307.魔術の、仕組み。

 最初の一体を倒し、次の一体が来るかと思っていたが、現れたのはミノショウさんだった。


「ニアちゃん、その『魔導書』どうしたの? 最近じゃ、ほとんど見ない貴重なものよ!」


 ミノショウさんが、興味深そうにニアに尋ねた。


「これはね、この前『イビラー迷宮』を発見して、そこの宝物庫で手に入れたのよ!」


 ニアがそう答えた。


 俺はミノショウさんからもらった情報のおかげで、マシマグナ第四帝国のテスト用二号迷宮の『イビラー迷宮』を発見できたことを告げ、改めて礼を言った。


「それはほんとによかったです。その『魔導書』は、今となってはかなり貴重なものよ。さっきの感じからして……おそらく詠唱短縮ができる『魔導書』よね! 魔術師として迷宮に挑むなら、昔は必需品だったのよ! 魔法道具としての『階級』がもっと高い『魔導書』なら、詠唱破棄や無詠唱も可能になるのよ!」


 ミノショウさんが饒舌に語り出した。

 よほど懐かしかったのだろうか……。


 俺はミノショウさんとニアに、『魔導書』について詳しく話を聞いた。


 それによると……


 『魔術』は、術式化された呪文を詠唱することで誰にでも発動できるように構築してあるらしい。

 いにしえの大賢者が『魔法』の仕組みを解明し、応用させて術として完成させたのだそうだ。


 『魔術』の発動には一定のルールが存在していて、呪文の場合には……


 『導入句(接続句)』

 『上の句』

 『本文』

 『下の句』

 『発動句(魔術名)』


 という構成になっているのだそうだ。


 『導入句』は『接続句』とも言われ、『魔術』の属性もしくは精霊名が入るようだ。

 ニアが使った『魔術』の呪文では、『火とともに』と言っていた部分になるようだ。


 次に『上の句』、これは属性によって同じ言葉が使われることが多いようだ。

 ニアが使った『魔術』の呪文では、『火の精霊よ、我に依りて御技を解放すべし!』という部分になる。


 次が『本文』だが、ここがそれぞれの『魔術』ごとに大きく異なっていて、覚えて早く詠唱するのが大変な部分のようだ。

 ここはニアの『魔術』では、詠唱短縮されていた部分だ。


 『下の句』は『上の句』と同様で、属性によってほぼ統一されているようだ。

 ニアが使った『魔術』の呪文では、『火精満ちて御技顕現す!』という部分になる。


 最後が『発動句』で、この『発動句』により技が発動するので、発動のタイミングが調整できるらしい。

『発動句』を保留にしておくことで、技を待機状態にさせることができるようだ。

 この『発動句』は、基本的に『魔術名』になっているようだ。

 ニアが使った魔術の呪文では、『火球ファイアボール!』という部分になる。


「火とともに……火の精霊よ、我に依りて御技を解放すべし!…… 『詠唱短縮発動』……火精満ちて御技顕現す! 火球ファイアボール!」


 この『魔術』を発動させる一連の呪文の流れの中で、『本文』を省略して短時間で発動させることを『詠唱短縮』というらしい。


 『導入句』『上の句』『本文』『下の句』を省略して、『発動句』だけ、つまり技名だけで『魔術』を発動させることを『詠唱破棄』というようだ。


 相当な訓練をつまないとできないことで、『魔術』が盛んだった時代でも『詠唱破棄』の使い手は少なかったとのことだ。


 過去の文献上もほとんど登場していないが、理論上は『発動句』すらも口に出さない『無詠唱』もありえるらしい。

 思っただけで『魔術』を発動させるということになる。

 こうなると、ほぼ『魔法』と変わらない状態になる。

 仮にすべての『魔術』が『無詠唱』で使えれば、『魔法使い』よりも強くなる可能性が高いそうだ。

『魔法使い』は、詠唱が必要なく威力が高い魔法も多いが、属性が偏ってしまう場合が多いからだ。

 属性毎の魔法適性を全て持っている『魔法使い』はほとんどいないが、『魔術』の場合は属性の魔法適性は関係ないので、すべての属性の『魔術』を使いこなせる可能性が高くなるのだ。

 ただあくまで理論上の話で、過去の文献にも全属性の『魔術』を『無詠唱』で使えた人物は、記載されていないそうだ。


 そもそも『魔術』は、魔法の力を広く普及させて人々の生活を豊かにする目的のために、超古代の大賢者と言われた人物が作り上げたと伝えられているようだ。


 『魔法』を解明し、術式を組み上げてより使いやすくした『魔術』が発明されたことによって、様々な魔法道具が作られるようになり、その後『魔法機械文明』が興きる大きな要因になったとのことだ。


 ということからすれば、大賢者と言われた人物が『魔術』という体系を作り出したのは、最初の『マシマグナ帝国』が作られるよりも前ということになるのだろう。


 『魔術』は、使えば使うほど呪文もスムーズになり、発動も速くなるようで、努力がものをいうらしい。

 一概には言えないが『魔法』がセンスや才能で発揮されるものととらえるならば、『魔術』は努力によって磨くものといえるようだ。


 それ故『魔術』は理論上は誰でも使えるということになっているが、人並み外れた努力ができなければ使えないというのが実態のようだ。

 結局は、一流アスリートのように努力できる才能がなければ難しいのだろう。


 ニアは、『魔術』を面白いと思っているようで、やる気のようだ。

 ニアは風属性と雷属性の『魔法』を使えるわけだが、『魔術』なら練習さえすればどんな属性のものでも使えるようになる。

 すべての属性の魔法攻撃ができたら、オールマイティーな魔法戦士になれるからね。


 そして冒険者パーティーのリーダーローレルさんのように、合体魔法が使えるようになるかもしれない。

 例えばニアが『魔術』で『 火球ファイアボール』を作り、本来自分が持っている『風魔法』と合わせれば、ローレルさんのように『炎の嵐』が生み出せるかもしれない。



 そんな魔術の話が一段落したところで、ミノショウさんが約束通り戦闘の総評というかアドバイスをしてくれた。


「戦いの質としては、まぁまぁといったところでしょうか。ある程度の連携は見て取れますが、行き当たりばったり感は否めませんね」


 ミノショウさんは腕組みしながらそう指摘してくれた。


「じゃあ、どうやればよかったわけ?」


 ニアがそう言って、少しだけほっぺを膨らませた。


「そうね……本来ならニアちゃんが全体を仕切って指示を出せばいいと思うんだけど……。今回は詠唱の必要な『魔術』を使っていたから、難しかったもんね。魔術の弱点はそういうところにもあるのよね。魔術師が優秀な戦術指揮者だった場合、『魔術』の詠唱が邪魔になるのよね」


 ミノショウさんは、少し困った顔でそう言った。


「やっぱり『魔術』は実戦向きじゃないのかな……。結構面白そうな感じなんだけど……」


 ニアが残念そうな表情になった。


「そんなことないわよ。その『魔導書』を使えば『詠唱短縮』できるんだし。戦術指揮をしながら使うタイミングを見計らうことと、サブ的に戦術指揮をするメンバーを作ればいいのよ」


「具体的には、どうすればいいわけ?」


「そうねぇ…… みんな個人の力は強いから普通の敵なら問題ないと思うんだけど……。上級悪魔など格上の敵と戦わなければいけない状況になったときには、やはり連携できた方がいいのよね。ここは一旦、冒険者の基本にならって役割を決めてみたらどうかしら。もちろん後から変更も可能だし、一人で二つの役割ができるようになってもいいし……」


 ミノショウさんが、そう提案してくれた。


 強い敵に遭遇したときに、安全性を高めて戦うには連携が取れていた方がいいということなのだろう。

 危険な迷宮に挑む冒険者にとっては、基本戦術のようだ。


「具体的には、どういうポジションがいいのでしょうか?」


 俺は、より具体的なアドバイスを求めた。


「そうですね。今見た戦いだけで考えるとすれば……リンちゃんが壁役の『タンク』、『アタッカー』がフウちゃん、『ロングアタッカー』がオリョウちゃん、『魔法使い』ポジションがニアちゃん、シチミちゃんは『斥候』と『サブアタッカー』ポジションね。それで全体の指揮はニアちゃんだけど、ニアちゃんができないときはフウちゃんがいいかしら。上空から全体の戦況が確認できるから……」


 ミノショウさんが、そう提案してくれた。


 なるほど……なかなかいいんじゃないだろうか……。

 後で変更することもできるわけだから、試しにそのままやってみるか……。


 早速、その役割分担で実戦訓練することにした。



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