちにお礼を言われ、涙を流していた。


 あいつらは今、『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーと一緒に、街の見廻りに行っている。

 見廻りというか……ゴロツキを退治しに行っているのだ。


 ナビーの話では、子供たちを集めたときに寄って来たり見かけたゴロツキを退治しただけで、この街の全てのゴロツキを潰したわけではないとのことだ。

 出発が明日の朝と決まったこともあり、今後のためにゴロツキを一掃しておきたかったようだ。


 ナビーは「この街を掃除してきます」と言って、『舎弟ズ』を引き連れて颯爽と行ってしまったのだ。


 掃除してきますって……あの人、まさに『闇の掃除人』なんですけど……。

 というか……昼間から堂々とゴロツキを掃除しちゃってるけどね……『白昼の掃除人』 だな……。


 どうもナビー的には、『舎弟ズ』が今後暴漢などと対峙するときに、上手く対応できるための実戦訓練という意味もあるようだ。

 だからナビーは、後ろでボスのように構えていて、『舎弟ズ』にゴロツキの対応をさせるつもりのようだ。


 しかし……あいつら、この前までチンピラだったからな……。

 いい装備を身に付けさせているだけで、レベルが上がったわけでもないから、大丈夫なんだろうかと少し心配になった。

 まぁナビーがいるから、大丈夫だろうけどね。


 それよりも心配なのは……あいつら、ナビーが絡むと……というかナビーに叱られると……完全に変態な目になることだ……。

 何人かは……ナビーを見かけると、すごく叱ってほしそうな雰囲気まで出してる始末だし……。

 ナビーとの胸躍るゴロツキ退治で、ナビーがゴロツキをボコってる姿を見て、変態度数が進まないか凄く心配だ……。



 少しして、ナビーたちが帰ってきた。


「この街のゴロツキは、ほぼ駆逐したと思います。今回は直接守護の屋敷に置いてきました。 二十五人ほどです」


 ナビーがそう報告してくれたのはいいのだが……なぜか『舎弟ズ』の後ろを、六人のチンピラがついてくる。


 もしや……またテイム……もとい矯正してきちゃったの?


「更生可能と思われた六名は、『愛の竹棒』を使って即座に矯正いたしました。彼ら六人は『舎弟ズ』の二期生になります。当面は……『二代目舎弟ズ』と名乗らせようと思っています」


 ナビーが普通にそう言った……。


 もしもし……二期生ってなによ!? ……アイドルグループか!

 それに、『二代目舎弟ズ』ってなによ!? ……この前できたばっかりなのに、もう二代目!?

 普通に『舎弟ズ』に追加メンバーで入れればいいんじゃないの……?

 そして二代目があるってことは、今後三代目とかも作っちゃうわけ!? …… まるで大人気ダンスボーカルユニットみたいじゃないか……。


 ナビーどうしちゃったのよ……?

 ていうか……ニアも一緒に行っていたから……ニアの入れ知恵かもしれない……そして、その影には『ライジングカープ』のキンちゃんが……。

 そんな気がしたが……ついさっき濡れ衣をかけたばかりなので、やめておこう。


 もう考えたら負けだ……無視!



 

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