46.家族と、ご馳走と。

 お父さんって……


 突然抱きつかれた俺は、暫し固まった……。


 なんとなく……ニアの視線が痛い……気がする……。


「あ、ご、ごめんなさい。お父さんかと思ってつい……ほんとごめんなさい」


 少女は、俺の顔を見るなり、頬を真っ赤にして飛び退いた。


「ロネ、ただいま。全く慌てん坊だな。父さんはこっちだぞ!」


 遅れて入ってきたトルコーネさんが、少女の頭を撫でながら優しく言う。


 どうやら、トルコーネさんの娘さんのようだ。


 焦った…… 。


 何せ……一部記憶がないからね。

 元の世界で、自分に子供がいたかどうかすら覚えてないんだから……

 一瞬、もしかしたらと思ってしまった……


 でもよかった……。


「グリム殿、すみません。私の娘のロネです。慌てん坊なものですから、馬車の音で私が帰ったと思ったのでしょう」


「ほんとすみません。うちの娘が失礼しました。私はトルコーネの妻のネコルと申します」


 奥から出てきたのは、奥さんのようだ。


 結構若い。

 可愛い感じの美人……

 トルコーネさんは、なかなか侮れない。やり手だ。


 こんな若い可愛い奥さん娶るなんて……

 決して羨ましいわけではない……決して……。


 俺たちは、改めて奥さんと娘さんに挨拶をした。


 トルコーネさんが、盗賊と救助の経緯を説明し、命の恩人として紹介してくれたので、二人に何度もお礼を言われてしまった。


 ちなみに、トルコーネさんは、奥さんにひどくお小言を頂戴していた。

 確かに、そりゃそうだよね。

 こんなに可愛い娘と妻を残して、死にそうになったんだから。

 いくらおいしい仕事だったからって、俺が奥さんでも怒るよね。


 そして、ここでもニアの扱いは、丁重だった。


「妖精女神様、ニア様、本当に父さんを助けてくれてありがとうございました。私、ニア様のためなら何でもします。何でも言ってください」


「ロネちゃん、大丈夫よ。困ってる人を助けるのは、女神なら当然でしょ。ていっても、まだホントの女神じゃないけどね。そんなかしこまらなくていいわよ。仲良くしましょう」


 おっと……ニアは小さな子に対しては、意外とまともな発言ができるようだ。


 ロネちゃんは、十歳だそうだが、すごくしっかりしていて、もう少し年上に見える。

 赤髪も印象的だ。

 トルコーネさんは濃い茶色で、ネコルさんがロネちゃんより薄い朱色だから、お母さん似なのだろう。


 スライムのリンとフクロウのフウに興味津々のようだ。


「触らせてあげていいよね?」


 俺が確認すると、リンは、二回バウンドし、フウは「ホーホー」と二回鳴いた。


 オーケーが出たので、ロネちゃんを椅子に座らせ、膝にリンを、両手にフウを抱えさせてあげる。


 ロネちゃんは、満面の笑みで、この“モフモフ・らぶらぶ体勢”を満喫している。


 大好きなお父さんのことはすっかり忘れ、モフモフしたり、ナデナデしたりして幸せそうだ。


 フウには、まだ満足にモフモフできていないので、かなり羨ましい……。


 この宿屋は、ネコルさんとロネちゃんで切り盛りしているらしい。


 宿代は要らないので、是非ここに泊まってほしいと頼まれた。


 もちろん、俺は宿代を払うと言ったのだが……


 命の恩人からお金は取れないと三人に一斉に断られた。


 ここは、ありがたく厚意を受け取ることにした。お礼してもらう約束だったし。


 宿泊用の部屋は、二階に五部屋あるらしい。


 一階は、食事処というか居酒屋のような感じだ。

 テーブルが四つに、カウンターだから、二十五人ぐらいしか入らないんじゃないかと思う。


 ちなみに、ここはトルコーネさんたちの家にもなっていて、一階の奥に家族の部屋があるそうだ。


 俺は、特に大きな荷物もないので、二階の部屋に上がらず、このまま食事を摂らせてもらうことにした。


 ネコルさんが、お店の自慢料理を振る舞ってくれるらしい。


 朝食べて以来、何も食べてなかったので、結構お腹が空いている。


 ロネちゃんが、ニアに小さなテーブルと椅子をセットしてくれた。

 俺がいるテーブルの上にセットされたそれは、今、トルコーネさんが即席で作ったらしい。

 ニア用のスプーンなども絶賛製作中とのことだ。

 こんな短時間で作るなんて、やっぱりトルコーネさんは侮れない。


 そうこうしてるうちに、いい匂いの料理が運ばれてきた。


『牛のとろとろシチュー』という料理名らしい。

 この店で一番お薦めで、一番高い料理とのことだ。


 見た感じビーフシチューではなく、白いクリームシチューに牛肉が塊で入ってる感じだ。

 小さく切った野菜もいっぱい入っているようだ。


 食欲をそそるいい匂いだ。

 スプーンを手にとり、そっと口に入れる。


 ああ……クリーミー……身体に染み渡る……。


「はあ……うまーーい!」


 思わず叫んでしまった。

 少し恥ずかしかったが、気にせず次の一口を流し込む。


 ネコルさんは、クスクス笑ってる。


 本当にクリーミー……程良い塩加減……濃厚で味に深みがある……これはたまらないね。

 素朴なのに奥が深いのだ。


 いろんな野菜が味の深みを作っている。

 この世界の野菜は、かなり期待できそうだ。


 牛乳も上質に違いない。


 そして俺は、牛肉の塊に、スプーンを入れる。


 ……簡単に崩れ……ほぐれる。

 スプーンで切れてしまうのだ。


 俺は柔らかい塊りを、口に入れる……


「……はははは……アハハハハ……はーはっはっはー!」


 もう笑うしかない!

 人間は、美味すぎると笑うしかないのだ!


 隣を見ると、ニアがよだれを垂らしていた……


 やばいやばい、女神様の威厳が……


 そこに、ニア用の小さな皿とスプーンを作り終えたトルコーネさんが駆け込んできた。


「ニア様すみません。皿とスプーンをつくりました。とりあえず、これで我慢してください。明日の朝までには、もっとしっかりしたものを作りますから」


 ニアもトルコーネさんが一生懸命なので、大人しく待っている。


 ニア用のシチューをトルコーネさんが急いで配膳してくれた。


 ニアは、すぐさま、シチューを口に運ぶ。


 ……出るか?

 ……出るか?


「うおおおーー!」


 やっぱり出た! 美味の雄叫びだ!


 その後は、いつも通り一言も発さず、一心不乱だ……。


 リンとフウには、ロネちゃんがいろいろあげている。

 なんか楽しそうだ。


 シチミは鞄だから我慢なのだ……。



 俺は、トルコーネさんとエールで乾杯した。


 俺は、どちらかというとキレのあるラガーが好きだが、そんな贅沢は言えない。

 飲めるだけありがたいと思いつつ、ひと口流し込むと……


 ……これは結構いける!


 冷えてないのに、結構うまく飲める感じだ。


 フルーティーな香りで、飲むと味わいが奥深い。これはいい!

 俺は早速おかわりを頼んだ。


 ネコルさんは、ニアのために、できたばかりの小さなコップにジュースを持ってきてくれた。


 おそらく、あれはオレンジか何かを絞ったものだろう。


 しかし、トルコーネさんは、木工細工が本当に上手だ。

 今度、教えてほしいと言うと……


「いやー、木工細工がうまいわけではないのですよ、こういう小さな宿屋をやっていると、大概のことは自分でできるようにしないと、お金がかかって大変ですから……」


 頭をかきながら笑うと、グビっとエールを流し込むトルコーネさん。

 ただ、なんだかんだ言って物を作るのが好きなようで、時間がある時に楽しみながら、色々な物を作っているそうだ。


 なんとなく、商人よりも職人の方が向いてるような気がしないでもない……


 その後もいろんな料理が出た。


 さすがにライスはなくパンだったが。

 しかも、フランスパンのめっちゃ固いやつだった。

 シチューにつけて食べるにはちょうど良かったけどね。


 あと、俺が気に入ったのはピクルスだ。

 小さなウリ科の野菜……そう摘果メロンのような物が使われていた。

 歯ごたえと酸っぱさが最高だった。

 エールのつまみにちょうど良かったのだ。


 それから、こっちの世界でもジャガイモがあるようで、干し肉との炒め物もおいしかった。

 干し肉の塩味がちょうど良い味付けになっていた。

 見た目は、ジャーマンポテトっぽかったが、味はもうちょっとシンプルだった。おいしかったけどね。


 奮発してくれたのだろう、鳥の丸焼きも出してくれた。

 表面こんがり、中はジューシーで美味だった。


 つけダレも美味だった。

 詳しく聞いていないが、ヨーグルトっぽいものに、いろんなものを混ぜた感じのさっぱりしたタレだった。

 見た目はタルタルソースに似ていたが、酸味が強くさっぱりしていて鳥の濃厚な油を緩和して、食が進む味だった。


 お腹いっぱいになった俺たちは、二階の部屋に案内された。

 一番奥の角部屋を用意してくれていた。


 俺たちは部屋に入って、一息つきながら今後の打ち合わせをした。

 やっと話ができるリン、シチミ、フウが嬉しそうにしていた。


 さて、無事に街に入ったことだし、拐われた子たちの居場所を突き止めないとね……

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