旅の終着点、新しい道の始まり

第39話 王都ラグライアス

 その日、僕達はいつものように朝起きて僕が用意した朝食を師匠と一緒に食べていた。

 けど今日の師匠はちょっとおかしい気がする。いつもより食の進みが遅いのだ。なにか考え事をしながら食べてるような、そんな感じがする。


「師匠、今日の朝食は口に合いませんでしたか?」


「ん? いやいや、そんなことはないとも。ほら、この卵の焼き具合なんか実にワシ好みじゃないか」


 そう言って、師匠はさっきとは打って変わってモリモリと朝食を平らげ始めた。


 基本的に師匠は僕に嘘を付くのが下手だ。隠し事はよくされるけど、明確に嘘をつこうとするとこうやって顔なり仕草に出てすぐバレる。今日の師匠の様子はいつものそれだ。

 でも、だからと言って僕はそれを暴こうとしない。師匠が隠し事や嘘を付く時は必ず明確な理由がある。だから、こういう時はあえて流すのがいつものことだった。


 そして朝食を取り終わり、僕達は出かける準備をしていた。しかし、僕は師匠の異変に気づき指摘する。


「あれ? 師匠、今日は姿を変えないんですか?」


 師匠は家にいるそのままの姿で出かけようとしていた。この前のオーウェンさんに会いに行く時も普段通りの姿をしていたけど、それは本来の師匠を知っている人達に会いに行ったのだから分かる。でも今回は普通に外に出かけるのだ。姿を変えない理由がない。

 その問いに対して師匠が答える。


「あーうん、なんだか今日は良い姿が思い浮かばなくてね。まあ一度ぐらい本来の姿で外に出ても大丈夫さ」


 ……ものすごく取ってつけたような理由だ。こうやってはぐらかすことが多い師匠だけど、今回の弁明は明らかに何かおかしい。

 普段はしないことだけど、流石に僕は訝しむような目で師匠を見る。


「本当ですか? 何か隠してません?」


「はてさて、どうだろうね。まあともかく今日も行こうじゃないか。お前さん、こっちにおいで」


 僕の疑問は晴らされることなく、師匠はちょいちょいと右手で僕をこまねいた。

 本当はちゃんと追求したいところだけど、これ以上問い詰めたところで師匠が話してくれるとも思えない。僕は諦めて師匠のそばに近づいた。


 師匠が片手を床について転移魔法が起動する。そして僕達はいつもと同じように度に出るのだった。



「うわー! ここが王都、ラグライアスですか!」


 王都に着いた僕は感嘆の声を上げる。

 あちこち旅して回ってた僕でも王都に来るのは初めてだ。ここに入るには東西南北の四つの門による厳しい検問があり、高い身分を持った人でないと入れない。その検問も、今回は師匠の転移魔法でスルーして入ることができた。

 王都は今まで見てきた町とは完全に別世界だった。歴史を感じさせる豪奢ごうしゃな建物に広々とした優雅な広場。そこを行き交う人達も外の世界の人達とは一線を画した雰囲気がある。正直、僕達の存在は完全に場違いだ。


「ほら、あまりキョロキョロしない。衛兵に目をつけられると面倒だからね」


「あ、はい。すみません。それで師匠は何で王都に?」


 師匠がこういう人が多い場所に来ることは初めてと言っていい。町では魔法使いもさほど珍しくないので、村みたいに訪れても騒がれたりしない。都会では友だちを作るきっかけを見つけるのは難しいんじゃないだろうか。

 

「ちょっと馴染みの店があってね。そこに行こうと思う。人混みではぐれるといけないから手を繋いでいこう」


「分かりました」


 伸ばされた師匠の右手を僕の左手が取る。体格差もあって周りには親子みたいに見られてるんだろうか、なんてことをちょっと考えてしまう。

 師匠は人混みをかき分けて一本の裏路地に入っていった。そこから迷路のように入り組んだ路地を迷いなく右へ左へと進んでいく。

 そしてしばらくすると、古びた木の扉の前で止まった。師匠は拳を握り、二回、三回、二回と扉を叩く。すると、扉の奥から声が聞こえた。


「合言葉は?」


「三つ首の獅子」


「入れ」


 がちゃりとかんぬきが外れた音がして、木の扉は古めかしい軋み音を立てて開いた。

 明らかに普通の場所じゃない。入るのを躊躇する僕を、師匠は優しく笑って見た。


「大丈夫、怪しい所だけど危険はない。さ、入ろう」


 師匠に促されて僕は師匠と一緒に扉の奥に入る。

 そこは小さな部屋だった。所狭しと本棚が並び、床には本や紙が散らばっている。入った瞬間に甘い匂いが鼻を突く。部屋の中にはその匂いの原因であろう薄煙が充満していた。


「見ない顔だな。しかも子連れとは。どこから来た?」


 奥の大きな机から声が聞こえる。そこにはパイプから紫煙をくゆらせる老人の姿があった。顔中に深く刻まれたシワと仏頂面から、かなり気難しそうな印象を受ける。

 師匠が老人の問いに答える。


「ワシはエルド。この子はシャヘル。クラウスの紹介でここに来た」


「クラウス……クラウス……ああ、二十年ぐらい前にそんな客がいたな。やつは元気か?」


「病でもうこの世を去ったよ」


「そうか……。あいつは不思議なやつだった。どことなくお前から漂う雰囲気が似ている気がするな」


「何年もそばにいたからね。移ってしまうものさ」


 僕は話からピンと来るものがあった。僕が来る前は師匠はずっと一人だったはず。となると多分、クラウスというのは姿を変えた昔の師匠だ。


 老人はパイプに口をつけると煙を吸ってゆっくりと吐き出す。そして僕達を値踏みするように見つめた。


「で、こんな薄汚い情報屋に何を買いに来た?」


「エヴァンズ家について」


 師匠の答えに老人はピクリと右眉を動かした。鋭い目つきが更に鋭くなる。


「何を、どこまで知っている」


「なに、知らないことだらけさ。だからここに来た」


 老人の視線に物怖じせず、師匠は飄々ひょうひょうと答える。

 鼓膜を突き破りそうなほどの深い沈黙が部屋を流れる。老人はずっと黙っていたが、やがて大きく息を吐くと紙を取り出してペンを走らせた。そして書いたものを師匠に渡す。


「ここへ行け。それでお前の知りたいことが分かるだろう」


「ありがとう。代金はこれで」


 師匠はローブの下から大きな布袋を取り出すと老人に渡した。老人は中身を確認すると、それを机の中にしまい込む。


「確かに。だが、一つ忠告しておく。深入りすると痛い目を見るかもしれんぞ?」


「ご忠告どうも。だが、これはどうしてもやらなくてはいけなくてね。情報どうもありがとう。さあ、行こうか」


 師匠は踵を返して外に出ようとする。僕も小さく会釈して師匠の後を追った。

 外に出ると師匠は渡された紙を読んでいた。それが読み終わると、紙は一瞬で小さく燃え上がり消える。


「どこに行けと書かれてたんですか?」


「この地区の反対側だね。人気が少ないから内緒話をするにはうってつけの場所だ」


 そう言うと、師匠は路地を歩き出す。僕も師匠の横について歩いた。


「エヴァンズ家って何ですか?」


「エヴァンズ家は四大公爵家の一つであり、由緒正しい魔法使いの家柄でもある。細かい話は、きっと今から行く所に行けば分かるだろう」


 それきり、師匠は話をしなくなった。僕も話題はなく、沈黙したまま路地を歩き続けた。


 路地を進むにつれてだんだん雰囲気が変わってきた。道は薄汚れてきて、退廃的な雰囲気を醸し出していた。

 僕が以前住んでいたスラム街にはこんな雰囲気の道があちこちにあった。往々にして、こういう道には危険が潜んでいるものだ、などと考えていると、師匠がピタリと止まった。

 僕は砂の目を起動させる。前方に三人、後方に二人の魔力反応。しかもこれは魔法使いだ。剣呑な雰囲気に僕は体を強張らせる。


「隠れてないで出てきたらどうだい?」


 師匠の声に呼応したように、隠れていた人影が出てきた。僕達は謎の集団に完全に囲まれてしまっていた。

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