189.スッキリとして、旅立ち。

 俺はサーヤと打ち合わせをしていた。


『フェアリー商会』で考えていた事業は、開始の目処がついたので一安心だが、もう一つだけやりたいと思っていた事がある。


 領都に旅立つ前に、出来れば着手しておきたかったのだ。



 ———やはり子供達には、学校が必要だと思うんだよね。


 ただこの世界では、俺が思っているような学校を機能させる事は、すぐには難しいようだ。


 学校自体が王都にしかないし、学校に行くのは貴族や一部の豪商の子供達程度で、子供を学ばせる習慣が無いのだ。


 学校は難しいとしても、多くの子供達が読み書きを学べる環境を作りたい。


 そこで一日一時間程度の時間、無料で教えてあげる寺子屋のような場所を作ろうと思ったのだ。


 読み書きが出来るだけでも、子供達の将来にとって大いに役立つはずだ。


 養護院の隣に、私塾を作ろうと思っている。


 すでに賃貸用の新しい住宅を設置し終わっているが、一部改修して私塾にしようと思っている。


 養護院の子達は、院長先生が読み書きを教えてくれているので、むしろ一般の子供達よりも識字率が高いようだ。

 一般の子供達、場合によっては大人にも教えてもいいと思っている。


 一般の子供達は、午前中は家の手伝いなどをしている子が多いようなので、午後に一時間程度実施しようと思っている。

 参加できる時だけ参加する自由なスタイルにするつもりだ。


 問題は教師役だが、基本的には院長先生にお願いし、その時間帯の養護院は別の職員をおこうと思っている。新たに一人以上は、職員を採用しようと思っているからね。


 そして俺にはもう一人、先生役の心当たりがあった。


 それは……あの本屋のお婆さんだ。 


 当然、読み書きもバッチリだし、子供にお勧めの本などにも詳しいだろう。


 教師役として最適だと思ったのだ。


 当然その時間帯は本屋を営業出来なくなるので、毎日はお願いできないだろうが週に一度だけでもいいと思うんだよね。



 俺は本屋さんを訪ね、率直にお願いしてみた。


「まぁ、そんな事を考えているんですか……。凄く良いことです! 字が読めれば本が読めるもの。本は心を豊かにします。是非協力させてください!」


 嬉しい事に、そんなふうに快諾してくれたのだ。


 少し心配になり、お店の営業について伺うと……


「別にいいんです。買いに来る人もそんなにいないし、営業時間を早く切り上げちゃえばいいだけの事よ」


 そんなふうに軽く言われてしまった……。

 本当にそれでいいんだろうか……。


「大丈夫よ。来るか来ないかわからないお客さんを待ってるより、そっちの方が全然面白そうだわ!」


 そう言って、俄然乗り気になっていた。


 俺は本の読み聞かせもお願いしたのだが、更にテンションが高くなっていた。


 良かった。


 お願いして、大正解だったようだ。


 少しお店の営業が心配になったが……しっかり講師料をお支払いする事にしよう。

 まぁ長い目で見れば、本を読める人が増えれば本が売れる可能性も増えるしね。



 ということで昨日改めて整理した『フェアリー商会』の事業に、十七番目の事業として『教育事業』が追加された。

『教育事業』として、『ぽかぽか養護院』と『ぽかぽか塾』の運営を行う事にしようと思う。

 院長も塾長も、当面の間院長先生に頼もうと思っている。



 ……これで心おきなく、領都に旅立てそうだ。







 ◇







 翌日、俺達は領都に向けて出発する事にした。


 到着を約束した日までは、まだ三日ある。


 サーヤの転移で瞬間的に行ける俺達は、あと三日余裕があるのだが、この街から領都までは三日程度かかる事になっているので、形だけでも三日前に出発する事にしたのだ。


 今回も連れて行く人型メンバーは、ニアとリリイとチャッピーだけだ。

 残りの人型メンバーは居残り組として、商会の仕事をやってもらう予定だ。


  人型でないメンバーは基本的に連れて行く。

 ただこの子達は相変わらず人前では自由に話したり出来ないので、霊域や大森林に行ったり自由にしてもらおうと思っている。

 サーヤにお願いして、転移してもらえばすぐだからね。



 俺達が中央通りに入ると、次から次と人が集まってきた。


 またもや大パレード状態になってしまった。


 俺達を追いかけるように、クレアさんが馬を近づけて来た。


「グリムさん、馬の上からすみません。この手紙をシャリア様にお渡しいただけますか? 」


 そう言ってクレアさんは、俺に手紙を渡してきた。


 少しだけ話を聞いたが、どうも誘いを断るつもりのようだ。


『フェアリー亭』でニアやサーヤと結構話し込んでいたが、決断したようだ。

 何かすっきりした表情をしている。


 どんな話をしたかは知らないが、本人が納得して決断したならいいだろう。


 普通は断らないような話だと思うが、断ったとしても人間関係が壊れる事はないだろう。

 シャリアさんとユリアさんなら、そんな事は気にしないと思う。


 街を出て街道に入ると、街道沿いの村々から村人達が集まってきた。

 全員来ているんじゃないかという位の人数だ。

 いや……これ多分全員だろう。


「豊穣の女神様、ありがとうございました! 」

「ニア様、ありがとうございます! 」

「奇跡の恵みをありがとうございます! 」

「豊穣の奇跡を賜り感謝いたします! 」

「あゝ女神様! 」


 ニアに対する声が凄い!


 この前、作物の生育を促進させてあげた事が、相当感謝されているようだ。


 確かに農家にとっては、もう神様以外の何物でもないよね。


 そして何故か色々な作物や花束を渡そうと馬車にどんどん人が寄ってくる。


 結構危ないと思うんですけど……。

 そしてスピードも全然出せないんですけど……。


 ニアは受け取れないので、俺とリリイとチャッピーが代わりに花束や作物などを受け取った。

 凄い数だった。

 もう馬車の中は、花だらけみたいな感じになっていた。


 ちなみに『家馬車』は、オリョウが引いている。


『スピリット・ブロンド・ホース』のフォウは、今回も居残り組の馬車を引く為に残ってくれている。



 俺達は最後に『フェアリー牧場』で軽く休憩し、すぐに出発した。


 ただここまでの道のりが、ほとんどスピードが出せなかったので『フェアリー牧場』を出る時にはもう夕方近かった。


 今回はサーヤの転移を使わずに、このまま馬車で行く事にした。


 領都に至る街道や周辺の状況を調べながら行く為だ。


 そして途中に『フェアリー牧場』の領都支店というか二号牧場の候補地エリアもあるので、改めて場所の選定をしていこうと思ったのだ。


 この街道の一番最初に出てくる村の手前が、候補地エリアなのである。





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