115.緊急、救命。

 クレアさんは、馬を飛ばして来たようだ。


 この前サーヤの家の場所を尋ねられたので、大体の位置を教えていたのだが……。


 俺はとにかく中に入ってもらい、水を一杯飲ませてあげた。


 クレアさんは、呼吸を落ち着かせ、水を一気に飲み干すと突然頭を下げた。


「ニア様、グリムさんお願いがあります」


「どうかしたの? 」


 彼女のただならぬ様子に、ニアの顔つきも真剣になる。


「はい、実は皆様と魔物退治した翌日、衛兵長が新たに調査の使者を出した事はご存知と思いますが、先ほど戻ってまいりました。

 それで領内の様子がわかってきたのですが……やはり各地は魔物に襲われ、酷い有様のようです。

 特に領都は魔物に侵入され、壊滅的な被害を受けているらしいのです」


「え、領都が……そんなひどいことになってるんですか?」


 驚いた……まさかそれ程酷いことになっているとは……。


「はい、まだ第一報なので本当の詳しい状況はわかっていないのですが。ただ、いずれにしろ我々はこの街を守らなければなりません。領都に駆けつけることもままなりません」


「それで私達に、領都に助けに行って欲しいってわけね」


 ニアが、合点がいったとばかりに手を叩く。


「いえ、とんでもありません。そこまではお願いできません」


「えー、じゃあ何を頼みたいわけ? 」


「実は……領都から逃げ出した避難民が、今こっちに向かってきてるようなのです」


「物見の話では怪我人も多いらしく……お願いしたいのは、怪我人達を癒していただけないかと……

 回復薬の在庫も多くないものですから……勝手なお願いとは承知しておりますが…… 」


「そういうこと。そんなのお安い御用よ。今どの辺にいるの? 」


 ニアは即答で引き受けた。

 すぐ向かうつもりのようだ。俺も同じ気持ちだ。


「はい、早い者はもうすぐオリ村前方の二つに分かれるの街道の起点に着く頃では無いかと思われます」


 急いだ方が良さそうだ。


 俺達はすぐに向かうことにした。

 少しだけ準備をして向かうので、クレアさんには先に戻ってもらった。



 表向き回復魔法を使えるのはニアだけだが、俺も密かに使えるし、サーヤも種族固有スキル『家庭の癒しファミリーヒール』が使える。

 他のメンバーは、『マナウンシュウ』がいっぱいあるから、配って食べさせればいいだろう。

 あの霊果には身体力回復効果があるから怪我などに効くはずだ。


 念の為、大森林の『マナ・ハキリアント』達が作っている『身体力回復薬』も取り寄せることにした。

 俺はケニーに連絡して手配を頼んだ。後でサーヤの転移で取りに行けばいいだろう。


 俺達は昼食を『家馬車』の中で取ることにして、早速出発した。


 今回は俺と人型メンバーだけにした。

 残りのメンバーはこの家で待機し、必要が生じたらサーヤの転移で呼び寄せるという形にした。

 無用な混乱を避ける為でもある。




 ◇




 俺達が村に着くと、衛兵達は慌ただしく動いていたが、避難民達はまだ着いていないようだった。


 先行して戻っていたクレアさんに話を聞いたところ、思っていたよりも歩みが遅いようだ。

 怪我人も多いらしい。


 早く治療してあげたいのだが……


「もう、どうせ来るなら迎えに行っちゃえばいいじゃん」


 ニアがしびれを切らして言った。


 そうだな……それがいい。


「クレアさん、早く怪我の治療をしてあげたいので、衛兵隊で持っている輸送用の大きな馬車で迎えに行きませんか。怪我の程度がひどい人から治療して、連れてきた方がいいと思うのですが……」


「そ、そうですね。すぐに手配をします」


 そう言ってクレアさんは、手配に走った。


「クレアさん、先に行ってます! 」


 俺はそう声をかけ、先行して出発することにした。


 村を出てしばらく行くと、街道が二つに分かれる起点に差し掛かる。

 そこを過ぎ、領都に通じる街道を進む。


 人が見えてきた。

 長い列になっているようだ。


 一旦『家馬車』を道の端に止める。


「みんなここに『マナウンシュウ』を出すから、怪我してる人に渡して」


「「「はい」」」

「リリイは、わかったのだ」

「チャッピーも、わかったなの」


 ミルキーと妹弟達、リリイ、チャッピーが元気よく返事をする。


 そして俺は子供達の指揮監督を、サーヤに任せた。


 俺とニアは、怪我の酷い人を優先して治療する為、先行することにした。


「ニア、先行して酷い人から先に治してあげて。俺も追いかける。他の皆はここに来た人に『マナウンシュウ』を配って。クレアさんが来たら順番に大型馬車に乗せてあげるんだ。いいね」


「オッケー」

「「「はい」」」

「わかったのだ」

「わかったなの」


 みんな一斉に動き出す。


 俺はニアの後を追う。


 かなりの怪我人だ。


 大怪我の人は少ないようだ。

 おそらく大怪我の人は歩いてここまで来れないのだろう。

 歩ける程度の者だけが、逃げて来たと考える方が自然だ。



 しばらく救助活動をしていると、あまりの怪我人の多さに、さすがのニアも魔力が尽きてしまった。


 ニアには『マナップル』を食べて魔力を回復してもらうと同時に、俺の肩に乗ってもらった。


 俺はまだかなり魔力があるし、自然回復力もかなり高いようだ。


 そこでニアが魔法をかけるふりをして、俺がかけるという方法でどんどん治療していくことにした。


 こんな時に、回復できることを隠していてもしょうがない気はする。

 現に最初の方は、普通に回復魔法もかけていた。


 だが魔力切れも起こさずに、回復し続けるのはあまりにも不自然だと思ったのだ。


 同じ不自然なら、“妖精女神”の方がまだ良いだろうということで、ニアでカモフラージュさせてもらうことにした。



 更にしばらく活動を続けると、人の波が途切れた。

 避難民の波が終わったようだ。


 俺達は『家馬車』のあるところまで戻った。


 クレアさんによれば、避難民は二百人に及ぶらしい。


 この避難民の人達を受け入れる場所の確保も問題になっているらしい。


 それはそうだろうなぁ……オリ村を始めとした村々は人口五十から百人弱の村らしいし。

 マグネの街自体も人口五百人程度の街なのだ。


 村にも街にも、災害被害があった時に、みんなが集まるような公民館や体育館のようなところは無いようだ。


 宿屋に泊めるわけにもいかないだろうし……。


 何か仮設住宅のようなものでも作れればいいんだが……


 というか……仮設住宅そのものはレントンの力をもってすれば、あっという間に作れる。


 場所さえあれば何とかなりそうだが……


 そんなことを考えながら、俺達は一旦オリ村まで戻って来た。


 村に戻ると避難民達が街道沿いに用意された敷物の上で休んでいた。

 今日はもう遅いので、ここで野宿するようだ。


 食料は、前回作っていた干し肉などを使い、衛兵隊と村人で用意しているらしい。


 俺達を見た避難民から歓声が上がる。


「妖精女神様、ありがとうございます」

「あゝ女神様、感謝いたします」

「凄腕の若旦那様、ありがとうございます」

「ちびっこのお嬢ちゃん達、ありがとう」

「おいしかった! 元気になったよ。ありがとう」

「「「女神、女神、女神、女神、女神、」」」


 すごい数の感謝の声をかけられ、最後には大音響の女神コールが鳴り響いていた。


 ニアはノリノリで手を振っていた。

 俺やサーヤ、ミルキー、子供達は軽く会釈して手を上げる程度しかできなかった。

 リリイとチャッピーは、嬉しいのか、何やらクネクネしていたが……。


 こういう状況で、ノリノリで動けるニアがちょっと凄いと感じる時がある……。


 しばらく歓声が止むことはなかった。




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