14.アラクネ、参上!
さて、今度は大森林の魔物たちだ。
『迷宮管理システム』のダリーによれば、この大森林はすごく広いらしい。
うろ覚えだが、多分東京都と同じぐらいの大きさと思われる。
広さの割に迷宮遺跡と合わせて二千体しか魔物がいないというのは、ほとんどがスケルトンを中心としたアンデッドに支配された領域だったかららしい。
こんなに広い森を、この数で守れるのだろうか……
まぁ……最悪迷宮のところだけ守れればいいから、いざとなったら範囲を絞ればいいという考え方もできるが……
それにしても大森林にいる魔物たちは、迷宮の魔物たちとは比べ物にならない数だ。
全員に挨拶していたら何日かかることやら……
何か効率的な方法はないものか……
……そうだ! ナビゲーターのナビーに相談してみよう。
『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドを起動させたままだったので、早速返答がきた。
「『マナテックス大森林』全域に足を運ぶのは非効率です。『テイム』のスキルレベル10のマスターであれば、大森林全域に、念話を飛ばすことが可能と思われます。念話にて、挨拶と指示を出すのが効率的と提案します」
なるほどそれでいくか……
そう思った矢先——
——それは突然現れた!
前方から突風とともに着地したそれは、刺すような視線と膝を折られるような威圧感を放っている。
これはまずいやつだ……
俺、ニア、リン、シチミ、みんな一斉に行動に出ようとした瞬間——
——ぱっと晴れ間が広がるかのように、先程の威圧感が一瞬にして消えた。
俺たちは訳が分からず、一瞬動きを止めた。
ただ目の前には……
下半身が蜘蛛で、上半身が人間の女性の姿をした魔物が、蜘蛛の前足を畳んで跪くような姿勢になっている。
蜘蛛の部分は白を基調とした配色で、人間の部分も色白だ。
銀髪で目は赤みがかった茶色をしている。
怜悧そうな美女だ。
上半身の部分には、銀色のシルクのようなノースリーブドレスっぽいものを着ている。
「はじめまして、あるじ殿。私はこの森に住まう『アラクネ』にございます。あるじ殿の実力を試そうなどと浅はかな考えを持ちましたことを深くお詫びいたします。御身を前に、まったく愚かなことと悟りました。いかような処罰もお受けいたします」
え……
…… なにそれ…なんか自己完結しちゃってるみたいだけど……
俺は『波動鑑定』を使って確認した。
<種族> アラクネ
<レベル> 52
え……ニアより上じゃないか……
……まじか……
「えっと……別に罰したりしないけど……君はこの森の主なのかい?」
「主かどうかはともかく、この大森林ではあるじ殿を除けば、最強と自負しております。必ずお役に立ってみせます」
『アラクネ』が決意のこもった視線を向けてくる。
「俺を除けばって、君の方が全然強いでしょう。俺なんかが主でいいの?」
「あるじ殿、それは冗談というものでしょうか……。私など到底、足元にも及びません。お戯れはおやめください」
『アラクネ』はそう答えると頭を下げた。
何か大きな勘違いをしているようだが……
まぁ、いいか。この子がいると何かと助かりそうだし……。
「君に頼みがあるんだけど。君がリーダーになって、この大森林と迷宮を守ってもらえないかな? 」
「あるじ殿のご命令とあらば、否やはございません。何からお守りすればいいのでしょう? 」
真剣な眼差しで答えてくれた『アラクネ』に、迷宮の再稼働により、それを狙う侵略者が来る可能性があることを説明した。
まぁ、何も起きない可能性もあるけど……
備えるに越したことはないからね。
ダリーを安心させるためにも……。
『アラクネ』は、快く了承してくれたが、逆に頼みことをされてしまった。
「正式に、この魔域『マナテックス大森林』の主になって、お治めください」
『アラクネ』は、両手を組んで祈るようなポーズで懇願してきた。
「いやー……ここにずっといるつもりはないし……今までも主なんて、いなくても大丈夫だったんだろう? 」
「いえ、あるじ様のような偉大な方が、正式に大森林の主を宣言してくだされば、大きな守護の力が働くはずです。この大森林を守る力になるはずです。我ら浄化された魔物のためにも、何卒、お願い申し上げます」
俺が返答に困っていると、見かねたニアが、空気状態から脱して言った。
「いいじゃない、受ければ。どうせダンジョンマスターなんだし、大森林も面倒を見ちゃえば。大きなデメリットもなさそうだし、森のことはどうせ『アラクネ』に丸投げするつもりなんでしょう。その言質だけ取れればいいんじゃない」
出たよ……またこれだ……
このニアの安請け合いを煽る癖……
……これに乗ってしまっていいんだろうか……
しかしどうせ丸投げって……
確かにそれポイントだけど……
ニアはこの短い期間で、早くも俺の人間性をわかってしまってるようだ……。
そう……俺の昔からの得意技、秘技“丸投げ”………
よく部下の女の子から文句言われたわ……。
改めて『アラクネ』に確認をすると、魔域である大森林の主になるデメリットは特に無いらしい。
常にここに居なければならないわけではないらしいので、丸投げで大丈夫そうだ。
メリットは、魔域に影響を及ぼしたり、豊富な自然の恵みを享受できることらしい。
まぁ事実上メリットもデメリットも、ほとんどないということだろう。
自然の恵みといっても、木の実とかだろうし、食べ切れないよね、きっと……
まぁここまできたら、受けてもいいかとやけくそ気味に思った時……
—— <称号> 『魔域 マナテックス大森林の主』を獲得しました。
天声が突然流れた。
まだ宣言も何もしてないんですけど……
また、天声の気まぐれってやつなのか……
天声君、フライングじゃないの……フライングゲットかよ!
称号を獲得したことをみんなに伝えると……
「さすがはあるじ殿」と『アラクネ』が安堵した顔で喜んだ。
ニアによると、『アラクネ』も『ミミック』同様、『オリジン』という通常の魔物とは異なる珍しい存在らしい。
したがって、浄化されなくても『テイム』の可能性があったわけだが、レベル52じゃぁ普通は『テイム』なんてできないよね。
俺レベル9だし……
『アラクネ』、俺のレベルわかってるのかな……
何か勘違いが解けたときがめっちゃ怖いんですけど……
大森林の主になった以上、やることは一つ、そう『アラクネ』に丸投げだ!
俺は『アラクネ』に大森林全体の管理と、浄魔にして俺の
基本目的は、この大森林及びテスター迷宮への侵入者の排除だ。
副官及び迷宮内の管理統括として、迷宮地下三階の『マナ・クイーン・アーミー・アント』のアリリを指名した。
ニアによれば、クイーンやキングの名がつくのは、その系統の最終形態である可能性が高いそうだ。
統率力もありそうだし、いいんじゃないだろうか。
この『マナ・クイーン・アーミー・アント』は、『軍隊アリ』という強いアリの魔物である。
魔物化によりサイズも人間以上だ。
ちなみにレベルは43だ。
迷宮の中では一番高い。
『迷宮管理システム』であるダリーが読み取った残留情報によれば、本来は上級スケルトンや上級アンデッドのリッチなどがいたらしく、レベルも50以上のものが何体かいたらしいのだが、殲滅されてしまったので『マナ・クイーン・アーミー・アント』が迷宮内では一番になったらしい。
迷宮地下三階に戻り、『マナ・クイーン・アーミー・アント』のアリリを副官を任命すると、嬉しすぎたのか……突然産気づいて、卵を生み出してしまった。
慌てて『マナ・アーミー・アント』たちが抱えて巣に戻っていった。
なんか愉快な奴らだ……
笑ってしまった。
それと、『アラクネ』にも、名前をつけてあげることにした。
俺が好きだったゲームの蜘蛛型のモンスターの名前から一部もらってケニーとした。
『アラクネ』は、嬉しそうな雰囲気で下半身の蜘蛛の部分から出ている二本の触脚を、左右の人差し指を合わせるような感じでツンツンしている。
蜘蛛の嬉しさの表現って触脚なんだろうか……
最後に、この大森林と迷宮にいる俺の
方針というか行動指針だ。
一、命大事に——死ぬな。
二、仲間大事に——『
三、森を大事に——大森林と迷宮を侵入者から守れ。
四、生き物大事に——野生動物や植物を必要なとき以外は狩らないこと。人族、亜人、獣人、妖精族はできるだけ殺さない。捕まえるか、脅して追い返すこと。浄化されていない魔物が発生したり、攻めてきたときは倒してよい。
これは、ニアとも相談して決めた。
人族、亜人、獣人、妖精族は話し合える可能性があるから、できるだけ殺さないほうがいいとのことだ。
そりゃそうだよね。
それに万が一にも殺しちゃって、報復で軍隊が攻めてきたら困るからね。
それにしても、亜人とか獣人とかいるんだね……ネコ耳の可愛い子とかいるのかな……
念話を送り終え、しばらくすると、『絆』スキルの中の『絆登録』コマンドの中にサブコマンドとして『絆通信』というのが増えていた。
これで今後は、楽に連絡ができそうだ。
念話は、一体に送るのは大変じゃないけど、複数体に同時に送るのは実はすごく大変なのだ。
今回も『ナビゲーター』コマンドのナビーのアシストなしではとても無理だったし、集中するのがとにかく大変なのだ。
それを維持するのはもっと大変だったし……。
多分、このぐらい苦労したからサブコマンドが発生してくれたのだろう。
これで楽に通信が送れるから、苦労してよかったけど……。
『アラクネ』のケニーは、張り切って森の奥へと去っていった。
やっと一段落ついた。
これで大森林と迷宮は大丈夫だろう。
細かいことは、おいおいで……
我ながら、おいおい星人だが……しょうがない……しょうがないよね……。
もう日が暮れてきている。
この異世界に転移してきたのは……おそらく午前中……朝の時間帯だったと思うが、本当にいろいろなことがあった。
まだ一日も経っていないとは思えない……
そして気がついたら……何も食べていなかった。
………一息ついたせいか急にお腹が減ってきた……。
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