222.優しい、商人。

 会議が終わり、また中庭でティータイムをすることになった。


 俺はウインさんと話したいことがあったので、みんなに少し遅れることを告げ会議室に残った。


 今後『ギルド会館』を建てるにあたって、要望などを聞いておきたかったのだ。

『商人ギルド』についても、業種のバランス等を聞いておきたかった。


「閣下、いえ、失礼しました。グリム様、『マグネの街』での『フェアリー商会』の噂は、既に我々ギルドメンバーにも知れ渡っております。凄いご活躍ですね。実は私の妻が『マグネの街』の出身でして、私も何度も訪れているのです。妻の両親が経営していた宿家に何度も泊まり、お陰でなんとか妻をものにすることができました」


 ウインさんが、会議が終わりリラックスしたのか、笑顔でそんな話をしてくれた。


 何度も『マグネの街』に訪れたことがあり、奥さんも『マグネの街』の出身……


 ……なんかこの話……聞いたことがあるような……あれ……もしや……


「もしかして、奥さんのご両親も領都に呼び寄せていらっしゃいませんか?」


 俺がそう尋ねるとウインさんは、少し驚いた表情になった。


「なぜ、そのことを……」


 やっぱり……。


 どうもウインさんは、前にトルコーネさんが言っていた領都の“若くて妻思いなやり手商人”だったようだ。

 奥さんだけじゃなく、そのご両親のことも自分の親のように大事にし、領都に呼び寄せて屋敷を与えて住まわせているという話だった。


 そう、『フェアリー亭』の場所で宿屋をやっていた元の所有者が、その奥さんの両親なのだ。


「実は私の友人が、新しく建物を購入して宿屋をやっているのですが、そこが奥様のご両親が経営されていた宿屋なのです。以前その友人から奥様が領都のやり手の商人に嫁いで、両親も一緒に引っ越したので宿屋が売りに出ていた、という事情を聞かされていたのです」


 俺がそう説明すると、ウインさんは納得の表情になった。


「そうだったんですか……あの宿屋を……ということは……もしかして有名な『フェアリー亭』はあの場所なのですか?」


 ウインさんは途中から驚きながらそう言った。


 有名な『フェアリー亭』…………領都でそんなに有名になっているのか……?


「ええ、そうです。『フェアリー亭』はその場所なんです。『フェアリー亭』は、領都で何か有名になっているのでしょうか?」


 俺がそう尋ねると、ウインさんは大きく頷いた。


「『フェアリー亭』の評判は、我々商人仲間には既に届いております。私も評判のメニューを食べてみたいと思っているのです。こういう時勢ですから、『マグネの街』まで行くことはできませんが……。そうだ! 領都で『フェアリー亭』を開かないんですか? メニューのほとんどは、グリム様の考案との噂ですが……」


 ウインさんが、目をキラキラさせながらそう言った。


「そうなんですか……そんな評判が……。領都でも過度な競争にならないようなら、考えようとは思っていましたが…… 」


「大丈夫です。是非やってください! 確かに飲食事業は参入しやすい反面、競争も激しいですが、今は競争という状態でもありません。そもそもの数が激減してしまいましたから。それに美味しいものは、皆食べたいものです。実は義父も評判を聞いて、食べてみたいと言ってるんですよ。その『フェアリー亭』の場所があの宿屋だって知ったら、きっと驚くでしょうね」


 ウインさんはそう言って、他の事業も遠慮しないでどんどん始めてほしいと勧めてくれた。

 どの業種も元からあった数に比べれば、大分減ってしまっているので、過当競争を心配する必要はないようだ。


  ウインさんの商会が手がけているのは、装飾品販売事業とガラス製品販売事業とのことだ。

 それぞれお店を、一店舗ずつ持っているようだ。

 装飾品は、アクセサリーなどが商品の主力になっているそうだ。

 ガラス製品は、窓に使うガラスやガラス製のインテリアや鏡などが主力のようだ。


 どちらの事業もお金を持っている貴族や富裕層がメインの顧客だろうから、収益性が高いのだろう。


 そして両事業とも、工房があり職人を抱えているそうだ。

 ただ全ては賄いきれないので、他の工房や職人からも仕入れているようだ。


 以前は良い商品を求めて、隣国に買い付けに行ったりもしていたそうだ。


 そのお陰で、『マグネの街』で宿に泊まり、奥さんと知り合えたとのことだ。



「奥様もご両親もご無事でよかったですね」


「ええ、領城が近かったので領城の中に逃げることができました。領主様が中に避難させてくれていなければ、もっと多くの死者がでていたと思います。我々もおそらく生きてはいなかったでしょう。本当に領主様には感謝しかありません。ただ全員の避難が間に合ったわけではなく、友人や使用人も何人か失っています……」


 ウインさんはそう答え、少し悲しげな表情になった。


 まだ会って数時間だがウインさんの話しぶりや物腰、そして以前トルコーネさんに聞いた評判から判断しても信用できる人のようだ。


 しかも若いながらに商人として立派な実績を残しているのだから、ウインさんがギルド長になってくれてよかったと思う。


 そして最後に、ギルドの理事たちの状況など、ぶっちゃけたウラ情報を教えてくれた。


「実はグリム様が領都でも商会の事業を始めるという噂を聞いて、数名の理事は戦々恐々としています。

 理事は元々十二人おりましたが、生き延びたものは八名です。理事候補の商人も何人かおりまして、新たに理事を決める予定でいます。

 理事や有力商人たちは、大まかに三つに分かれています。

 一つはグリム様の商会を警戒しているグループ、もう一つはすり寄って利を得ようというグループ、そしてもう一つは、身内を亡くし再起する気力を失った商人たちです。残った事業を売却しようとしていて、売却先としてグリムさんに期待しているのです」


 なるほど……


 想定の範囲内というか……


 本当は想定していたわけではないが……普通に考えるとそういう反応になるよね。

 新興勢力が出てきたら、みんな戦々恐々となるのは当然といえば当然だし……。


 警戒されても、擦り寄られても俺としてはあまり関係ないが……事業を手放す人たちについては、もし助けになれるなら助けたいと思っている。

 その人たちがやる気を取り戻して再起してくれるのが一番いいと思うが、どうしても辞めるなら引き受けてもいいと思っている。


 確かに事業を継続するのはかなりエネルギーが要ることだし、家族を失ったことをきっかけに、残された家族との時間を大事にしたり、ゆっくり生きたいと思って生き方を変えることも間違ってはいないと思う。


 その場合でも使用人たちの生活があるので、事業継続して雇用を維持してあげれば安心だろうしね。


 そんな考えをウインさんに話してみた。


「事業売却を考えている者は、喜ぶと思います。依頼があれば、事業売却の際の仲介や査定金額の算出もギルドの仕事に入りますので、最初の仕事は、その手のことになるかもしれませんね」


「もちろん私が購入できる事業は前向きに検討しますが、他の商会の方にも事業を引き継ぐ希望がある方がいるのではないですか?」


 俺は疑問に思って、そう訊いてみた。


「平時ならそれもあるかもしれません。いかんせん今は非常時です。新たな事業には、手を出さないでしょう。自分の事業と同業だったとしても、今は厳しいと思います。どの商人も店舗や資産……なにかしら失っていますから……。自分のところを立て直すので精一杯だと思います。私の商会も無傷ではありませんので、新しい事業に手を出す余裕はありません。例え同業の店が売りに出たとしても、引き継ぐかどうかは……分りません。皆同じ感じだと思います」


  ウインさんはそう言って、現状の商人たちの状況を説明してくれた。


 前に『マグネの街』の代官さんも、同じようなことを言っていた。

 やはり商人は時勢を敏感に察知し、無理な投資はしないようだ。


 ウインさんは元々住んでいた大きな屋敷が破壊されてしまい、今は奥さんのご両親に与えた屋敷に同居しているそうだ。


 小さな屋敷になったが、ご両親と一緒に住めて奥さんも喜んでいるし、自分も本当の親のように慕っているのでむしろよかったと言っていた。


 やはり親孝行で、いい人のようだ。


 そしてギルド長の仕事についても、義理のお父さんにギルドに入ってもらい協力してもらおうと思っているそうだ。


 身内を引き入れていいものか相談されたが、全く問題ないので是非協力してもらうように勧めた。


 といっても、別に俺に決定権があるわけではないけどね……。


 ただギルド長の仕事を義理のお父さんが手伝ってくれれば、ウインさんも自分の商会の仕事に回せる時間が増えるだろうし、凄くいいアイディアだと思うんだよね。


 身内をギルドに入れたからといって、文句を言う者はいないと思う。

 なにしろみんな自分の商会で手一杯で、ギルドの仕事なんてやりたがらないはずだからね。


 文句を言う商人がいたら、その商会から人を出させればいいと思う。


 ウインさんは自分の商会の立て直しに全力を注ぎたいはずのに、全体の利益を考えてギルド長に就任してくれた。

 まさに貧乏くじを引いてくれた人だから、俺は今後もできるだけ協力してあげようと思っている。






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