文城堂書店の読書日和
絹谷田貫
1st order 「頭が良くなる本」
『古書・古本 買イ取リ〼』
『そこ』の噂を聞いたのは、いったい何の拍子だったか。
たぶん最初は気にも留めていなかった。二回目から気になったかもしれない。耳にしたのが三回か四回かは判然としない。
ただ、
いざ確かめてみようと思えば、放課後少し足を延ばしてすぐ、日が暮れる前に、見つかった。
都市伝説。
お伽噺。
子供だましの、噂話。
今時は漫画だってもうすこし捻る。あんまりにもストレートで都合がよくて如何にもな、学校という水槽にただただ揺蕩う言い伝え。
『願いが叶う』だなんて、安直な。
そう、そんな上原の安直な期待をあざ笑うかのように――あるいは、嗜めるかのように――その建物、あかりが見つけ出した建物は、あんまりにもあんまりな有り様だった。
鬱蒼とした雑木林に半ば飲み込まれた、三角屋根と飾り窓の目立つ小さな二階建て。
新築当時はさぞやロマンチックで乙女趣味だっだろうウッドデッキには砂ぼこりとクモの巣が張って生活感の欠片もなく、昼過ぎだというのにどこからかカラスがやってきて、折れた風見鶏の代わりに天辺にとまっている。
かろうじてドアと窓だけは破れていないようだったけど、なんなら、木の板でも打ち付けてある方が自然にさえ思えた。
絵本に出てくる『悪い魔女の家』をそのまま現実に持ってきたような佇まい。
はっきり言って、廃屋スレスレの不気味さだった。
「……ホントに、ここぉ……?」
独り言は風に巻かれて寂しく消えていく。
たどり着いてからかれこれ三十分。
上原あかりは、煩悶としていた。
勘違いであって欲しい。現代っ子らしく地図を読み間違えて、うっかり廃棄予定の建物と間違えたんだということであってほしい。
しかし、手に持つ『入学のしおり』に書かれた場所はここで間違いなかったし、(残念な事に)唯一目の前の不気味な建築物の中で、不自然に浮いている真新しい看板も、こここそが目的地であるとしっかりと示していた。
『文城堂書店 古書・古本買イ取リ〼』
既に五回は確認した看板を、もう一度眺める。
「……よぅし」
なるようになれ。
まさか命まではとられまい。
とられまい。
とられないと思う。
とられないよね?
「…………」
さらにもう一度、看板を確かめる。
「……いや、おかしい」
そうだ、おかしい。
「こういうのはあれだよね。絶対裏があるというか、なんかすごいひどい目に合うやつだよね」
あかりは知っている。そういう物なのだ。そういうオチが付くものなのだ。こういうのは。
「対価だー、とかいって大事なものとられたりとか。願いが叶うにしてもなんか思ったのと違ってたりとか。一つ叶ったら欲が出てどんどん際限なくなって行ったりとか――とにかく、上手くいかないんだよ。うん。そんなおいしい話なんてないよね」
「投機話でも聞きつけたのですか?」
「いやぁ、はっははー。それこそないよー。そういうのは私みたいなのが聞く前に儲かる段階は終わってるもんだよー。靴磨きの少年だよー。ッヘィダンナァ! ビットコインってのが儲かるらしいですねェ! みたいなーっはー」
「なるほど。大変賢明ですね。賢明ついでに、道を譲っていただくと大変助かりますのですけど」
「ああ、ごめんねー。どーぞどーぞ。いやぁそうだよねこんなど真ん中でねー。たはー」
「これはどうも」
なんて。
いつの間にか、後ろに立って、当たり前のように話しかけ。
そして、あかりが道を譲った『その少女』は、建物を背にして。
「さて、失礼ですが」
振り返った。
「お客様で、よろしいでしょうか?」
「――えっと。その」
「少々お待ちを。まもなく開店いたします」
ばさり。翻したのは歳不相応にくたびれた、臙脂色のエプロン。布地に大きく白く染め抜かれた『本』の一文字。黒琥珀色の真っすぐな長髪。真鍮縁の丸眼鏡。
「ようこそ」
『悪い魔女の家』に今まさに鍵を差し込んで。
「『文城堂』へ。――御用立て、承りましょう」
「――ここが」
『文城堂書店』
学園でめっぽう噂の。
「願いの叶う、本屋さん……」
「なんですかそれ」
「え」
「え」
「……え?」
「全然、心当たりがないんですけど」
ええ……。
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