138.再びの、領都。

 翌朝、俺達は女公爵に同行しマグネの街にある避難民達の仮設住宅を訪れていた。


 ここまでの間に、代官さんと衛兵のクレアさんが悪魔襲来からの経緯を女公爵に説明をしていた。


 そして女公爵さんは、昨日のシャリアさんと同様に避難民達の慰問を兼ねた聞き取りを行っていた。




 その後、すぐに街を出て、いくつかの村を視察した後に『フェアリー牧場』に戻った。


 女公爵さんは、昨日は通過しただけなので、牧場についても詳しく視察したいとの事だった。


 なぜか俺達はずっと同行することになってしまった。


 ちなみにトルコーネさん一家は、朝食後に解放されていた。

 よかったねトルコーネさん……。




 視察後、改めて女公爵からも、領都に同行するように依頼されてしまった。


 この依頼を断れそうなのは、ニアだけなのだが……


 ニアは行く気のようだ。


 俺も別に行ってもいいのだけど……

 何かに巻き込まれる予感しかしない……。


 出来ればこの街に残って、のんびりしつつ復興の力になりたいところだが……。


 でも……普通に考えると大貴族である女公爵の依頼を断るなんて……できないよね。


 ということで、同行することになってしまった……微妙。


 今回も人型メンバーで連れて行くのはニアと、リリイとチャッピーだけにした。


 居残りチームは、引き続き牧場の整備や避難民の支援などやることがたくさんあるからね。


 トルコーネさん一家も、移転オープンの準備をしているはずだから、それまでには戻ってきたいけど……

  どのぐらいで帰って来れるのかなあ……。


 そして今回の道中は、公爵軍に同行することになるので、いつものようにオリョウの爆走で時間短縮できない。


 さすがに普通の行程の三日という事はないだろうが、二日位はかかるのではないだろうか……。


 俺達は午後にはもう出発していた。


 ちなみに公爵軍の半数は、犯罪奴隷となった盗賊達を領都に輸送する任務に就いている。

 俺達よりも、歩みが遅いはずなので、遅れて領都に着くことになるはずだ。





  ◇





 翌々日の午後、やっと領都に到着した。


 それなりに時間がかかったのは、女公爵が無理に飛ばさなかったからだ。


 街道周辺の調査や全滅した村々も調査しながら来たからだ。



「お帰りなさいませ、ユーフェミア姉様、シャリアさん、ニア様もグリムさんもよくおいでくださいました」


 城内に入るとアンナ夫人が直々に出迎えてくれた。


「ただいまアンナ、マグネの街は思ってたよりも凄かったよ。避難民もすっかり普通の暮らしをしていた。今後の仕事の問題とか課題はあるにしろ、衣食住は十分整っていた」


「まぁ、それは良かったですわ。これもひとえにニア様とグリムさんのお陰ですね」


 そう言いながらアンナ夫人は、俺達の方を見て微笑みながら頷いた。


「まぁね。お役人や衛兵は守護がいないから、大事なことが決められなくて大変そうだったもの。私達で出来る事はやっちゃったのよ」


 ニアが完全にフレンドリーに話しちゃってる。


 やはり身分は関係ないんだよね……。


「申し訳ございませぬ。今どの市町も大混乱で、指揮をするべき人材もほとんど失ってしまったものですから……」


 アンナ夫人が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「そうみたいね。これからどうするの? これからの方が大変でしょう」


「はい、実はニア様にも、その件で折り入ってご相談がございます」




 俺達は、城内の会議室のようなところに案内された。

 もちろんユーフェミア女公爵やシャリア嬢も一緒だ。


 アンナ夫人からの相談を要約すると……


 まずニアに、正式にこの領の“守護妖精”になってもらいたいという依頼だった。


 当然ながら、“守護妖精”という役職があるわけではない。


 だが、この大混乱を収めるには初代ピグシード辺境伯の時と同じように、“守護妖精”が現れたことを大々的に告知して、人々の希望、復興のシンボルになって欲しいとの事だ。


 ニアは、基本的にあまり深く考えないので、軽く受けていた。

 多分……何も考えていない。


 しょうがないので、俺が具体的な内容を訊いた。


 基本的には、何の義務も無く、自由にして良いようなので安心した。


 生き残った領民に対して、安心感を与えるシンボルとして今まで通り活動すれば良いようだ。


 ただ、なんとなく話の流れからして、復興イベント的なものがあった場合は、当然それに出席を要請されるだろう。

 対外的なアピールも兼ねた復興パレード的なものもありそうだ。


 まぁパレードについては、今でもほぼパレード状態なのであまり変わらないが……。


 そしてもう一つは、俺に爵位を与え貴族として取り立てたいということだった。


 なんでそうなるのか、話が全く読めなかったのだが……


 どうも“妖精女神”の相棒として、俺が公知の存在になっており、初代様を彷彿とさせるとして、ニア同様領民の希望になっているからとのことだ。


 どうも、初代ピグシード辺境伯とその加護を与えた妖精女神の再来として、人々の希望になってほしいようだ。

 俺には、ただのピエロのようにしか思えないが……。


 こういう情報網が発達してない世界では、伝説の再来みたいな話に人々は熱狂するのだろう。

 その感じはわからないでもないが、その中心に自分がなるというのはとても微妙だ。


 復興の象徴としてのお飾り的な爵位なんだろうが……貴族になるつもりは全くない。


 自由気ままに生きたいのに貴族なんかなっちゃったら……考えるだけで気が滅入ってくる。


 その話が出て以降、俺の頭を占めているのは、どうやって上手く断るかという事だけだ。


 今は、心の中で『自問自答』スキルのナビゲーターコマンドのナビーと知恵を絞り中だ。


 そんな俺の気持ちをよそに、女公爵も圧強めで俺を凝視している。


 完全に……獲物としてロックオンされている感じなんですけど……。


「このピグシード辺境伯領は、貴族が不在となり、辺境伯も亡くなり、嫡男もいない。普通なら取り潰しになる。それを阻止する為にも、領を救った英雄である君に貴族になって欲しいのさ」


 女公爵が俺という獲物に鋭くロックオンしたまま、ニヤリと笑う。


 はあ……全然笑えないんですけど……。


 そこから女公爵の、ピグシード辺境伯領を存続させる極秘の筋立てを聞かされることとなった。


 なんでそんな大事なことを俺に……心の中ではやめて欲しいと何度か叫んだが……


 現実的には、拝聴する他なかった……トホホ……残念。


 その極秘プランは、なんとアンナ夫人に家督を継がせ『女辺境伯』とすることだった。


 それを実家筋であるセイバーン公爵家が全面的に支援すると宣言するそうだ。


 女性が家督を継ぐ事は、かなり稀なケースのようだが、自身が先例となっている女公爵が後押しをするなら可能性は十分あるよね。


 アンナ夫人は、最初戸惑っていたようだが、亡き夫の意思を継ぐ為にはこの方法しかないと決意を固めたようだった。


 本来であれば、長女のソフィアちゃんに婿を迎えて家督を継がせるのだろうが、まだ成人に達していないし、負担をかけたくないようだった。


 そして、話の中で明らかになった事なのだが……


 驚いたことに女公爵は、この王国の第一王女だったようだ。


 セイバーン公爵家に嫁いで来たらしい。


 現在の国王の姉で、国王はユーフェミア女公爵に頭が上がらないらしい。


 その力関係を背景に、このプランをなんとか認めさせると鼻息を荒くしていた。


 もしかしたら……この国で一番権力があるのは……この人なのだろうか……。


 そのぐらいの権力があるなら、別に俺を貴族にする必要はないと思い尋ねてみたのだが……


「そんな生易しいもんじゃないんだよ。あいつだって、国王なんだから理屈の通らない事はできない。セイバーン公爵家が後ろ盾になるってだけじゃ弱いんだ。

 実際……貴族はいないし、役人もほとんど失ったんだから。

 それに……悪魔が貴族を狙って根絶やしにしたという噂はすぐに広まるから、他領からの仕官も当分現れないだろうね。悪魔に狙われる危険を犯す者などいないからね。

 だからこの領を存続させるには、もう一つ目玉が欲しいのさ。

 初代ピグシード辺境伯の逸話を彷彿とさせる存在、突如として救世主のように現れた希望の存在、あんたとニア様を担ぎ上げさせてもらいたいのさ。

 この領を壊滅の危機から救った妖精女神様が、改めて加護を宣言し、その相棒に爵位を授け貴族として取り立てる。

 一緒になって、領の再建を始めるとなれば、無下に取り潰すことなど出来なくなる。

 周りの貴族達も何も言えなくなるという事さ。

 我々にとっては、妖精の加護は神聖なものなんだよ。

 だから、あんた達の協力が不可欠なんだ。頼むっ」


 女公爵に頭を下げられてしまった……


 でも……今の話からすれば、やっぱりニアだけでいいんじゃないだろうか……

 俺が貴族になる必要は無いような気がするけど……


 煮え切らない俺に、業を煮やしたニアが飛んできた。


「いいじゃない、引き受けてあげれば。もう既に色々引き受けてるんだし。貴族になるだけでしょう、王様とか領主になるわけじゃないんだから。やってあげれば」


 出たよ……ニアがまた安請け合いを煽っている……。

 いつもこのパターンなんですけど……。


 そして、『もう既に色々引き受けてる』というところで、女公爵が微妙に反応してたから、そういう際どい事を言うのは本当にやめて欲しい……。


 でも……やっぱり貴族はやだなあ……堅苦しそうだし……。


「ありがたいお話なのですが、私のような者では到底この領の役に立つこともできなければ、貴族としての責務も果たせそうにありません。他に相応しい方や、亡くなられた貴族の親類縁者の方を立てて領内の貴族を再興させてはどうでしょうか」


 俺は、お断りすることにしたのだ。


『自問自答』スキルのナビゲーターコマンドのナビーと考えた断り文句だが、あまり良い断り文句ではないと思う。

 でもしょうがない。良い断り文句が思い浮かばなかったのだ。


「まったく……あんたもわからない男だね。そんなんじゃインパクトがなくてダメなんだよ。しかも遠縁の者を探して貴族にしたところで、それこそ大した役に立たないんだよ。

 むしろ他領でくすぶってる貴族の次男坊や三男坊の中から、優秀な人材が新しく仕官してくれた方が良い。

 その為にも悪魔の恐怖を払拭しなければならない。それには悪魔を討伐したあんた達の存在が必要なんだ。ニア様だけでなく、悪魔を屠った『女神の使徒』達のテイマーである凄腕の若様が不可欠なのさ」


 女公爵は悪戯っぽい笑みで、俺を人々が言っている『凄腕の若様』と呼んだ。


 その理屈はわからないでもない……

 でも俺も負けない……


「はあ……しかし……私にはちょっと荷が重いですね。旅をしたり、商いをしたり、土を耕したりして暮らすのが性に合っているのですが……」


「まったくもう……要は面倒くさいのが嫌なんでしょ。面倒くさくなくしてもらえばいいじゃない。

 ねえ、ユーフェミアさん、貴族の中で一番爵位が低いやつで、一代限りの名誉爵位ならいいと思うんだけど……。そういうやつで形だけ貴族にしちゃうっていうのはどう? グリムも形だけならいいでしょう? 」


 ニアが俺と女公爵にそんな提案をしてきた。


 相変わらずこの人……俺のポイントを良くわかってるんだよね。

 確かに、要は面倒くさいっていう事なんだけど……

 この人はっきり言っちゃったけどね。


「もうしょうがない。それでいいよ。一番爵位の低い『名誉騎士爵』でいいよ。あんたは今のままで良い。あんたの希望通り、何のしがらみも起きないようにするから。この爵位なら貴族の集まりに呼ばれる確率も低くなるし、出席できなくても大きな問題にはならないだろう。どうだい? これなら受けてくれるかい? 」


 『名誉騎士爵』って、名誉会長みたいな感じかな……

 ほんとに名前だけでいいのかな……

 そんなことを考えながら黙考していると、さらに女公爵が続けた。


「ああそうだ、先に言っておくけど、あんたには名誉騎士爵になってもらって、マグネの街の守護になってもらうから。大丈夫、心配するなって、それも名前だけだ。約束は守るよ。実際の政務は代官に全てやらせる。あんたは名前だけ。それでどうだい? 」


「いいじゃない。得意の丸投げでいいんだから! 」


 ニアがそう言って、俺の肩に止まる。

『得意の丸投げ』って……確かにその通りだけど……

 なんか受けてもいいような気がしてきた……

 俺って……もしかして……おバカなのだろうか……。


 なんか“名義貸し”みたいで、後ろめたい感じも多少するが……


 ただ、ここまで譲歩されて断るというのも……。


「本当に何の義務も発生しないという事でよろしいのでしょうか? ただ爵位だけ受けるという事で……守護の件も形だけで……」


「ああ、そうだよ。公爵家の名にかけて。アンナ、あんたもいいね、辺境伯家の名にかけて、我ら二人が約束するよ」


 そういう女公爵に、アンナ夫人もすぐに首肯していた。


 一応、言質も取ったし……いいか。


「わかりました。お受けいたします」


 俺の粘り負けだが……まぁしょうがない。


 なんでも下級貴族は、領主の判断で授爵できるらしい。

 正式には、国王の承認を得るようだが、覆る事はほとんどないようだ。



 これで俺とニアの件が終わり、次に辺境伯領の復興の話に議題が移った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る