第三章

190.家名は、、、

 旅立ってから翌々日の夕方、約束の期限通りに俺達は領都に入った。


 途中ゆっくり周辺の状況を確認してきたが、街道周辺の村の復興準備はまだ始まってなかった。


 壊滅的な状況である事は間違いないが、一部の作物は無事であり早期に復興出来そうな村もある。


 途中で周辺を警備してくれているスライム達とも合流し、色んな話をした。

 この周辺の地形に詳しく、棲息する植物や動物について教えてくれた。


 この街道の北西には、大きな森がありその森には魔物も住んでいるそうだ。

 今のところ森から出るような動きは、特には無いらしい。


 そしてスライム達は、野生の大王ウズラを見つけてくれていた。

 大王ウズラを増やす事もすぐに出来そうだ。


 他にもいくつか家畜に出来る動物の情報もあって、二号牧場が出来たら仲間にしに行こうかと思っている。


 このスライム達は領都近郊を巡回警備しており、その範囲では今のところ変な動きはなさそうだ。

 ただ近郊以外の場所は、把握しきれていないので油断は出来ないが……。


 俺は引き続きスライム達に巡回警備を頼んで別れた。



 外壁の門に着くと門衛の兵士が最敬礼で出迎えてくれた。


 俺達の『家馬車』はかなり目立つから、おそらくそれでわかったのだろう。


 ほとんどフリーパスで通してくれた。


 領城まで兵士が先導してくれる事になり、俺達はその後をついていく。


 各市町からの移住者がほとんど到着しているので、人口は大分増えているようだ。


 かなり活気はあるのだが、なんとなくどんよりとした重苦しい空気も感じる。

 やはりまだ疲弊しているのだろう。


 移住者達は、俺の作った仮設住宅に住んでいるようだ。


 先導の兵士が途中で、突然ラッパを吹き出した。


 すると周りから人が集まってきて、パレード状態になってしまった。


 なぜ突然ラッパを……

 これを狙っていたのか……それとも領城への何かの合図だったのだろうか……


「妖精女神様! ご慈悲をありがとうございます! 」

「ニア様! あゝ女神様! 」

「凄腕の若旦那! 恩にきます! 」

「おチビちゃん達、遊びにおいで! 」

「ニア様! シモベにしてください! 」

「きゃー、グリム様〜、娶って〜」

「グリムさま〜、十人産むと約束します〜」


 凄い歓声だ。

 大分パレード状態にも慣れてきたが……やはりニアのようにノリノリにはなれないな……。

 順応性のあるリリイとチャッピーはノリノリになってきてるけど……。

 それにしても……最近必ず変な声援が混じるのはなぜだ……。


 領城に入るとアンナ夫人、長女のソフィアちゃん、次女のタリアちゃん、セイバーン公爵家長女のシャリアさん、次女ユリアさんが出迎えてくれた。


 ユーフェミア女公爵は、明日到着する予定なのだそうだ。


「ニア様、ご足労いただきありがとうございます。グリムさん、お待ちしておりました。シャリアとユリアからマグネの街での活躍は聞いています。落ち着いたらもっと詳しく教えてくださいね」


 アンナ夫人が貴族の礼をして、満面の笑顔で出迎えてくれた。


 何か以前と雰囲気が少し変わっている……

 なんというか……力強さみたいな……そんな雰囲気を纏っている感じだ。

 女辺境伯として、この領を再興するという強い決意が溢れ出ているのかもしれないね。


「さあ、まずは食事をしながら、ゆっくりお話し致しましょう」


 シャリアさんにそう促されて、俺達は挨拶もそこそこにすぐに移動した。


 既に食事が用意されていた。


 同行しているのはニア、リリイ、チャッピーだ。


 他の人型でないメンバーは『家馬車』で休んでいる。


 そして今回はニア用の専用のミニテーブルと小さな食器が用意されていた。

 トルコーネさんが作ったのと同様のもので、みんなのテーブル上に小さなテーブルと椅子が置かれている。

 おそらく『フェアリー亭』で食べている時に、ニア専用のセットを見ていたシャリアさん達が手配させたのだろう。


 ニアは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 それにしても作りが豪華だ。


「豪奢な作りですね。有名な職人さんが作ったのでしょうか? 」


 俺は思わず質問してしまった。


「これは領内の一流職人に作らせたものです。辺境伯家の御用職人で生き残った者に依頼したのです。妖精女神様の使われる品ということで、皆張り切って作ってくれました」


 アンナ夫人が、少し誇らしげに教えてくれた。


「このテーブルも椅子も、凄くいい香りがするわね」


 早速、腰掛けたニアがそんな感想を口にした。


「テーブルと椅子は『ワイルド檜木』クロスは『光絹ひかりぎぬ』食器は『魔光土まこうつち』の陶器、スプーンやフォークは『プラチナ銀』を使っております。もう一セット作ってありますので、普段遣いようにプレゼントさせていただきます」


 やはりそれぞれかなりの逸品らしく、アンナ夫人が詳しい説明をしてくれた。


「ほんと! 一セットくれるの! ありがとう! 」


 ニアは余程嬉しかったのか、椅子から飛び上がると夫人ところまで飛んでいった。


 話の感じからして素材自体が高級品のようだし、職人の技術もかなりのものだろう。

 作り込みがすごい。

 素材も色々と興味深いので、後でゆっくり聞きたいなぁ……。


 用意されているのは正式な貴族の晩餐のようで、俺もそうだがリリイとチャッピーは少し戸惑っている感じだ。


 基本フランス料理のテーブルマナーと同じ感じなので、俺は何とか食べれる。

 リリイとチャッピーにも前に一通り教えたが、あまり食べる機会がなかったので戸惑っているのだろう。


「すみません。私もこの子達もあまりこのような食事の機会がありませんので、無作法があるかもしれませんがお許しください」


 俺ははじめに無作法のお詫びを入れておいた。


「いいのよ。身内だけだもの。ただマナーは知っておいた方が良いから、ゆっくり勉強したらいいわ」


 アンナ夫人がそう言ってくれたので、リリイとチャッピーは少し緊張が緩んだようだ。


「そうだ!ソフィアとタリアでリリイとチャッピーに教えながら食べればいいんじゃない」


 ユリアさんがそう言いながら、ソフィアちゃん達に視線を向けた。


「はい。そうします」

「はい。じゃぁ一緒に」


 ソフィアちゃんとタリアちゃんが、リリイとチャッピーにテーブルマナーを教えながらゆっくり食べだした。

 リリイとチャッピーは、真似をするように同じものを一つずつ食べている。


「ところでグリムさん、もう家名は決めたんですか? 」


 ユリアさんが突然そんな話を振ってきた。


 家名……はて?


「その様子じゃ、全く考えてない感じね」


 シャリアさんが少しあきれ顔だ。


「家名というと……」


 話がピンとこないので、思わず呟くように声が漏れてしまった。


「グリムさん、これから貴族になるんですから家名が必要になります。あと家紋も必要です。何か考えてください」


 アンナ夫人にそう言われたのだが……


 急に言われてもねぇ……。


 家名……全く考えてなかったなぁ……


 視線を感じ、ニアの方を見ると……


 かなりのジト目で見ている……


 やばい……変な名前をつけたら大変な事になりそうだ。


 ここはしょうがない……


「ニア、何かいい名前はないかなぁ?」


 俺が相談すると、ニアは満足そうに頷いた。


「しょうがないわね。私が考えてあげるしかなさそうね! 」


 ニアは腕を組みながら目を閉じて、集中しだした。

 なんとなく、みんな固唾を飲んで見守っている感じだ。


「そうね! 『オベロン』なんていうのはどう? 伝説上の妖精王の一人なんだけど……」


 『オベロン』……それ知ってるわ……


 俺がよくやってたゲームにも妖精王として出てたし、かなり有名な名前なんですけど……。


 とても自分の家名にする気にはなれないなぁ……

 名前負けしそうだし……。


「グリム=オベロン……いいんじゃないかしら! 」


 アンナ夫人がニアに同意する。


「かめいって何なのだ? おいしいのだ?」

「亀さんなの? ご主人様亀さんになっちゃうなの? 」


 黙って話を聞いていたリリイとチャッピーが、我慢できなくなったのか突然そんな質問をした。


 みんな爆笑してしまった。


 お陰で一気に場の空気が和らいだ。


 そしてユリアさんが二人に丁寧に教えてあげると……


「なるほどなのだ。リリイ=オベロン……いいかもしれないのだ! 」

「チャッピーは、チャッピー=オベロンなの? 」


 なんか二人が勝手に盛り上がっている……。


 まぁ語呂としては悪くないんだけど……俺としては『オベロン』そのままなのは気が引ける……。

 ちょっと変えられないかなぁ……。


「何……気に入らないわけ? 」


 ニアが少しだけ頬を膨らませている。


「気に入らないってわけじゃないけど……伝説の妖精王の名前をそのままっていうのは……気後れしちゃうよー」


「何言ってるのよ! 気後れしてる場合じゃないでしょ! それ以上の存在になるかもしれないのに! 」


「そんなわけないでしょうよ……」


 突然鼻息を荒くしているニアに、冷静にツッコんでおいた。


 ほんとに突然何を言ってるんだろう……。


 ニアの発言を真に受けたのか、アンナ夫人とシャリアさん、ユリアさんが一瞬固まっていた……。


「もう……しょうがないわねぇ……。じゃぁそうねぇ……伝説の妖精王『オベロン』を超える者……『オーバーオベロン』……ダメね。長すぎだわ。うーん……そうだ! 『シンオベロン』はどう? 真なるオベロンそして新しいオベロン、二つの意味を込めて『シンオベロン』、グリム=シンオベロン……いいんじゃない! 」


 グリム=シンオベロンか……まぁ悪くない気はするけど……


 その時だ!

 突然頭の中に声が響いた————


 ———— <名称> が『グリム』から『グリム=シンオベロン』に変更されました。


 出たよ! 天声だ!


 気まぐれな天声……久しぶりの登場かよ。

 しかもまたフライングだよ。


 俺がまだ正式に決めて無いのに、勝手に名前変わっちゃってるし……


 なんのこっちゃだよ……俺に決定権ないわけ?


 釈然としないがしょうがない……


「わかった。『シンオベロン』にしよう」


「やったーなのだ! リリイは、リリイ=シンオベロンなのだ! 」

「チャッピーもチャッピー=シンオベロンなの〜」


 二人が無邪気に喜んでいる。


 ニアも満足そうに笑みを浮かべている。


 そしてシャリアさん、ユリアさん、ソフィアちゃん、タリアちゃんはそれぞれに『シンオベロン』とぶつぶつ何回も繰り返しながら、何やらニヤけている。


 やっぱ家名として変だったかな……


「素晴らしい家名ですね。まさに妖精女神様のパートナーにふさわしい名前ですわ! 」


 アンナ夫人は気に入ってくれたようだ。


 ……良かった。



 そして家紋もニアさんのデザインで、羽妖精が両手を広げて出迎えているような暖かい感じのデザインになった。





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