327.偶然の、発見。

「わかった。じゃぁこの結界を解除するから、同時に発動の魔法道具を渡してくれ」


 俺は、しょうがなく妥協し『薬の博士』との交渉に応じることにした。


「馬鹿なことを言うな! 結界が解除されているのをどうやって証明するんだ。転移してみなければ、結界が消えているかどうか確認できないではないか!」


『薬の博士』は、あご髭を触りながら語気を強めた。


「じゃぁ……『武器の博士』を先に転移させたらどうだ? そうすれば、結界が解除されているのがわかるじゃないか。『武器の博士』の転移を確認したら、発動用の魔法道具を俺に投げて、お前は転移で消えればいい!」


 俺は再度提案した。

 どうせ二人で逃げる予定なんだし、悪い話ではないはずだ。


「ふん、まぁ……よかろう。ならば『武器の博士』をここに連れてこい!」


『薬の博士』も渋々だが、受け入れた。


「わかった。すぐに戻るから、変な動きをするんじゃないぞ!」


「ふん、分かっとるわい! この結界があるうちは、どうにもできないからなあ……。いいから早く連れて来い!」


『薬の博士』は、腹立たしそうにあご髭を触った。



 俺は、すぐに『武器の博士』を連れて部屋に戻ってきた。


「いったい……どういうことだい……」


『武器の博士』が、怪訝そうに呟いた。


「今から結界を解除する。まずお前が先に転移で逃げろ!」


 俺が指示すると、『武器の博士』はさらに怪訝そうな表情をした。


「な、なぜ……私を逃す?」


「話は後から『薬の博士』に聞け! いいから早く転移しろ!」


 俺は、語気を強めるとともに少し威圧した。


「ヒイイイ!」


『武器の博士』は、恐怖の声を上げた。


 ——パチンッ


 俺は指を鳴らし、結界を解除した。


「さぁ、今だ! 早く転移しろ!」


 俺は『武器の博士』を睨みながら指示した。


「ヒイイイ!」


『武器の博士』は、恐怖の声を上げながら、ポケットに手を突っ込んだ。


 次の瞬間には、消えてしまった。


「さぁこれで結界を解除したのは確認できただろう! 早く発動の魔法道具をよこせ!」


 俺は『薬の博士』を睨みつけた。


「わかったわかった……これだよ!」


 そう言うと『薬の博士』はポケットから、親指くらいの大きさの筒を取り出した。

 先端にスイッチのようなものがあって、押す構造になっているようだ。


「じゃぁ受け取ってくれ! もっとも、もう何の意味もないがな!」


 そう言うと、『薬の博士』はスイッチを押した!


 なんてことを……コノヤロウ……。


 そして次の瞬間、『薬の博士』はもう一方の手をポケットに入れて何かを操作した。


「この間抜けめが! これで貴様の“死なせない伝説”も終わりだ!」


 そう叫びながら、『薬の博士』は嗜虐の笑みを浮かべた。


 ………………………


 だが奴は、そのまま固まった。


「な、なに……なぜ……なぜ転移できない?」


 先ほどまで余裕の笑みだった『薬の博士』が急にうろたえる。


 そう……奴は転移しようとして失敗したのだ。


 バカな奴め! ここからは、俺のターンだ!


「転移できるはずがないだろ! 結界を解除してないんだから!」


 今度は俺が、ニヤけ顔でそう言ってやった。


「バ、バカな……な、なぜ……『武器の博士』は転移できたじゃないか!」


「『武器の博士』……彼女なら、隣の部屋で眠ったままだけど……」


 俺は、とぼけながら微笑んでやった。


「バカな……今、転移したではないか……」


「なにかの見間違いじゃないかなぁ……」


 俺は馬鹿にするようなトーンで、そう言ってやった。


 そしてタネは明かしてやらないのだ!


 実はさっき連れてきた『武器の博士』は、『武器の博士』ではなかったのだ。


 『エンペラースライム』のリンちゃんの『種族固有スキル』の『変態』で、『武器の博士』になってもらっていたのだ。

 密かに呼び寄せたリンに『武器の博士』に触れてもらい、波動情報を読み取ってもらったのだ。

 『変態』スキルは、波動情報を読みとった生物に変化するスキルだ。

 セリフや口調も含め、リンちゃんの完コピだった。グッジョブ、リン!

 リンには念話で、口調などの指示も出していたのだ。


 そしてリンは転移をするふりをして、一瞬で元のスライムの姿に戻りつつ、いつもの潜入調査のとき同様『隠密』スキルと体色変化のステルス機能のコンボで、気配と姿を消したのだ。

 『薬の博士』は全く気づいていないが、透明になったリンはすぐ近くにそのままいたのだ。


「……だが……こんなところで悠長にしていていいのかな? 私はもう薬を発動させた! どれほどの女どもが魔物になったかな?」


『薬の博士』は、少し落ち着きを取り戻し、そう言った。

 一矢むくいたつもりでいるのだろうか……


「それも全く問題ないけど……。誰一人として『死人魔物』にはなっていないよ」


 俺は余裕たっぷりに言った。


「ハハハハハハ、何を馬鹿な、そんなことできるわけがない!」


「そうでもないよ。体の中にセットされた改良型の『死人薬』を体外に排出する方法を見つけたからね」


「ば、馬鹿な……そんなこと……できるはずがない! しかもこの短い間に……」


『薬の博士』が明らかに動揺している。

 信じられないといった顔つきだ。


「しょうがない。これだけは、答えを教えてやろう。回復魔法をかけたのさ!回復魔法で体を回復させるときに、体内に仕込まれた薬は、異物として外に排出されたんだよ。薬を仕込んでいた場所も、腹部の皮下組織だったから、あっさり排出されたようだ」


「ば、馬鹿な……なぜ……なぜそんなことが……」


「しょうがないから、これも教えてやろう。お前が言った通り、お前と対峙した時点で既に俺の仲間が囚われていた女性たちを見つけていたんだ。そして傷ついた人たちに回復魔法をかけたら、偶然、改良型の『死人薬』が体外に排出されたんだよ。そう……完全な偶然さ……。だがその偶然で、お前の企みを全て防げた!」


「な、なんだと……この秘密のアジトを偶然見つけただけじゃなく、体に仕込んだ薬の摘出方法も偶然発見したというのか……そんなことが……」


「今度こそ、観念するんだな!」


「お、おのれ!」


 往生際悪く『薬の博士』がなにかするそぶりを見せたが……させないよ!


 俺はすぐに魔法紐の鞭を放ち、やつに巻きつけた!


 そして、麻痺させ動けないようにした。


 さっきは、囚われている女性たちの『死人薬』を摘出する時間がほしかったから、こいつの話に付き合ってやったが、もうこれ以上は付き合ってやらんのだ!


 実は囚われていた女性たちの救出をやってくれていたのは、ニアとリンだったのだ。

 最初に保護した女性が回復して、そばについていたニアとリンが女性たちが囚われている場所を聞き出し、一緒に助けに行っていたのだ。

 そしてニアが怪我をしている女性に対して、回復魔法をかけたところ、何人かの女性のお腹から埋め込まれていたカプセル状の薬が放出されたのだ。

 これはおそらく回復魔法の効果で、体から異物を排出したと考えられる。

 改良型の『死人薬』は、ビー玉状の丸薬ではなく、小型化されたカプセル状だったようだ。

 これを腹部の皮下組織に埋め込んでいたようだ。


 この情報が密かに 『絆』通信でニアからもたらされていたので、それを仕込まれている『死人薬』だと確信し、ニアに全員に回復魔法をかけるように指示を出していたのだ。

『薬の博士』と交渉していたのは、ニアの摘出作業が終わるまでの時間稼ぎだったのだ。


 俺は同時に、『波動検知』で他に囚われている人がいないかも確認し、救出漏れがないことも確認済みだった。


 そしてニアに回復してもらっている間に、リンには急いで俺のところに駆けつけてもらったのだ。

 念話でリンに作戦を話し、『変態』スキルを使って『武器の博士』になってもらったのだ。

 『絆』通信をオープン回線でみんなに繋ぎつつ、ナビーが情報をフォローして的確に指示を出してくれたのも大きい。


 結局この大アジトで残った『正義の爪痕』は、『薬の博士』と『武器の博士』という幹部二人だけだった。

 残り構成員たちはすべて『死人魔物』になってしまったので、俺と仲間たちで討伐するしかなかったのだ。


 囚われていた女性たちは、百人以上いたようだ。

 まだ詳しくはわからないが、どうもピグシード辺境伯領の人たちだけではないようだ。

 最初に救出した女性を含め、腕や指などを失っていた人が何人かいたが、皆体力が回復し次第、ニアの種族固有スキル『癒しのキス』で部位欠損を治してあげようと思っている。


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