207.嫌な、感じ。

 夜になって俺とニアは領城を抜け出し、『正義の爪痕』の構成員達の捕縛に向かった。


 俺の『波動検知』で掴んだ構成員の居場所は、五カ所に上る。


 アンナ辺境伯やユーフェミア公爵に報告し、兵士を配置してもらおうとも思ったのだが今回は見送った。

 慎重に動かないと、気づかれて逃げられる可能性があるからだ。

 兵士を動かせば、目立ってしまうからね。


 俺とニアだけで各拠点を素早く叩く。

 それが一番確実と考えたのだ。


 当初は俺一人でやろうと思ったのだが、後で拠点を発見した理由を聞かれた時、“妖精女神の御業”というキラーワードを使う為に、ニアにも同行してもらった。






 ◇






 予定通り五カ所の拠点を叩き、五十三人の構成員を捕らえた。


 『隠密』スキルを使って潜入し、いつものように『状態異常付与』で『眠り』を付与し、『捕縛』スキルを使って素早く縛り上げたのだ。

 もっとも深夜の時間帯だったので、ほとんどの者は寝ていたけどね。

 捕縛した者達は、巡回の為に呼び寄せていたスライム達に領城の正門前まで運んでもらった。


 五カ所とも仮設住宅ではなく、元からあった住宅だった。


 詳しく調べないとわからないが、構成員の中には元からの住民もいたようだ。

 最近協力者になったのかもしれない。


 何か嫌な感じだ……


 構成員達はやはり『死人薬』を持っていたので、速やかに没収した。

 何かを計画していたのは間違いないようだ。


 ただ一つだけ腑に落ちないのは、“博士”と呼ばれている組織の幹部と、それに同行している小柄で無毛の男と厚化粧の女がいなかった事だ。


 予想に反して、彼らは領都には来ていないのだろうか……。






  ◇






 翌朝、俺とニアはアンナ辺境伯とユーフェミア公爵に、昨夜の捕縛の件について伝えた。


 夜になって突然、ニアが怪しい気配を感じ、念の為確認しに行ったら『正義の爪痕』の構成員とおぼしき者達がいたので捕縛したというストーリーにした。


 ユーフェミア公爵からは、たとえ夜中であっても重要な案件の時は報告を入れるようにと、お小言をいただいてしまった。

 まぁしょうがない……。

 俺が同じ立場でも怒ると思うし。


 ただお小言とは別に、復興式典の前に領都に潜む犯罪組織を一網打尽に出来たので、その点については感謝の言葉をいただいた。

 アンナ辺境伯も安堵の表情で、お礼を述べてくれた。


 やはりユーフェミア公爵も博士達三人が発見されていない事が、引っかかっているようだった。

 早速捕縛した構成員達に尋問し、作戦の全貌と三人の行方の手掛かりを探ると言っていた。






  ◇






 午後になって、俺とニアは会議室に呼ばれた。


 いつものようにアンナ辺境伯とユーフェミア公爵、シャリアさん、ユリアさん、ミリアさんが待っていた。


 構成員達から午前中かけて聞き出した内容の報告をしてくれるという事だった。


 現時点までの聞き取りで判明している事は、やはり明日の復興式典でのテロを計画していたという事だった。


 テロ計画の全容までは解明出来ていないが、大体の内容は掴めたそうだ。

 やはり『死人薬』を使った騒乱とその混乱に乗じたユーフェミア公爵、アンナ辺境伯の暗殺計画だったらしい。


 それと、捕縛した者達の約半数は最近この領に入り込んできた『正義の爪痕』の構成員だが、残りの半数はこの領都の住民で、最近『正義の爪痕』の構成員になったらしい。


 その者達は、アンナ辺境伯を恨んでいるとの事だ。


 悪魔の襲撃の際に大切な家族を失った者達で、悪魔が狙った貴族の巻き添えで死んだと逆恨みしているらしい。

 どうも『正義の爪痕』の構成員に、巧みに悲しみや怒りの感情を利用され、復讐の為に『正義の爪痕』の構成員になったようだ。


 確かに自分の家族を失ったら、行き場のない怒りに苛まれるだろう。

 そしてその怒りを、誰かにぶつけたくなるだろう。


 そんな時に貴族への襲撃に巻き込まれた等と聞かされたら、確かに逆恨みする人間も出てくるとは思う。


 冷静に考えれば、悪いのは貴族ではなく襲ってきた悪魔や白衣の男だとわかるだろうが、悲しみに暮れる人間に冷静な判断など出来ようもない。


 そんな人の傷を利用して巧みに取り込む『正義の爪痕』は許せないし、やはり侮れない組織だ。


 この領都に入った時に、『マグネの街』とは違う少し重い雰囲気というか……淀んだような空気を感じた。

 それはおそらく、悲しみに暮れる波動や怒りの波動などが混ざっていたからだろう。

 領都全体の雰囲気に影響を及ぼすくらいだから、かなりの人が負の波動に囚われているのだろう。

 あれだけの死者が出たのだから、しょうがない事だとは思うが……。


 自暴自棄になっている人もいるだろうし、生きる気力を無くした人もいるだろう。

 早くケアを考えないと……まずいかもしれない。


「これは想定される事態ではあった……。もし誰かが意図的に、今回の悲劇は領主や貴族達の行いのせいだと吹聴して誤った情報を流したら、怒りのやり場を求めていた者達が一斉に不穏分子と化してしまうかもしれない。そんな事態にならないように、充分気をつけないといけないね」


 ユーフェミア公爵が、うつむきながら拳を握った。


 確かにその通りだ。


 この世界では、情報が正確かどうかなどすぐには判断が出来ない。

 真偽を問わず広がった情報を信じてしまう可能性が高い。

 偽の情報でも商売を潰せたり、人を陥れたり出来るのがこの世界の恐ろしさの一つだ。


 今後は、噂の動きについても充分注意をする必要がある。


 といっても、効果的な対策は思いつかないが……。



 最後にユーフェミア公爵から一つ協力依頼があった。


 俺がテイムした事になってる飛竜達の事についてである。


 飛竜達を何体か貸して欲しいという依頼だった。

 領都の対空警戒の為に使いたいとの事だった。

 セイバーン公爵軍には、飛竜に騎乗出来る兵士が何人かいるそうだ。


 明日の式典の時も、対空警戒に出動させたいとの事だ。


 もちろん俺は快諾した。



 そして打ち合わせが終わったので、公爵が選抜した兵士達とともに会議室にいた皆で飛竜の厩舎に向かった。


 騎乗出来る兵士が五人いたので、五体の雄の飛竜を貸し出す事にした。


 飛竜達には俺の方から念話で説明し、兵士達に協力するように頼んでおいた。



 そんな時……見慣れない下僕風の小男がこちらに向かって近づいて来た。


 兵士達が剣の柄に手を乗せ警戒する。


「すんません。明日の式典で使う品を持って来やしだ。厩舎の近ぐに置げど言われだんですが、どごに置げばいいですがの? 」


 小男は、拍子抜けするような声のトーンでそう言って、頬を掻いた。

 長めの縮れ毛と筋肉質な体系は、俺の好きなアクションスターを縮小したような感じだ。

 ホリが深めの顔も、なんとなく似てる感じだ。


 俺がのん気にそんな事を思っていると……


(ご主人様、もしかしてあの男は……アジトにいた男かもしれません! )


 飛竜のリーダーフジが俺に突然、念話でそう告げた。


 そして伝え終わるや否や、急に羽ばたきをして風を起こした!


 ———ビューーンッ


 突然の突風にみんな驚き、足を踏ん張る。


 そんな中………突風によって黒い物体が空に舞い上がった!

 縮れた黒い物体だ!


 え、……ってかズラ⁈


 そう……長めの縮れ毛だけが、空を舞っていたのだ。


 視線を下に降ろすと、そこにはテカテカのスキンヘッドがあった!


 なに! ………無毛で小柄な筋肉質の男……こいつは……

 三人のうちの一人か!


 俺がそう思った瞬間———


 奴も身元バレを悟ったようだ。

 吹き矢を取り出して、突然連射してきた!


 周りの兵士達に、吹き矢が当たる!


 首筋を狙っているようで、鎧で防げていない。


 兵士達は、力なくその場に倒れてしまった。


 おそらく、シャリアさんを麻痺状態にした麻痺矢に違いない。


「アンナ様を守れ! 」


 俺はそう命じながら魔法カバン経由で『波動収納』から『千手盾』を取り出し、辺境伯に向かって放り投げた!


 『千手盾』はすぐに腕を出し、連射されている矢を受け止めた。


 しかし……吹き矢を連射するなんて……

 どういう機能なんだ……

 単に奴の技が優れているのか……それとも特殊な作りの吹き矢なのか……


 ユーフェミア公爵やシャリアさん達は、躱したり鎧で受け止めたりして無事のようだ。


 俺はスキンヘッドに鞭を飛ばす———


 ビュインッ———


 ———べシンッ


 持ち手を打って、吹き矢も弾いた。


 スキンヘッドは手にかなりのダメージを受け、呻き声を上げながら地面を転がっている。


 捕縛しようと近づこうとした時———


「ゴガーーーーーーーーッ」


 スキンヘッドが雄叫びを上げた!







 

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