179.孤児院を、守る為に。
衛兵長達の報告の後に、代官さんからも話があった。
代官さんからの話は、没収したポンコツ商人コモーの屋敷や商会などの資産についての話だった。
今回も査定後、商人ギルドを通じてオークションにかける予定だが、また俺に入札に参加して欲しいという依頼だった。
しかも今回は、より切実との事だった。
時勢的に他の商人達が入札に参加する可能性が少ないのは前回と同様だが、今回は更に入札が望めないらしい。
街を震撼させた化物騒動で、ザコーナ商会やコモーが中心にいた事は、既に噂で広まっているらしいのだ。
そうなると縁起の良し悪しを気にする商人達にとっては、忌み物件となり、入札者が現れない可能性が高いそうだ。
それで、今回はスタート価格を評価額の四分の一にする予定だそうだ。
忌み物件を気にしなければ、かなりお得でもあり『フェアリー商会』で活用してもらいたいとの事だった。
もちろん代理入札で構わないので、入札の意思さえあれば全て代官さんの方で手配してくれると申し出てくれた。
俺は、今回は即答で引き受けた。
理由は二つある……
一つはコモーの資産を手に入れれば、あの孤児院の物件を手に入れる事になり、孤児院を守る事が出来るからだ。
そしてもう一つは、前回の落札も結果的にかなりというか……滅茶苦茶お得だったし、商会の今後の展開を考えれば、大きなプラスになるからだ。
ただ今回もセットでの一括オークションにするつもりらしいので、あのどでかい屋敷もついてきてしまう。
大きな屋敷を二つ持っていてもしょうがないので、使い道を考えなければいけないが……まぁそれは後からでいいだろう。
一つだけ心配なのは、資産が多すぎてお金が足りるかという事である。
屋敷、店舗二つ、工房、下町に二ブロック分のまとまった土地建物、この街で数少ない農業エリアの一ブロック分の果樹園が資産となっているようだ。
いくら安くしてくれるとはいえ、一体いくらになるのか、そこだけが心配だった。
俺は入札に参加する事は承諾したのだが、少しお金が心配なので大体いくらになりそうか訊いてみた。
「グリム殿、その点はご心配無用です。前回のオークションよりもかなり格安に設定出来ます。街全体を揺るがす犯罪を起こした者の資産ですから。それに実質的にグリム殿からは金銭をいただかない形になると思います」
代官さんが男前に、ニヤリと笑った。
「それは一体どうして……」
なぜそうなるのか分からないので、率直に訊いてみた。
「先程の武具一式ですが、やはりあれ程の逸品を無償で頂くわけには参りませぬ。
後で査定出来る者に価格をつけさせます。そしてその半額はグリム様の寄付として、残り半額は街として支払うという形にしたいと思います。
私は代官ですが、一時的とは言え守護同様の権限を認められております。その私の権限でそのようにしたいと考えます。
ですからその分で落札代金は賄えると思いますし、大きく余剰が出て、残りをグリム様にお支払いする形になると思います」
おお、代官さんがかなり男前な決断をしたようだ。
人を大勢雇用して人件費が出ていく現状を考えると、出費がなくなるのは非常に助かる。
ただ……無償で提供するつもりで作ったからな……
代金を貰うのは押し売りみたいで嫌なんだよね……
「それがいいですわね! 代官さん、あなたは優秀ですのね。いい考えですわ! 」
「そうですわね。その方が衛兵の皆さんも気兼ねなく使えますわよね? 」
シャリアさんが代官さんを褒めて、ユリアさんが衛兵長やクレアさんに同意を求めた。
「恐縮です」
「そうですね」
「私もそれがいいと思います」
代官さん、衛兵長、クレアさんがそれぞれに返事をする。
「そうね……それがいいわよ。オークション金額を差し引いた残金は街が豊かになってから支払うか、毎月少しずつ払う形にすればいいんじゃない。それなら街の負担も少ないし、グリムもいいでしょう? 」
ニアがそういう提案をしてくれた。
さすが! 俺の心に引っかかっているポイントを良くわかっている。
善意でやった事で、街の負担になるのは嫌だからね。
豊かになるまで払わない“ある時払い”か、毎月ほんの少しずつの支払いなら街の負担もほぼ無いだろう。
その方が使う人達が気兼ねなく使えるというなら、その提案を受けようと思う。
「分りました。それではそのお話をお受けします。ただ武具の評価額は低めに見積もってもらって構いません。遠慮せずに低い設定にしてください。元々お金をいただくつもりはありませんでしたので、出来るだけ街の負担を減らすようにしてください」
俺は承諾すると共に、街の負担を減らすように言葉を添えた。
「グリムさん、お金の事なら心配無いわよ。あなたにはセイバーン公爵領から多額の報奨金が出ますから。『正義の爪痕』の構成員を生きて捕縛した報奨金と、ユリアの一行を巨大魔物から救ってくれた報奨金を出させますから。結構な金額が出ると思うから期待していてね! 」
シャリアさんが急にそんなこと言い出し、最後には悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ありがたいお話ですが、報奨金はいただかなくても大丈夫です。そのつもりでやったわけではありませんから。その分をこの領の復興資金に回していただいた方がいいと思いますが……」
俺に出すよりは、復興に回してもらった方がいいと思うんだよね。
「ふふふ、お母様とお姉様がおっしゃってた通りですわね。商人らしさが全くありませんわね。グリムさん、それはそれです。あなたはしっかりと報奨金を受け取って、それを使ってまた人々の為に事業を起こせばいいのです。現に今だって雇用の為に支出が増えているから、落札金額を心配したのでしょう? 」
今度はユリアさんが、そう言ってきた。
鋭い指摘ではある……。
「確かに、それはそうかもしれませんが……」
「まぁいいじゃないの。人を雇用して、給与として還元していけばいいのよ。お金を回す事が大事だって前に言っていたじゃない! 」
ニアにそう言われてしまった。
確かにそれはそうだな……。
「わかりました。人々の役に立つように、使わせていただきます! 」
俺がそう答えると、
「なるべく、ふんだくるから期待しててね! 」
シャリアさんが今度はフレンドリーな感じで、茶目っ気たっぷりに貴族らしからぬ発言をした。
普段怜悧な美人のシャリアさんからは、想像も出来ない言葉だった。
ギャップがありすぎて、俺は一瞬固まってしまった。
シャリアさんて……色んな面があって……なんか凄い……。
◇
その後俺達は、シャリアさんとユリアさんを案内して街を回る事にした。
ちなみに衛兵のクレアさんも、護衛という名目で同行している。
そのかわり本来護衛するはずのユリアさんの護衛部隊は同行していない。
街中を護衛を引き連れて歩くのは厳しいからね。
『フェアリー商会』を作った事を知ったシャリアさんに求められ、商会の事業内容について説明したのだが、今あるお店だけでも見せて欲しいと頼まれたのだ。
ユリアさんにも是非見せて欲しいと懇願され、一通り回る事にした。
最初に訪れたのは、ソーセージの加工を行っている『フェアリー食品』だ。
スタッフ達は既に熟練の職人のように、無駄のない動きで各工程をこなしていた。
シャリアさん、ユリアさん、そしてクレアさんも、創業間もない加工場とは思えないと驚いていた。
そしてここを取り仕切っているのが、まだ成人してないアッキーだと知って驚愕すると共に、アッキーを褒めちぎっていた。
アッキーは、嬉しそうに照れ笑いをしていた。
一緒にいたユッキーも自慢げに大きく頷いていたし、ワッキーは自分が褒められたかのように体をクネクネさせていた。
次に『フェアリー薬局』を訪れた。
回復薬や調合薬を色々と見ながらシャリアさんとユリアさんは、何やら話し込んでいた。
そしてオリジナルの薬草茶や乾燥フルーツブレンドの紅茶を気に入ったらしく、大量買いしてくれた。
ロネちゃんの蜂蜜も試食して感動していた。
これまた大量買いしてくれた。
“爆買い”とは、こういう事を言うのだろうか……。
お陰で『フェアリー薬局』には回復薬と調合薬以外は、ほとんど在庫が無くなってしまった。
店長のハーリーさんが、焦っていた。
そして公爵令嬢である事を知った時には、一瞬固まっていた。
でも意外と平気みたいで、普通に対応してくれていた。
ちなみにロネちゃんの養蜂は順調過ぎる位順調で、各設置場所からどんどん蜂蜜を採取しているようだ。
『フェアリー薬局』の厩舎エリアの一画にある養蜂用の巣箱を見せながら、養蜂について説明したらかなり驚かれた。
セイバーン公爵領でも養蜂家は存在しないらしく、蜂を飼育して蜜を採るという発想自体に驚いたようだった。
シャリアさんからは「一体何者なの? 」と言われ、ユリアさんも何やらぶつぶつ言っていた。
それからお店で売っていた烏骨鶏の卵も買ってくれた。
ユリアさんが、護衛の兵士達にゆで卵にして食べさせると言っていた。
話のついでに大王ウズラの話もしてしまい、是非見たいという事になり、サーヤの家の近くに作った大王ウズラ飼育場にも案内する事になってしまった。
飼育場を見た二人は、これほどの数がいると思っていなかったらしく、ここでも衝撃を受けていた。
大王ウズラは比較的どこにでもいるようだが、中々家畜として手に入れる事が難しいらしく、これだけの数をどうやって手に入れたのかと、しつこく訊かれた。
もちろん“妖精女神の御業”で群れのボスと友達になったと誤魔化した。
というか……あまり誤魔化しきれてなかったけど……。
近くまで来たのでサーヤの家に寄って、みんなでお茶をする事にした。
シャリアさんもユリアさんも、サーヤの家の綺麗な庭を気に入ったようだ。
シャリアさんは大きな邸宅ではなく、こういうこじんまりとした家に住むのが夢だと呟くように言っていた。
公爵令嬢には公爵令嬢なりの悩みみたいなものがあるのだろう……。
そしてサーヤの敷地内にいるヤギ達や烏骨鶏達も見て、最後に俺のカボチャ畑を見て絶句していた。
それはわかる。
凄い数の実が成ってるからね……尋常じゃないから……。
それは言葉を失うよ……。
どうやって育てたのかと訊かれたが……
妖精族からもらった種を植えただけだと誤魔化した。
カボチャの種を分けてくれと言われたので、カボチャ自体を沢山あげる事にした。
カボチャの中には種がいっぱい入ってるからね。
カボチャはある程度日持ちもするし、これだけ実が成るなら食料問題に大きく貢献出来るから、為政者の一族としては大きく興味をそそられたのだろう。
次に丁度今日から新装オープン予定の家具調度品販売店『フェアリー家具』と食品販売店『フェアリー商店』を訪れた。
この店には仲間達も来るのは初めてだったので、結構時間をかけて色々見ていた。
シャリアさんの話では、家具はかなり品質が良いようで、職人の腕が良いと褒めてくれた。
食料品販売店ではユリアさんが、旅の間に消耗した物を中心に色々と購入してくれた。
なぜこのお店を手に入れたかという話の説明で誘拐騒動の件を話してしまったので、今度は孤児院を見たいという事になり、孤児院にお邪魔することになった。
俺としては院長先生に、もう心配しなくて大丈夫という話をしたかったので、丁度良かったけど。
大人数で押し寄せたのだが、院長先生は快く迎えてくれた。
ただその中にセイバーン公爵令嬢がいる事を知った時は、さすがの院長先生も後退る程驚いていた。
リリイとチャッピーに促されシャリアさん、ユリアさん、クレアさんは子供達とすぐに仲良くなって、人気者になっていた。
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