59.戦いの、現場。

「ここは私に任せなさい。あなたたちは、小悪魔を倒すのよ。住人を守って!」


 傷ついた衛兵たちの回復を終えたニアが、『中級悪魔』を見据えながら、指示を出す。


「はは。皆の者、妖精女神様のご指示通り、住民を守るのだ! 急ぐぞ!」


 衛兵長が号令を出し、動ける衛兵が町中に散った小悪魔たちを倒しに向かう。


「小悪魔とはいえ、数が多い“四方陣”を組め!」


 走りながら、衛兵長が更に指示を出す。


 小悪魔ならば、一般の衛兵でも対処可能である。


 『小悪魔インプ』がレベル15であるのに対し、衛兵のレベルは15〜20あるからだ。


 しかし、敵は数が多い。

 それ故に全方位警戒できる四人一組の“四方陣”を指示したのである。


 四人一組になった衛兵が、街中に散っていく。




 ◇




「うわー……助けてくれ……」


 転んだ娘を庇うように覆いかかる父親に、小悪魔の槍が迫る。


(あちしが来たー! させないかんね!)


 間一髪のところで、オリョウの尻尾が小悪魔を弾き飛ばす。

 そしてそのまま、周りの小悪魔たちをなぎ払う。


 トドメに空から爪攻撃が降り注ぐ。

 フウの『オウルクロウ』だ。

 無音で急降下したフウの爪が無防備な小悪魔たちを切り裂く。


「ああ……た、助かったのか……」


 尻尾を振り回しながら奮戦する竜馬りゅうまとフクロウの姿に涙を流す親子。


「あ、ありがとう!」

「あり……ありぐあどうっ……」


 小悪魔たちを倒し、走り去る二体に、親子が手を合わせながら叫ぶ。


 オリョウには、感謝の言葉が届いていたようで、去り際の尻尾がびゅんびゅん波打っている。


 この後、土煙を上げながら走り回り、人々を救う竜馬りゅうまとフクロウの姿がそこかしこで目撃された。

 感謝の涙を流す人々から、後に“女神の使い”と噂されることになる。




 ◇




「うわぁ! しまった、足をやられた…」


 衛兵の一人がやられ、四方陣の一角が崩れたところに、運悪く周囲から小悪魔たちが集まってくる。

 態勢を立て直す間も無く、瞬く間に包囲される。


「しっかりしろ! 態勢を立て直すぞ!」


「まずい! 囲まれた……このままでは…… 」


「俺が切り開く! 道を作る! 続け! 」


「待て無茶だ! 」


 制止を聞かずに飛び出した衛兵が、小悪魔を横斬りにして包囲を破ろうとする。


 しかし、数で勝る小悪魔たちは、直ぐに押し寄せ、道を作らせない。


 そして、無数の小剣や三叉鉾が降り注ぐ。


 騎士と違い軽鎧の衛兵は、直ぐに血塗れにされてしまう。


 衛兵が、薄れゆく意識の中で死を覚悟したその時、空からいくつもの火の玉が降り注いだ。


 そして、焼かれる小悪魔たちをなぎ倒しながら、“宝箱”が近づいてくる。


「ここは、オイラたちに任せとけ! 怪我人の手当てを急いで! これを食べられる人は、食べて。霊果だよ。少しは回復するはず」


 そう言うと、手足の生えた話す“宝箱”が、衛兵にみかんを渡す。


 何がなんだかわからないながらに、みかんを受け取る衛兵。


 杖を構えた“宝箱”は、衛兵たちを庇うように立ち、火炎攻撃を放つ。


 驚きながら、見守る衛兵たちは、今度は、手の生えた“ボール”を目撃する。


 小悪魔たちを殴りつけたり、魔法の杖で水の短槍を発射したりしている。


 バッタバッタとなぎ倒していく。


 自分たちが数に押されていた相手に、お構いなしに無双しているのだ。

 驚愕の光景に、衛兵たちは一瞬呆けたようになる。


 その間にも小悪魔たちはどんどん倒され、死体の山ができていく。

 小悪魔は悪魔と違い、倒されても消えないため、死体が山のようになっていくのであった。


 衛兵たちを囲んでいた小悪魔たちは、あっという間に殲滅されてしまった。


「早く食べなよ! 回復するよ。何よりもうまいぞ! 」


 そんな言葉を残し、話す“宝箱”は、衛兵たちが礼を言う間もなく、手の生えた“ボール”と走り去るのであった。


 衛兵は、恐る恐るみかんを口に運んでみる……


「うおー! 美味い! ああ……身体に染み渡る……あっ、傷が治っていく!」


「ほ、ほんとだ! 俺にもくれ! ……ああ……美味い!」


「さあ、お前も、今絞って口に入れてやるからな。しっかりしろ!」


 小悪魔に勇敢に挑んで傷だらけになっていた瀕死の衛兵に、みかんを絞って与える。


「うう……あ……おお……ら、楽になった……。ん?……傷が治ってきてる! おお、神よ!」


 このみかんは、『マナウンシュウ』という名の霊果である。

 その身体力回復効果は、そのまま食べるだけでも、流通している『身体力回復薬』の下級イージークラスと同等以上のものであった。


 この後各所で、手足がある話す“宝箱”と、手の生えた“ボール”に、感謝する人々の姿が見られた。


 この二体も、後に“女神の使い”と噂されることになる。

 特に手の生えた“ボール”については、スライムだという意見と、違う生き物だという意見に割れて議論する姿が、そこかしこの飲み屋で見られることになる。




  ◇



「お父さん、こわいよー」


「ロネ、大丈夫! ここに隠れてなさい。……だが……扉が持ちそうにない…… 。みんなここから出るんじゃないよ」


 店のカウンターの奥にみんなを待機させ、一人迎撃に行こうとするトルコーネ。


「トルコーネさん、私も戦います。何か武器はないですか?」


 兎耳の美少女ミルキーが、立ち上がる。

 強い決意でトルコーネを見つめる。


「うん……そうだね。戦力は、多い方がいいか……。私が自分用に確保しておいたクロスボウが予備を含めて三つあるんだ」


 少し逡巡した後、ミルキーの意を汲み参加を許すトルコーネ。


 本来なら、安全な所に避難させていたいが、自分一人で立ち向かい、もし敗れたら、その方がみんなを危険に晒す。そう判断したのだった。


「弓なら得意です。いつも獲物をとってました」


 そう言うミルキーに、手にしていたクロスボウを渡す。


「じゃぁ、クロスボウも使えると思うよ。弦を引いた台座に短矢ボルトを置いて、トリガーを引くだけだから」


「私も使えます」


 今度は、サーヤが前に出る。


「……わかった。じゃあ、 三人で迎え撃とう。扉を破ってきたら攻撃だ。私が最初に打つ、取りこぼした奴を二人で狙ってくれ。ネコル、子供たちを頼んだよ」


「はいよ。この子たちは私が守るから存分にやっとくれ!」


 ネコルがスリ棒と包丁を二刀流にして、亭主に発破をかける。

 いつもは、おっとりしているように見えるが、いざという時は、肝の据わった強き母なのであった。


 バゴッ——ボゴンッ


 ついに扉が破られる。


 小悪魔たちが一斉に入ってくるが……


 先頭の小悪魔の額が短矢ボルトで射抜かれる。


 初撃で仕留めたトルコーネのクロスボウの腕は、確かなものであった。

 行商時の魔物の迎撃など、普段遣いにしている武器が、元々クロスボウなのである。


 続く小悪魔たちも、サーヤとミルキーの放った短矢ボルトに胸を穿たれる。


 狩りに慣れたミルキーはともかく、サーヤもその年齢から来る経験なのか、いい腕をしていた。


 迫る小悪魔たちを撃ち払っていく三人だったが、次第に数に追いつかなくなる。


 次第に追い詰められ……。


 三人が焦りを感じていたその時、突然、スライムが三体入ってきた。


 オレンジとピンクと水色のスライムたちが、トルコーネたち三人の前に来ると、身体を膨張させて、横に並ぶ。

 まるでバリケードだ。


「こ、これは……私たちを守ってくれるのね」


 サーヤがそう言いながら、スライムのバリケードを越えて浮遊してくる小悪魔を狙い撃つ。

 それを見て、トルコーネとミルキーも浮遊している小悪魔を穿つ。


 スライムのバリケードのお陰で、敵の進軍が半減したことになるのだ。

 スライムが抑えている下方の小悪魔は、小剣や三叉鉾でスライムに攻撃しているが、効いてない。


 このスライムたちは、それぞれレベル15の合体スライムであった。


 実はこのスライムたちは、『ロイヤルスライム』であるリンが種族固有スキル『種族通信』によって、呼び寄せた野良スライムたちだった。

 この街の近隣から、レベル5のスライムだけを呼び寄せたのだ。


 そして、種族固有スキル『合体指揮』を使って、三体ずつ合体させ、レベル15の合体スライムを三体作ったのである。

 理論的には、レベルに関係なく、スライムを好きなだけ呼び寄せ、いくらでも自由に合体できるはずであるが、リンにとっては、初めて使うスキルであり、慎重を期したのであった。

 また、レベルが低い同族を戦闘に巻き込んで、失いたくないという優しさでもあった。


 この『合体指揮』は、仲間のスライムでないと使えないため、この九体はリンの仲間になっていた。


 これは共有スキルの『テイム』を使って、強制的に仲間にしたわけではなく、リンの勧誘にスライムたちが自由意志で応じたという状況だった。

 このスライム達は、リンの主であるグリムの使役生物テイムドになっているのであるが、グリム本人は未だこのことは知らない。


 以前から仲間の存在を察知していたリンが、危機的状況を踏まえて、戦力を増やすために近場にいたレベルの高いスライムを急遽呼び出したのだった。

 このリンの素早く的確な判断によって、一組の家族、それもリン自身の大事な友人家族が救われることになるのだった。


「トルコーネ、大丈夫か!」


 駆けつけた衛兵長によって、残りの小悪魔達は殲滅され、一家は無事救われた。


 その後スライムたちは、すぐにどこかに行ってしまい、トルコーネたちは、礼を言うことも叶わなかったのである。


 後に、人助けをする三色のスライムの話が、『スライム三兄弟』の逸話として、吟遊詩人により歌い広められ、特に子供たちに人気を博すこととなる。

 もちろん、このスライムたちも“女神の使徒”と噂され、その後、この地方の人々はスライムに対して、より友好的に接するようになるのである。

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