243.魔法の巻物、作ってみた。

 午後になって、再びアグネスさんが領城を訪れた。


 一緒に旅をしている友人を連れて、挨拶にきたのだ。


  友人は弾き語りをするときに、アシスタントをしたり舞踏をすることもあるようだ。

 二人とも雇用する約束なので、今後も一緒に活動してもらう。

 またリリイとチャッピーの先生も、一緒にやってもらうことになっている。


 やってきたのは、スラッとした黒髪の濃艶な感じの美人だ。

 確かに猫の亜人で、猫耳と猫しっぽがついている。

 アグネスさんと同じ二十四歳と聞かされていなかったら、二十代後半と思っていただろう。

 老けているというわけではなく……大人な感じ……色っぽいのだ。


「私は、アグネスと一緒に旅をしておりますタマルと申します。よろしくお願いします」


 タマルさんは、そう挨拶しながら貴族の礼をとった。


 しっかりとした礼儀作法を身に付けているようだ。


 俺は申し訳ないと思いつつも、念のために『波動鑑定』をさせてもらった。


 ………レベル35!


 アグネスさんよりも高レベルだ……。


 そしてスキルは……


『格闘』『拳法——虎爪牙拳こそうがけん』『剣術』『護身柔術』『投擲』『立体機動』『空中殺法』

『算術』『調理』『馬術』『操車術』などだ。


 アグネスさん同様凄い能力だ。

 特に戦闘系に特化しているようだ。


 冒険者としても通用するんじゃないだろうか……。


 まぁこの世界で危険の多い旅を頻繁にしているという時点で、既に冒険者といえるかもしれないけど……。

 危険に会う確率が高いから、レベルも上がるのだろう。


 今日は早速リリイ、チャッピー、ソフィアちゃん、タリアちゃんに護身術である『護身柔術』を教えてくれることになった。


 四人とも大喜びだ。


 チャッピーは、自分と同じ猫の亜人であるタマルさんが気になるようだ。

 相変わらず少し引っ込み思案なチャッピーは、最初は恥ずかしいのか遠巻きに見ている感じだったが、途中からは慣れて積極的に話しかけていた。

 タマルさんも自分と同族だからか、チャッピーに対しては他の三人以上に優しい視線を向けているような気がした。


 俺はタマルさんの持っている『空中殺法』スキルが凄く気になる……

 俺も教えてほしい感じなんだけど………。


 そして『拳法——虎爪牙拳』も………

 猫亜人特有の猫っぽい動きの拳法なのかなぁ……めっちゃ気になる……。

 色っぽいタマルさんが、猫的な動きで拳法を繰り出したら……

 相手は悩殺でやられてしまうに違いない……。



 お茶を飲みながら訓練の様子を眺めていた俺に、念話が入った。


 大森林の『アラクネ』のケニーからだ。


『正義の爪痕』のアジトの可能性がある迷宮遺跡に関する情報だった。


 大森林や霊域の幹部たちには、俺の周辺で起きていることに関しては定期的に連絡を入れている。

 結構マメにサーヤの転移で顔も出しているのだ。早朝や夜が多いが……。


 したがって、ほとんどの情報は共有されている。


 それに『絆』スキルの『絆通信』によって、お互いに自由に念話ができるので、情報は黙っていてもすぐに伝わっているようだ。


 それで『キマイラ』のキーマが、心当たりがあるとケニーに伝えてきたそうだ。


 キーマは『爪の悪魔』に捕まるまでは、放浪生活をしていたと前に話していた。

 その時に、迷宮遺跡のような場所に人間が出入りしているのを見たことがあるらしい。


 しかも大森林の南東の端を、更に南東方向に進んだ不可侵領域にあったようだ。

 そこは、セイバーン公爵領からも近いらしい。

 南に下るとセイバーン公爵領になる位置関係のようだ。


 大森林を南に下るとピグシード辺境伯領なのだが、ピグシード辺境伯領の東にはセイバーン公爵領があるのだ。

 ピグシード辺境伯領全体の南側もセイバーン公爵領になっているが、東面でも接しているのだ。

 それだけセイバーン公爵領が、大きく歪な形状をしているということなのだ。


 迷宮遺跡のような場所の位置はキーマもうろ覚えなので、これから単独で確認に行くとのことだ。


 キーマほどのレベルと実力があれば、単独でも大丈夫とは思うが……


 ケニーに確認すると、ケニーもチームを編成しようと思ったらしいのだが、キーマが目立たないように単独で行くと申し出たそうだ。


 今は『共有スキル』で強化されているので、以前のように突然の麻痺攻撃にやられることもないだろうし、危ないことにはならないと思うが……。


 まぁなにかあれば、念話が入るから大丈夫だろう。






  ◇






 夜になって俺は、領城の部屋で一人灯りを灯し、本を取り出した。


 リリイとチャッピーとニアはベッドで寝ている。


 俺が取り出した本は…… 『秘伝! 魔法の巻物の作り方 初級編』だ。


 『マグネの街』で本屋のブリーさんに、特別に販売してもらった貴重な本だ。


 日々の雑務に追われて、そのままにしていたのだが……


 昨日のアンデッド騒動での巻物の大活躍で、俺は本格的に『魔法の巻物』を集めたくなったのだ。

 巻物の力がなければ、あれほど効率的にアンデッドを殲滅できなかったからね。


 そして、もし自分で作れるなら『魔法の巻物』を作ってみたかったのだ。


 ということで、読んでいるのだが…………


 書いていることは、なかなかに難しい……


 本の内容によると……どうも『魔法』を定型化した技術を『魔術』といい、その魔術式や魔術陣……通常は魔法陣と言っているものを利用して巻物を作るらしい。


 ただ『魔術』というのは古の大賢者が作り出したものらしいが、現代ではほとんど廃れてしまっていて『魔術』も、その元の『魔法』も混同されて一般に『魔法』と言われているようだ。


 他にも『魔法』と『魔術』に関してはいろいろ書いてあるのだが……

 一回読んだだけで理解するのは、厳しい感じだ……。


 ただこの本の良いところは、いくつかの基本的な『魔法の巻物』を作るための魔術式や魔法陣が載っていて、そのまま書き写せば、巻物が作れてしまうという点だ。


 もっとも巻物を作るためには、『魔法の巻物』用の特別な『魔法紙』と『魔法筆』が必要になるらしい。


 特にリユースタイプの『魔法の巻物』を作るためには、『上級』以上の階級の『魔法紙』が必要となるようだ。

 それがないと、魔術式や魔法陣を維持できないらしい。


 ということで……この本だけあっても『魔法の巻物』を作ることはできないようだ。


 この本は『初級編』と書いてあるが、この本の内容を理解しただけでも超絶パワーアップできる気がする。

 そしてここに紹介されている何種類かの『魔法の巻物』を作っただけでも、かなり役立ちそうだ。

 仲間たちの戦力アップのためにも、なんとか身につけたい。


 そうだ! ナビーに頼ろう!

 俺は、『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーに相談することにした。


 俺の頭では理解できなくても、ナビーならできるに違いない。

 まぁとは言っても、ナビーも俺自身ではあるのだが……。


 (ナビー、この本の内容を最短でマスターする方法と『魔法の巻物』を作る方法はあるかな?)


(もちろんです。よく私に訊くことを思いついてくれました。いつものように、私に問いかけること自体を忘れるのではないかと、ヒヤヒヤしていました)


 あれ……またしても不満を言われている気がする……そして軽くディスられている気が……。

 まぁいいけど……。


 そしてディスってることを否定しないから、やっぱりディスってるんだよね……。


(そんなことより、『魔法の巻物』件ですが、現在のマスターの能力及び学習に対する意欲では、早急に習得することは困難と考えます。

 ただ、いつものようにマスターが使いこなしていない能力の一つに、『波動』スキルの『波動記憶』コマンドのサブコマンドに『睡眠学習』があります。

 このスキルを使って本を枕元に置いて就寝すれば、寝ている間に本の内容が学習できます。波動情報として脳に取り込むことができるのです。マスターにはこれが最善の方法です。

 自然に記憶された状態になるはずですし、マスターができなくても私の方でしっかり活用できます。

 そして先程、あっさり断念していた『魔法の巻物』の製作も、可能です。

 マスターは忘れているようですが、『テスター迷宮』の第一宝物庫で手に入れた宝物の中に『魔法筆』と『魔法紙』の束があります。

 それ自体かなり貴重なもので、おそらくリユースタイプの巻物が製作可能と思われます)


 おお……なにそれ!


 なんか提案された情報が凄すぎて……そして俺に対するディスりも凄すぎて……


 それにしても『睡眠学習』か……夢の怠け者機能……

 ナビーのディスり通りで、ちょっと悔しいけど……それが一番いいね……。


 そして……すでに俺は持っていたというわけだ。

『魔法筆』と『魔法紙』


 俺は『波動収納』から取り出してみたが……階級はなんと……『極上級プライム』じゃないか!

 両方ともだ。


 これならリユースタイプの『魔法の巻物』も作れる!


 本に書いてある基本的な物をいくつか作ってみよう!


 本当は一度『睡眠学習』してから作った方がいい気もするが……

 とりあえず書いてある魔法陣を写すだけの簡単な物を作ってみよう。

 今更寝て待つなんてできないよ……作ってみたいのだ!


 書いてある『魔法陣』と発動するための『発動真言コマンドワード』を、魔法紙に魔法筆を使って書き写すだけなので簡単にできちゃう感じだ。


 こんな簡単にできていいんだろうか……。


 もっとも普通は本を手に入れることが難しいし、『魔法筆』や『魔法紙』の上級以上のランクの物を手に入るのはそれ以上に難しいだろう。

『魔法の巻物』の希少さから考えると、作れる職人もほとんどいないのではないだろうか。


 まず『火球ファイヤーボール』の巻物を作ってみることにする。


 魔法陣に記されている記号や文字を書き写す。

 写すだけといっても、綺麗に書くのは難しい……


 そうだ!

 俺にしかできない特別なやり方がある!

 しかもナビーに相談せずに気付いた俺って凄い!


 でも一応相談してみようかなぁ……


(大丈夫です。マスターが思っているやり方が一番いいと思います)


 おお、さすがナビー、俺自身だけあって俺の考えは全てお見通しだ……。


 俺は本に書いてある『魔法陣』と『発動真言コマンドワード』を『波動複写』でコピーして、魔法紙に貼り付けることを思いついたのだ。


 試しにやってみると………


 ………上手くいった!


 魔法紙に綺麗に『魔法陣』と『発動真言コマンドワード』が書き込まれている!


 ちなみに『発動真言コマンドワード』は…… 「燃え上がれ! 火の玉となり敵を穿て!」だ。

 なかなかに、中二心が刺激される……。



 俺は他にも『水球ウオーターボール』『氷球アイスボール』『光の灯籠』の巻物を作ってみた。


 紙を巻く軸の部分は、象牙を加工して作った。

 巻物を止める紐の部分は『ワイルド麻』の麻紐を使った。

 通常の麻紐より強度が強いのだ。


 明日の早朝にでも大森林に行って、ちゃんと発動するか試してみよう!


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